HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN

物理学者・小林誠先生に聞いた素粒子とノーベル賞と宇宙の謎。

ほぼ日サイエンスフェロー早野龍五の“オタク”な研究者探訪シリーズ VOL.1 ほぼ日サイエンスフェロー早野龍五の“オタク”な研究者探訪シリーズ VOL.1

ある分野を深く、深く研究する人がいます。
その人たちは世間一般に「研究者」と呼ばれ、
おどろくべき知識量と、なみはずれた集中力と、
子どものような好奇心をもちながら、
現実と想像の世界を自由に行き来します。
流行にまどわされず、批判をおそれず、
毎日たくさんのことを考えつづける研究者たち。
ほぼ日サイエンスフェローの早野龍五は、
そんな研究者たちを敬意を込めて
「オタクですよ(笑)」といいます。
世界中のユニークな研究者と早野の対談を通じ、
そのマニアックで突きぬけた世界を、
たっぷり、じっくりとご紹介していきます。

小林誠先生ってどんな人?

第3回 現実を「拡張」するアイデア

早野

ひとまず「CP対称性の破れ」について、
すこしは理解できましたか?

乗組員A

もう、ほんとに、なんとなくですが‥‥。

乗組員B

「粒子と反粒子は、
対称の関係だと思われていたけど、
じつはそうじゃなかった」‥‥ですよね?

小林

簡単にいえばそうなります。

早野

1964年に「CP対称性の破れ」という
新事実が明らかになったわけですが、
このとき小林先生は何をされていました?

小林

1964年というと、
名古屋大学の1年生ですね。

早野

そのころ「CP対称性の破れ」のことは?

小林

まったく知りませんでした。
1967年に大学院に入ったのですが、
「CP対称性の破れ」を知ったのは、
そのころだったと思います。

早野

ちなみに博士論文は、
どんなテーマでお書きになったんですか?

小林

博士論文は「CP対称性の破れ」とは、
あまり関係がないものでした。
ただ、そのころというのは
「標準模型」のきっかけが、
いろいろと出はじめたころで‥‥。

早野

「ワインバーグ=サラム」とか?

小林

「ワインバーグ=サラム理論」も、
トホーフトの「くりこみ」も。

乗組員A

「ワインバーグ=サラム」。

乗組員B

なんか、おいしそうな理論ですね。

乗組員A

ワイン、ハンバーグ‥‥。

乗組員B

サラミ。

早野

食べものの理論ではありません(笑)。

小林

当時は世界的にも
「CP対称性」のことが
いろいろ話題になっていたので、
そのころは自分の関心もそっちに
移っていたような気がします。

早野

ちょっと調べてみると、
小林先生が大学院を出られたのが、
1972年の3月で、
ノーベル賞の受賞理由になった
「小林・益川理論」の発表が、
その半年後の1972年の9月です。

乗組員A

え、じゃあ、大学院を出てすぐ‥‥。

小林

論文のネタ自体は
その1年くらい前から考えていました。
つまり、1971年くらいから、
電磁気力と弱い力を統一する
「ワインバーグ=サラム理論」が、
いい理論だとわかってきた。

早野

それを使えば理論的にいけると。
それが、いまから50年ほど前の話。

小林

1971年だから、40年前じゃない?

早野

あ、40年前か。え、40年?

小林

だって、いま、2000‥‥。
あれ、いまって西暦何年だっけ?

早野

え、いま? えっと‥‥あれ?

乗組員A

そ、そこはすっと出てこないんですか(笑)。

乗組員B

いまは2018年なので、だいたい47年前です。

小林

ありがとうございます(笑)。
ま、とにかくですね、
当時、ぼくの所属していた名古屋のグループは、
その前から「四元模型」をやってたんですね。

乗組員A

四元模型?

早野

四元模型については、
ひとまず知らなくて大丈夫です。
いまの学生でも知らないでしょう。

乗組員A

あ、はい。

乗組員B

知らないでいるのは、得意です。

小林

「小林・益川理論」のころって、
「世の中のクォークは全部で3種類」と
信じていた時代です。
ただ、ぼくがいた名古屋のグループは、
そのころから
「もしかしたらクォークは4種類あるぞ」
と予想していたんです。

早野

なるほど。

小林

クォークが4種類と仮定すると、
さっきの「ワインバーグ=サラム理論」とも、
理論的にけっこうしっくりくるんです。

それで1971年に
「ワンバーグ=サラム理論」が有望となったとき、
「クォークは4種類ある」という説に、
かなり現実味が増してきたんです。

早野

名古屋のグループでは、
どのくらいの人がそう思っていたのですか?

小林

といっても、
ぼくとまわりの数人だけだと思います。

早野

つまり、大多数はそう思ってなかった。

乗組員A

(このへんはジャマをせずに‥‥)

乗組員B

(ええ、おふたりとも
気持ちよくお話をされているので)

小林

それで、そのスキームで、
どこまで理論を広げられるかを考えたとき、
やはり「CP対称性」の問題まで
たどり着きたかった。

早野

ほう!

小林

でも、そのまま考えていても、
うまくいかないのは明らかだったので、
この理論をさらに
「拡張」する必要があったんです。

早野

いまの「拡張」という言葉は、
先生の論文を説明するときの
キーワードになりますね。
現実を拡張したことによって、
「小林・益川理論」が生まれ、
その功績にノーベル賞が
贈られたわけですから。

はい、お待たせしました。
ここからがようやく
先生の研究についてのお話です。

乗組員A・B

おぉ、ついに!

(おぉ、ついに! つづきます)