もくじ
第1回〝想いが込もる〟というジュエリーの特性 2017-05-16-Tue
第2回学費を稼ぐために飛び込んだ職人の世界 2017-05-16-Tue
第3回厳しさの中にも愛情が溢れる職人気質の親方 2017-05-16-Tue
第4回下町の職人、世界一を目指してパリへ渡る 2017-05-16-Tue
第5回ジュエリーの歴史や文化を伝えていく人に 2017-05-16-Tue
第6回職人が作業員へと変わっていった背景 2017-05-16-Tue
第7回ジュエリーは人に何を与えるのか? 2017-05-16-Tue

ライター/編集者。函館と東京を行ったり来たりしながら、インタビューをしたり、文章を書いたりしています。
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〝想い〟を形にする</br>ジュエリー職人の仕事

〝想い〟を形にする
ジュエリー職人の仕事

担当・阿部光平

「結婚指輪って本当に必要?」

結婚を目前に控えた僕は、心の中でそう思っていました。
結婚式における指輪の交換というのが、
ケーキ入刀と同じくらいの
シャッターチャンスであることは知っていたけど、
指輪にそれ以上の意味を見出せなかったのです。

半ば義務的な気持ちで探しているうちに、
指輪に対する想いはどんどん削がれ、
おめでたいことのはずなのに、
気分はだんだんと憂鬱になっていきました。

そんな時に出会ったのが、
銀座でジュエリー工房を営む臼澤昭彦さんでした。

東京の下町で生まれ育った臼澤さんは、
ジュエリー職人という仕事に誇りを持った方で、
「こういうこともできる!」とか
「あんなのもいいかもしれない!」という
話を聞かせてもらっているうちに、
僕は指輪について考えるのが
楽しくなっている自分に気づきました。

あれから5年。
臼澤さんに作ってもらった指輪は、
僕の指にすっかり馴染んでいます。
だけど、本当に結婚指輪が必要だったのかはわかりません。

誰もが知るヨーロッパの老舗宝飾ブランドの
トップマイスターとして活躍していた臼澤さんに、
指輪の存在意義やジュエリー職人という仕事について、
改めて話を聞いてみました。

職人さんという仕事や指輪に関心がある方もない方も、
お付き合いくださったら嬉しいです。

プロフィール
臼澤昭彦さんのプロフィール

第1回 〝想いが込もる〟というジュエリーの特性

━━
今から5年ほど前のことになりますが、
臼澤さんに結婚指輪を作っていただきました。
当時、僕は正直いって結婚指輪というものに
まったく興味がなかったんです。
親が付けてなかったという影響もあると思うんですけど、
どうも必要性が感じられなくて。
 
ただまぁ、奥さんになる人が欲しいって言うし、
「結婚するって、そういうことだもんなぁ」と、
半ば義務的な気持ちで結婚指輪を探していたんです。
臼澤
男性はそういう方が多いですよ。
━━
だけど、決して安い買い物ではないし、
長く身に付けるものだから、
「何でもいいや」って気持ちにはなれなくて。
 
そこからいろいろ考え始めて、
分厚い結婚雑誌を買ったり、ネットで調べたりして、
気づけば、興味がなかった結婚指輪について考える時間が
多くなっていたんです。
どうせ作るなら、気に入ったものにしたいし、
納得のいくものにしたいなと。
そんな時に、出会ったのが臼澤さんでした。
臼澤
はい。

━━
その頃、僕たちはいろんなブランドの商品を
見て回っていたんですけど、
どうもしっくりこなかったんですよね。
 
原因として思い当たることは2つあって、
ひとつは「どれを選んでも誰かとかぶりそうで嫌だなぁ」
という気持ち。
もうひとつは、
「特別な買い物だ」という想いが大きくなっていた分、
「今だと、少しお求めやすくなっていますよ」というような
ビジネスライクな対応をされることに抵抗があったんです。
最終的な決め手になるのが値段っていうのは、
ちょっと違うよなって。
臼澤
はい、はい。
━━
その点、臼澤さんは商売っ気がないというか、
最初にお会いした時、
結婚指輪を探していると伝えたにも関わらず、
商品とか予算がどうこうってよりも、
話した内容のほとんどが、
「職人としてどんな想いで仕事をしているか」
ってことだったんです。
 
