立命館アジア太平洋大学(APU)副学長・今村正治+糸井重里
はたらく場所はつくれます論。


第6回
うれしいから、はたらく。


糸井 APUが成功したのって、
これまで立命館大学がやってきたことの
信用やブランド力が
まず、前提としてあったと思うんです。
今村 ええ、たしかにそうですね。
「なに言ってんですか?」となりますから。
糸井 とは言え、
APUというビジョンの大きさからしたら、
これまで築いてきた信用でさえも、
「ちいさなもの」だとも、言えるわけで。
今村 そうですね。

だから、新しいことをやるというときには
何かがおもしろくないと‥‥
つまり、一人は必ず味方がいてくれないと
やれないなあと思います。
糸井 一人の、味方。
今村 はい。「それ、おもしろいよ!」って
言ってくれる人がいないと、
はじめの一歩を、踏み出せないんです。
糸井 そうか、じゃあ、
自分がおもしろいことを思いついたら
まずは誰かに言ってみることですね。
今村 そうだと思います。

逆に「相談してくれればノーと言えたのに」
というようなことだってあるし。
糸井 なるほど。「誰かに言ってみる」こと。
今村 上司と部下の関係でも、「言える空気」が大事。
立命館の場合は、それがあったんですよね。

教員と職員の関係がフラットだったってことが、
けっこう大事な要素だったと思います。
糸井 ぼく、その昔に出した
『インターネット的』という本のなかで
「フラットであること」が
すごく重要なんじゃないかと書いたんですが、
立命館の「フラットの物語」には、
また「別のエピソード」が、あるんですよね。

仕事というのは
「お金をもらうことだけじゃないよ」という
素晴らしいエピソードが。
今村 ええ、立命館大学には
「先輩学生が後輩学生の面倒を見る」
という仕組みが、古来からありまして。
糸井 古来から(笑)。
今村 私自身、立命館大学の卒業生なんですが、
私の学生時代にもありました。
で、学生が自治的に行っていたその伝統を
「制度化」してるんです。

「オリター制度」と呼んでるんですけど。
糸井 オリター、ですか。
今村 「オリエンテーター」という言葉が起源だとか
いろんな説があるんですけど
毎年800人弱の学生が
オリターとして半年くらい、新入生の面倒を見るんです。
糸井 立候補制なんですよね。
今村 はい。

で、先輩に面倒を見てもらった新入生が感激して、
次の年には立候補して‥‥と、つながっていく。
糸井 何の面倒を見るんですか?
今村 学生生活全般、よろず、いろんな面倒を。
糸井 たとえばぼくが
地方から出てきて立命館大学に入って
「何しようかな」と
キョロキョロしているときに、
オリターが
そっと近づいてくるわけですね(笑)。
今村 そう、1年生のクラスのまわりを
いつもウロウロしています。

2年生や3年生のオリターが
「じゃあ今度、
 みんなでクラスコンパやろうよ」とか提案したり、
具体的に勉強の相談に乗ったり、
本当に、ありとあらゆる相談に乗るんです。
糸井 なるほど。
今村 で、大学を卒業したら、
今度は「キャリアアドバイザー」という人になって
後輩の就職の面倒を見に来てくれる。
糸井 ‥‥すごいでしょう?
今村 とことんまで、関わってもらうんですね。

で、その仕組をAPUでも取り入れました。
APハウスという学生寮にいる
「レジデント・アシスタント(RA)」が
それなんですけど。
糸井 ええ、ぼくも、会いました。
今村 大学に隣接しているAPハウスには
いまは約1200人の学生が住んでいるんですが
当初は「420名」収容の寮からスタートしました。

で、そのうち「400名」ぐらいが留学生。
糸井 つまり、ほとんどが留学生。
今村 そう、そんな寮を、どうやって運営しようかと。

ふつうの学生寮には
「寮母さん」がいるんでしょうが、
400人の外国人と一緒に住み込みで暮らしたら
まあ、3日ともたないんじゃないかと。
糸井 そうでしょうねぇ。
今村 そこで取り入れたのが、
オリター制度の考えかたなんです。

1ヶ月2万円の奨学金を給付して
先輩学生が入寮学生の面倒を見る。
キャンパス管理のおじさんたちがいて、
大学の学生部があって、
アシスタントする学生がいる。
この三位一体で寮を管理しようと。

しかもRAの学生たちは
どうやって寮を運営するかという仕事をとおして、
先輩学生たちも、すごく成長するんです。
糸井 宗教から、食文化から、ゴミの出し方まで
ぜんぜん考えかたのちがう人がいる。

