HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN

物理学者・小林誠先生に聞いた素粒子とノーベル賞と宇宙の謎。

ほぼ日サイエンスフェロー早野龍五の“オタク”な研究者探訪シリーズ VOL.1 ほぼ日サイエンスフェロー早野龍五の“オタク”な研究者探訪シリーズ VOL.1

ある分野を深く、深く研究する人がいます。
その人たちは世間一般に「研究者」と呼ばれ、
おどろくべき知識量と、なみはずれた集中力と、
子どものような好奇心をもちながら、
現実と想像の世界を自由に行き来します。
流行にまどわされず、批判をおそれず、
毎日たくさんのことを考えつづける研究者たち。
ほぼ日サイエンスフェローの早野龍五は、
そんな研究者たちを敬意を込めて
「オタクですよ(笑)」といいます。
世界中のユニークな研究者と早野の対談を通じ、
そのマニアックで突きぬけた世界を、
たっぷり、じっくりとご紹介していきます。

小林誠先生ってどんな人?

第6回 アイデアを飛躍させる方法

早野

そもそも先生は、
ご自身が理系ということを
いつごろ自覚されました?

小林

あんまり自覚はなかったけど、
高校生のころに読んだ
アインシュタインとインフェルトの
『物理学はいかに創られたか』という本には、
すごく影響を受けました。
物理をもっと知りたいと思う、
きっかけだったかもしれません。

早野

学生のとき、数学はお好きでした?

小林

数学のストーリーは好きなんです。
でも、数学の「命題、証明、命題、証明」という、
あのスキームは苦手です(笑)。

早野

数学と物理って似てるようで、
やっぱり全然ちがいますからね。

数学の未解決問題って、
誰かが証明さえすれば、
その正しさは揺るぎないものですが、
物理は「あれは間違いでした」
ということがけっこうあります。

小林

間違いではないんですよ。
「自然」がもっと複雑なだけ(笑)。

早野

なるほど(笑)。

小林先生がやってこられた
素粒子物理学という分野も、
かなり複雑化していますが、
今後はどうなっていくと思われますか。

小林

素粒子の世界でいうと、
いまは次なる発展への
手がかりがない状態です。
そういう意味では、
誰かがブレイクスルーを出すのを、
みんなで待っている感じはします。

早野

いわゆる「標準模型」が完成して、
なにをやっても
だいたいその中に収まってしまう。

小林

とにかく全体として、
どこかでブレイクスルーがないと、
大きく前進しない気がする。
いまは、何がブレイクスルーなのかも
わからない状態ですから。

早野

ただ、物理の歴史をふり返ってみると、
みんながそう思う時代って、
これまでに何回もありました。

小林

ありましたね。

早野

量子力学も相対論もなかった
19世紀の終わりなんて、
ほとんどの問題がだいたい片付いて、
なんとなく世界のすべてを
わかったような気がしていた。
でも、本当は全然そうじゃなかった。

小林

だからこそ、
ひとりひとりが変なことを
考えるくらいの幅を持たないと、
突拍子もないアイデアって、
なかなか出てこないんですよね。

われわれも含め、
あまりにもまともな物理に
慣れすぎちゃってるから、
もうすこし飛躍のある考えが
必要な気がします。
だから、変な考えを口走る人を、
つぶさないでほしいのですが(笑)

早野

近くのアイデアと遠いアイデアを
「エリア」で結ぶというか、
それらの出会い頭のところに、
飛躍のヒントってありますよね。

小林

新しいアイデアに
飛躍は欠かせないわけで、
「ちがうものを結び付ける」
という側面は必ずあると思います。

論理的なことばかりでは、
なかなか飛躍することはできません。

早野

そうですね。

乗組員A

なるほど。

乗組員B

なるほど。

小林

一方、ある考えを論理的に分析して、
それらを普段から
頭の中で煮詰めているからこそ、
「あれとあれを結びつけたら‥‥」という
発想が出てくるとも思っています。

論理的な分析と、
ちがうもの同士を結びつける飛躍は、
両方をバランスよく使う必要が
あるような気がします。

早野

先生のご経験でいうと、
アイデアの飛躍は
他者とのコミュニケーションから
生まれると思いますか?
それとも個人の頭の中から?

小林

どちらもあるとは思うけど、
飛躍のいちばん最初は、
やっぱり個人の頭の中だと思います。

だれかの頭の中で、
あっちのものとこっちのものが、
あるとき線でつながって‥‥。

早野

そのための必要条件としては、
その人がかなり遠いところのあるものを、
どこかのタイミングで
頭の中に入れておかないといけない。

小林

そのとおりだと思います。
だからこそ、若いうちから、
自分の専門以外のことも、
幅広く知っておくべきだと思うんです。

早野

よくいわれる「広い視野を持て」の
本当の意味って、
まさにそういうことなんでしょうね。

(深くうなずきつつ、つづきます)