ある日の夕方のことだった。
文化祭準備で、私はギリギリまで校舎に居残りをしていた。
学年全体で劇をやるということで、
衣装がなんだ、小道具が、台本がと、
私は校舎を駆けずり回っていた。
吹奏楽部に所属していたから、合奏の練習もあって、
文化祭の準備期間は比較的忙しい生徒だった。
空き教室に、O先生を見つけた。
すでにお分かりのとおり、
O先生を見つけたら、絡みに行くという面倒な生徒だ。
同級生もO先生のことは好きだったし、
連れだって「せんせーい」と絡みに行く。
なんなら、他の先生にも絡みに行く。
よく言えば人なつっこい、
悪く言えばちょっとウザい、そんな生徒ばかりだった。
私も、例に漏れずそのひとりだった。
この日も同じくして、私はひとりで
「先生何やってるんですかー」と乗り込んでいった。
ミニテストの採点でも、資料作りでもなさそうだった。
クリアファイルに入った、たくさんの画用紙。
黒板と向き合っているように見えた。
「なんだよ、来なくていいよ(笑)」
一蹴される。
よくあることなので、私はめげない。
「いや、ひとりで先生、どうしたのかなーと」
「次の授業ね、どうしたらわかりやすいかなって考えてて」
耳を疑った。
「次の授業から関係代名詞に入るんだけどさ、
ちょっと難しいし、わからなくなる子多いから。
シミュレーションってほどでもないけど」
画用紙は全部、黒板に貼り付ける解説用のものだった。
こんなにも、生徒のことを考えてくれている先生に、
初めて出会った。
もしかしたら、私が今まで
気づけなかっただけかもしれない。
遅くまで残って、授業のシミュレーションをしていたとは、
今まで知らなかった。
それと同時に、このことはこっそり、
私の中に秘めておこうとも思った。
なんとなく、私だけが知ってる秘密にしたかった。
「いい先生」と言ってしまえば、
それまでかもしれない。
でも、O先生のことは「いい先生」では
まとめたくない。
中学を卒業後、高校に進学してから
気を病むことが多くなった。
馴染めなくて、行きたくなくて、
辞めたくて、どうしようもなくなった。
O先生に連絡を取って、
中学校を訪問した。
学校が嫌いでどうしようもない。
行きたくない、行くのが怖い。
全部ぶちまけた。
気付けば、19時になっていた。
部活動をする生徒はすでにおらず、
職員室の先生も何人か帰宅していた。
特別なことは、何も言われていない。
今となっては何を話したのかも覚えていないし、
最後の方は結局、在学時と変わらない、
くだらない話をしていた気がする。
「早く帰りなさいよ、お母さん心配するよ(笑)」
当時の担任からも、副校長先生からも、
さっさと帰れと笑われて、
私は苦笑いしながら母校を出た。
何度かまた、母校に足を運んだ。
その度に、「うわ、また来た(笑)」と
呆れられている。
最近は、そうだなあ。
あまり、行けていない。
先日、久しぶりにO先生に連絡を取った。
高校を出て、その先の進路についての
報告をしていなかった。
当時の同級生と、顔を出しに行こうという話は
持ち上がっていたものの、
なかなか都合が付かなかったのだ。
「先生のことを、『ほぼ日の塾』の題材にさせてください」
ダメ元でお願いしたら、快諾して頂けた。
やっぱり、O先生以上に好きな先生には出会えていない。
給食で冷凍みかんを13個食べた人は、
私の他にはいないだろう。
そしてそれを報告するような先生は、
後にも先にも、O先生だけだろう。
修学旅行は夜遅くまで起きておしゃべりするものだけど、
早く寝すぎて怒られたのは私たちくらいのものだろう。
「アンタたちいくらなんでも早く寝すぎ」と怒るのも、
O先生くらいのものだろう。
これ以上は思い出せば思い出すほど、
変な思い出しかない。
ということは、O先生にも私の思い出は、
変な思い出しかないということになる。
書いていて、だんだん恥ずかしくなってきたから、
このあたりで打ち止めよう。
私の中学時代の恥さらしは、これ以上は懲り懲りだ。
先生、近々また、会いに行きますね。