当たり前だと思ってやってきたことが、
他の人にとって「迷惑」だったり。
今村 寮には「シャワーブース」があるんですね。

肌を見せることを忌避する人もいますから、
ぜんぶ個室のシャワーなんですけど、
開学したころは、
「ここでウ◯チをしないでください」
という貼り紙を‥‥。
糸井 つまり「え、ダメなの?」と。
今村 そういうようなことが、本当に起こるんです。
つまり彼らは、そこから悩みはじめる。
糸井 文化がちがうって、そういうことなんですね。
今村 ですから、APUが持っている
「異質性に求められる包容力」は並大抵ではない。

ほうっておいたら、
アイデンティティーが崩壊するようなできごとに
日々、出会うわけですから。
糸井 ええ、ええ。
今村 これまで20年くらい生きてきて培ってきた
自分の価値観を問われることって
きっと、ものすごい経験なんだと思います。

でもそこが、
APUのいちばんいいところだと思います。
糸井 そういう経験をした人が成長して、
社会人となってビジネスなんかをやるときには
「こういう人もいるんだ」
ということを、理解した人になりますよね。
今村 それって「未来の力」でもあると思うんです。

自分にとってイヤなものを認める、
受け入れる力というのは、APUの宝ですから。
糸井 そういう、いろんなことについて
「私に何でも相談してください」という先輩の写真が
フロアごとに貼ってあるんです。

「フラット」ということは、
「リーダー」とは、ちがうんですよね、きっと?
今村 リーダーというわけじゃないですね。
糸井 なんだろう、「楽しいお世話役」みたいな?

なにしろ立候補して選ばれると、
学生たち、すごくうれしいらしいんですよ。
今村 英語と日本語、両方できなきゃいけないんで、
けっこう難関なんですけど。
糸井 いろんな国の学生が、RAをやっていました。

で、思ったんですが、
彼らのやってることこそ「はたらく」なんです。
今村 ああ‥‥そうですね。
糸井 奨学金の「月2万円」だって
ほしくないわけじゃないと思うんです。

でも、それよりも
「うれしいから、はたらく」んですよ、きっと。
今村 うん、そうなんでしょうね。

名誉というか、
「はたらきがい」としてやっているんだと思います。
だって、
これが「アルバイト」だと思ったら‥‥。
糸井 最悪ですよ。
毎日毎日の仕事で「月2万円」なんて。

つまり、
「利益を目的にしてはたらく」こととは
ちがう「はたらく」なんです。

<つづきます>


2013年の秋に
ほぼ日全員で見学したときに聞いた
APUこぼればなし。


「400人の留学生と一緒に暮らす」

学生寮であるAPハウスをつくるにあたり、
さまざまな寮の管理法を調べたそうです。
しかし426室のうち、400人が留学生で
その多くが日本語ができないという寮は‥‥
当然ありませんでした。
男女の部屋割りについての激論もありました。
今村さんは振り返ってこうお話しくださいました。

「職員も教員もまじって激論を闘わせました。
 たとえば台湾の先生は強硬に
 男子・女子は分けるべきだと主張されました。
 結局は折衷案で、1階は安全に配慮して、男子の部屋。
 5階は女子。宗教上の理由などで
 絶対にNGという場合は5階に入ってもらいます。
 あとは、ミックスでやろうということになりました。
 結局いまはそれで、うまく行ってると思います。
 でも、当時は誰も確信はありませんでしたので、
 お互い、説き伏せる根拠はないんですよ。
 やってみるしかありません。
 そうとう回り道もしたし、無駄なこともしたし、
 失敗もしました」

第1期生の方によれば、
開学から特に3年のあいだは、
キッチンでさまざまなものが燃えていたり、
部屋の中がなぜかプールのように
水浸しになったりしたこともあったそうです。
その頃の日本人学生は
「安全な生活の場を確保する」ということだけに
日々奮闘していたとのこと。

2期生のユジーンさんは、どうだったかというと‥‥。

「でも、僕のフロアは、まぁ、みんな、掃除してた。
 それはなぜかというと、RAがやさしかったからです。
 いつも笑顔でみんなにあったかくしてたんです。
 『今日、元気ですか?』と挨拶してくれたり、
 料理をつくったときは、
 『みんなで食べましょうね』と言ってくれました。
 RAの人は、けっして人を責めません。
 『なんでやったの!』とかじゃなくて、
 『あぁあ、大変だね』としか言わない。
 それ言われると、逆に、心の底まで傷みます。
 誰かが寮を汚くすると、
 あのやさしい人たちがかわいそうだから相談しましょう、
 ということになりました。
 ああいうふうに、モチベーションで管理してたところが、
 大きかったと思います」

ユジーンさんは、こうやって4年間、
楽しくモチベーションをもって過ごされたのですね。

(このコラムは今日でおしまいです。
 連載は、あと2回つづきます)



2014-03-11-TUE



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