『生きているのは
なぜだろう。』が
できるまで。

2019年5月15日、
『生きているのはなぜだろう。』という絵本が
刊行されます。
文は脳研究者の池谷裕二さん、
絵は映画界で活躍する田島光二さん。
制作年数は5年2か月。
発売まであと少し日がありますが、
この本の歩みを、まずは編集担当の視点から
読みものにして連載いたします。
このコンテンツの執筆は
菅野綾子が担当いたします。

第6回金剛登場。

文ができ、絵がそろい、
デザイナーさんが決まったところで、
この本をどういう「もの」にするかを
検討しなくてはなりません。

田島光二さんは、ふだんのお仕事は
映画のコンセプトアートです。
光を重視したこの絵の魅力を
どうやって印刷物で表現できるか。
これはそうとうな難関コースです。

印刷製本は、凸版印刷さんにお願いすることにしました。
以前『ベリーショーツ』という本で一度だけお世話になった
「伝説のプリンティングディレクター」の金子雅一さん、
そして『かないくん』と同じ
営業の藤井崇宏さん、石津真保さんが
担当してくださることになりました。

前の絵本の『かないくん』は、
6色印刷(基本的な4色+白の2回印刷)にしました。
白を2回刷ることを、
会社に持ち帰ってどう説明しようか悩んだあの日
思い出します。
今回の田島さんの絵は、とくに緑色が難しそう。
関根さんはきっと、特色使用を提案してくるだろうな。
今度は黒を2回刷るとか言うかもしれないな。

なにしろふだんこんな絵を描いている人ですから。

ものづくりには当然ですが予算があります。
制作側はなるべく自分たちの
やりたいようにしたいのですが、
うちのやさしい経理もそうは黙っていてくれません。

予算に目を光らせる経理の菊地。
メントールを嗅ぐのが好き。
ジリジリ上がりつづけるコストをごまかすプチ会議。

私は色数恐怖症になって
印刷の打ち合わせにいどみました。
デザイナーの関根さんは、
私に向かってこう言いました。

「これ、SA金藤で刷れませんかね?」

SA金藤?

金藤ですか、はい、いいですよ、
では凸版のみなさん、とりあえず見積もりお願いします、
と私は返事しました。

しかし関根さんの言葉を聞いて、
あきらかに目の色が変わっている人がいました。
凸版印刷の営業担当、藤井さんでした。

左端にいる目の輝いている人が藤井さんです。

「SA金藤といえば、つまり、
スーパーアート紙ですね! 
しかも本文用紙使用とはっ! 
印刷担当として、心が震えます」

紙の種類に「アート紙」があることは知っていましたが、
そのスーパーバージョンということなのでしょうか? 

「ふだんは高級美術書、高級写真集などに
使われる紙です」

そうなのか‥‥、と思っていると、
プリンティングディレクターの金子さんが
こう言いました。

「じゃ、普通に刷りましょうか」

え? 
私は耳を疑いました。
PDの方というのはつねひごろ、
要求がハードですよね? 
黒を3回刷りましょうとか、
そういうことを言って私を困らせるパターンは? 
『かないくん』のときはスミを銀にすることも検討したし、
今回は蛍光緑があるからたいへんそうだし、
カレイドインキとか特色とか、
へんなインキを使うでしょう? 

「いえ。
ふつうの4色、ふつうのCMYKで
刷りましょう。
製版も、まずはまぁ、
オーソドックスで出してみましょう。
SA金藤ならそれがいいでしょう」

私以外のプロたちが満場一致している風景。

スーパーアート金藤って、
そんなすごい紙なんだろうか。

急激に紙の値段について不安をおぼえた私は、
「ほかに候補の紙はありませんか?」とつめより、
何種類か別案を聞き出して、
候補として考えることにしました。

印刷効果が最高レベルのアート紙SA金藤は、
鮮やかさ端麗さ、いずれもあわせもつ紙。
もしかしたらこれがいちばん、
田島さんの絵を表現できる紙なのかもしれない。

後日、凸版印刷さんから来た見積もりと提案書は
なんだかあきらかにSA金藤を推すものでした。
「SA金藤で行きましょう」という圧力が
にじみ出ていました。
メントール好きの経理菊地も
「なんかこのストロング金剛みたいな紙のやつだけ、
若干お値段がおさえめになってませんか?」
などと言っておりました。

これ以来、『生きているのはなぜだろう。』は
社内から「なにせ金剛で刷ってるんでしょ」と言われ、
金剛という名前で社内の予算書に載り、
金剛の本と呼ばれるようになりました。

しかし、田島さんの絵はかなり手ごわそうなので、
SA金藤といえどもうまく印刷できないかもしれません。
絞り出してもらった別案の紙も最後まで候補から落とさず、
テスト印刷してみることにしました。

関根信一さんは本文用紙をSA金藤にした大きな理由を、
「暗い絵があること」とおっしゃっていました。
田島さんが得意な、後半のあの絵です。

「後半にさしかかったとき、暗い絵が出てきますよね。
暗いのはいいけれども、くすむのは避けたかった。
これをにごりなくしあげたいんです」

テスト印刷があがってきたあと、
凸版の石津さんは電話をくださり、
「SA金藤で、田島さんの絵の色が出ました! 
藤井も感動しております」
と、電話の向こうでSA金藤萌えでむせび泣く
上司のようすを報告してくれました。
凸版PD金子さんの意見は、シンプルに
「紙がいいんで、出ましたね」
でした。

出るんだ。紙で、色が出るんだ!

こうして、田島さんの絵は、
金剛の船に乗ることになりました。

用紙を決めた瞬間が印象的だったので、
記念に関根さんと紙見本を手に持って写真を取りました。

SA金藤は、発色がよいのですが、
ペコペコしたシワが出やすいこともあって、
紙を『かないくん』より厚くしました。
ちょっと専門的な話をしますと、
ふつうの本は「16ページが1折」ですが、
この本は紙が厚いので「8ページで1折」です。
そこでまた予算がググッと天井に近づき、
経理菊地の日焼けした顔が一瞬曇りましたが、
永田とふたりでいそいで
メントールを嗅がせるなどして
事なきを得ました。

ほぼ日から、『かないくん』以来、
5年ぶりの絵本。
生きているのは
なぜ
だろう。

作 池谷裕二 

東京大学薬学部教授 医学博士
『進化しすぎた脳』『海馬』

絵 田島光二 

コンセプトアーティスト
『ブレードランナー2049』『ヴェノム』

この本には、答えがあります。