他のブランドは、
「売ることに力を注いでいる」という印象だったの対して、
臼澤さんは、「作ることに力を注いでいる」という
スタンスに感じられました。
あまりに商売の話をしないから、
最後にとんでもない見積もりを出されるんじゃないかって、
不安になったくらいなんですけど。
臼澤
ははは(笑)。
ジュエリーって、他とはちょっと特性が違うと思うんです。
物ではあるんだけど、
そこには持つ人の〝想い〟が込められているんです。
約束とか、決意とか、思い出とか。
 
例えば、結婚指輪だったら、
夫婦としての始まりを記念するものだし、
一生物になるはずのものだから、
そこには2人の想いっていうのが入ってくると思うんです。
━━
そうですよね。
身に付ける物にコダワリがないという方でも、
結婚指輪については、
何かしら思い入れやエピソードを持ってますもんね。
 
僕の場合は、いろいろ見て、悩んだんですけど、
最終的には、直感で臼澤さんにお願いしようと決めました。
臼澤さんの作品のことはあまりよく知らなかったんですが、
話をしていてワクワクしたんです。
「こんなこともできるんだ」、「あんなこともできるのか」
とか思って。
臼澤
どんなものを作ろうか話しているのは、
僕も楽しいんですよ。
━━
だけど、正直不安も大きかったんです。
既製品と違って、オーダーメイドは、
出来上がってくるまでは実物が見れないじゃないですか。
頼りになるのは、
臼澤さんが書いてくれたイメージ図だけで。
だから、完成品を見るまでは、けっこう不安な日々でした。

臼澤
はい、はい。
━━
でも、結果的には
予想を超える素晴らしい指輪を作ってもらえて、
不安だった分、すごく嬉しかったんです。
僕も彼女も。
臼澤
職人としては、
「良い意味でお客さんの期待を裏切りたい」っていう、
そこに尽きるんですよね。
━━
これは、本当に一生物だなと思いました。

臼澤
今、売られている指輪は、
型に金属を流し込んで作るのが主流なんです。
つまり、地金を叩いて鍛えるという工程を経ずに
指輪を作っているという状態です。
だから、すぐに変形してしまったり、
曲がったり、折れたりってことも起こるんですよ。
 
だけど、結婚指輪って、プロミスリングなわけだから、
変形したり、折れたりするのは、よくないですよね。
変形しないような素材を使って、
量産品を作っているところもありますけど、
そうなると今度はサイズ直しができなくなるんです。
━━
なるほど。
臼澤
本来、ジュエリーって、
親から子へ、子から孫へと受け継がれていくものだから、
サイズを直しながら長く使っていくものなんです。
 
うちは、オーダーメイドの他に、
お直しもやってるんですけど、
他社さんで修理を断られたという商品の持ち込みも
多いんですよ。
ブランドによっては、
どうしてもサイズ直しをしたいとなると、
交換になることもあって。
━━
修理ができないから、
まったく同じ商品の新品と交換するってことですか?
臼澤
そうです。
今は、インターナショナルブランドでさえ、
そうなってきちゃって。
修理に出すと、「新しいものと交換です」
ってことがあるんですよね。
同じ指輪の、在庫があるので。
━━
それって物として愛着が湧かないですよね。
傷がついたとしても、
その傷にすら思い入れがあったりするじゃないですか。
さっきの話でいえば、身に付けることによって
指輪に対する想いも強くなっていくし。
電化製品とかならまだ、
「品物が一緒だったら、新品の方がいいか」
ってことになるかもしれないけど、指輪はね‥‥。
臼澤
そうそうそう。
だから、ジュエリーをひとつの物としてしか
見てない業者が多いんですよ。
「その捉え方って、工業製品に近いんじゃないの?」
って思うんですけど。
 
ジュエリーっていうのは、
良い意味でも悪い意味でも趣向品なんです。
そういう意識が、今は薄れてきてるのかもしれませんね。

第2回 学費を稼ぐために飛び込んだ職人の世界