O先生は隣のクラスの副担任になった。
クラス替えの前だったから話す機会があったものの、
新しいクラスでは見慣れた先生が教室にいた。
担当教科を聞いたところ、適当に受け流された。
「さあ、何でしょう」
怖い。
これ以上話しかけるのは、ちょっと難しい。
今後授業を受ける可能性は大いにある。
新学期早々、嫌われたくはない。
後に人づてに、英語の先生であることが発覚するのだが、
すぐに関わりは薄くなってしまった。
英語の授業は、少人数クラス制が採用されている。
私は、その先生の受け持つクラスではなかった。
特にこれといった、大きなきっかけはない。
たぶん、O先生の授業を受けている友達を通してだとか、
そんなことだと思う。
だんだんと『無駄に』話すようになった。
関わりが薄いぶん、こちらからのアタックは必須だ。
ひたすら話しかけに行く。
授業の質問とかではなく、くだらない話だ。
昨日のバラエティ番組がどうだ、
最近の制汗剤がどうだ、今日の給食がどうだ。
「何それー、意味わかんない」
「毎日そんなことしてよく飽きないね」
ちょっと呆れ気味に、笑って話を聞いてくれた。
体育の長距離走がめんどくさい、
給食でスパゲッティが出るたびに、担任が
「俺の皿は大盛りでよろしく」と言ってくる、
気付かないうちにアザができてた。
「めんどくさい、じゃなくてちゃんと走りなさいよ」
「ほんとうにあの先生、スパゲッティ好きだね」
「いくらなんでも、知らないうちにアザ作りすぎ」
みんな好きになっていたと思う。
初対面のサバサバした雰囲気はそのままに、
良い意味で、くだけていた。
テストを作っていたのもO先生だったから、
テスト前はみんな必死だった。
結構難しいし、「なんだこの問題、めんどくさい!」
とはひたすら思っていた。
英作文は苦手だし、そもそも英語が得意じゃない。
課題は多い、覚えることも多い。
でも、O先生のことは嫌いになれなかった。
そうこうしている内に3年生になり、
英単語帳が配られた。

出版社が出しているようなものじゃなくて、
O先生の手製のものだ。
中学の英語の認定教科書に掲載されている、
すべての単語が網羅してある。
掲載頻度だとか、出題頻度だとか、
細かく分析されていていた。
全部で1217単語。
私立の上位校を受けるならちょっと足りないけれど、
公立の高校を受験するには十分な単語数だ。

凄いものが配られたものだ。
ひとつひとつがホッチキスで留められ、
それが70冊、学年全員に。
本当に普通の、公立の中学校である。
とんでもない先生に出会ってしまった。
この先生は、生徒のために惜しみなく時間を割く先生だ。
普通じゃない。普通じゃありえない。
今まで給食の冷凍ミカンを、1日で13個食べたとか、
ほんとうにくだらない話ばかりしかしていなかった。
「馬鹿だねー、もう。おなか壊すよ」と言われた。
前髪をピンで留めなさいだとか、
スカートの長さが短いだとか、
ちょっと面倒だと思っていた。
最初はどこか怖かったけど、それは
今後の関係がただの「友達」ではなくなるよう、
きちんと「先生」と「生徒」でいられるよう、
考えてくれていたのかもしれない。
それとも少し、緊張していただけかもしれない。
どちらにせよ、私はとんでもない先生に出会ったのだ。
生徒の話を笑いながら軽く受け流し、
服装についてあれやこれやと言う
「面倒な先生」でありつつも、
生徒のことをとても考えてくれていた。