HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN

物理学者・小林誠先生に聞いた素粒子とノーベル賞と宇宙の謎。

ほぼ日サイエンスフェロー早野龍五の“オタク”な研究者探訪シリーズ VOL.1 ほぼ日サイエンスフェロー早野龍五の“オタク”な研究者探訪シリーズ VOL.1

ある分野を深く、深く研究する人がいます。
その人たちは世間一般に「研究者」と呼ばれ、
おどろくべき知識量と、なみはずれた集中力と、
子どものような好奇心をもちながら、
現実と想像の世界を自由に行き来します。
流行にまどわされず、批判をおそれず、
毎日たくさんのことを考えつづける研究者たち。
ほぼ日サイエンスフェローの早野龍五は、
そんな研究者たちを敬意を込めて
「オタクですよ(笑)」といいます。
世界中のユニークな研究者と早野の対談を通じ、
そのマニアックで突きぬけた世界を、
たっぷり、じっくりとご紹介していきます。

小林誠先生ってどんな人?

第5回 ノーベル賞までの道のり

小林

理論物理学者の場合、
ノーベル賞をもらうには、
ある条件をクリアしないといけません。

乗組員A

ある条件?

小林

それは自分の理論が正しいことを、
実験や観測を通して、
客観的に証明することです。

乗組員A

あ、なるほど。
理論だけだと、それこそ予言のままだから。

早野

「小林・益川理論」のときは、
つくばにある加速器が、
先生の理論の正しさを証明しました。

そこで、どんな実験をやったか、
説明していただけませんか?

小林

どんな実験‥‥うーん。
簡単に説明するのはむずかしい(笑)。

乗組員A

それは、新しいクォークを
見つけるための実験?

早野

いや、その実験はもう別にあって。

乗組員B

別にある。

小林

そもそもクォークが6種類あっても、
「小林・益川理論」の正しさを
証明したことにはなりません。

早野

先生の書かれた論文は、
「CP対称性の破れ」の
メカニズムに関するもので、
その理論によると
「クォークは6種類あるだろう」
というものです。

つまり、先生の理論通りに
「CP対称性の破れ」を、
実験で証明する必要があるわけです。

乗組員A

あぁ、はい‥‥。

小林

まず、加速器という装置で、
電子と陽電子を衝突させます。
その衝突で「B中間子」という‥‥。
えっと、B中間子というのはですね、
クォークのbとdからつくられる素粒子で‥‥。

乗組員A

えぇ、B中間子が‥‥bとdから‥‥。

乗組員B

わからないけど、つづけてください(笑)。

早野

先生、B中間子の説明は飛ばしましょうか。

小林

そうですね、飛ばしましょう。
とにかく電子と陽電子をぶつけると、
B中間子と反B中間子のペアができる。
つまり、粒子と反粒子のことです。

そのペアをたくさんつくって、
それぞれの振る舞いのちがいを見る。
どういうちがいを見るかというと、
B中間子も反B中間子もすぐに壊れるので、
どのくらい飛んで壊れたかを測定し、
その差を調べるわけです。

早野

粒子と反粒子が対称だと、
その差は出ないわけですね。

小林

CPが破れていないと差は出ません。
でも「小林・益川理論」が正しければ、
かなりのちがいが出るだろうと。

それを証明するために、
気の遠くなるような数の実験をくり返し、
そして長い年月を経て、
ようやく理論の正しさが認められました。

早野

理論と一致したというのは、
いつお知りになりましたか?

小林

このときは
「ブラインド・アナリシス」でした。

早野

ほう。

乗組員A

ブラインド・アナリシス?

乗組員B

(ブラインド・アナリシスを想像する‥‥)

早野

ブラインド・アナリシスというのは、
例えば、実験グループが、
実験結果を毎回データ解析していたら、
得られたデータごとに
一喜一憂がありますよね。

乗組員A

はい。

早野

そうなると望んだ結果が欲しくなって、
装置のパラメータをちょっといじったり、
ときどきウソをつく人が出ないこともない。

小林

都合の悪いデータは、
理屈をつけて捨てちゃったりね。

早野

科学の世界には、
過去にそうやって失敗した歴史が
たくさんあります。
なので、実験結果を
「ブラックボックス化」して、
いまどんな結果が得られているか、
最後まで解析しないようにする。
それが、ブラインド・アナリシスです。

乗組員A

じゃあ、実験をする人たちは、
「こうなったらいいな」と思いながらも、
最後まで結果はわからない‥‥。

小林

正直にいえば
「こうなったらいいな」も思ってない。

乗組員A

え、思ってない?

小林

ぼくのときでいえば、
みんな「間違っていたらいいのに」と、
思ってたんじゃないかな(笑)。

早野

あぁ、なるほど(笑)。
そのほうがおもしろいから。

乗組員A

「おもしろい」? どういうことですか?

小林

実験をしているころって、
「小林・益川理論」というのが、
すでに当たり前の理論だったんです。
なので、いまさら当たり前の答えが
出てきてもつまらない。

乗組員A

「つまらない」?!

小林

でも、もし予想とちがう結果になったら、
それこそ人類にとって新しいインプットだし、
未知の発見にもつながります。

だから、実験をしていた人たちも
「間違っていたらいいな」という人が、
けっこういたんじゃないかな。

乗組員A

ひゃー(笑)。

乗組員B

すごい世界だ(笑)。

早野

先生ご自身はどちらでした?
解析を待ってるときのお気持ちは。

小林

どっちでもよかった。

乗組員A・B

「どっちでもよかった」(笑)!

早野

でも、そのころになると、
まわりの人たちから
「そろそろノーベル賞かも」というのが
あったんじゃないですか?

小林

んー、どうなんでしょうね。

早野

ノーベル委員会が、
まわりを嗅ぎまわっているとか、
そういうウワサはなかった?

小林

ぼくのときは発表される直前まで、
ほんとにわからなかったんです。

乗組員A

あの、発表のときって、
いきなり電話が鳴るんですか?

小林

うん、いきなり鳴った。

乗組員A

「いきなり鳴った」(笑)!
それは‥‥どの電話が?

小林

ぼくのときは携帯でしたね。
突然、知らない番号から。

乗組員A・B

へぇーー!

小林

でも、あとで考えると、
ある人から変なタイミングで
携帯番号を聞かれたことがあったんです。
「この日に連絡がつく番号を、
ちょっと教えてくれませんか」って。

乗組員A

あやしすぎる(笑)。

早野

それは日本人ではなかった?

小林

その人は日本人でした。

乗組員A

いろいろと興味深い(笑)。

(こういう話はわかりやすい。つづきます)