HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN

物理学者・小林誠先生に聞いた素粒子とノーベル賞と宇宙の謎。

ほぼ日サイエンスフェロー早野龍五の“オタク”な研究者探訪シリーズ VOL.1 ほぼ日サイエンスフェロー早野龍五の“オタク”な研究者探訪シリーズ VOL.1

ある分野を深く、深く研究する人がいます。
その人たちは世間一般に「研究者」と呼ばれ、
おどろくべき知識量と、なみはずれた集中力と、
子どものような好奇心をもちながら、
現実と想像の世界を自由に行き来します。
流行にまどわされず、批判をおそれず、
毎日たくさんのことを考えつづける研究者たち。
ほぼ日サイエンスフェローの早野龍五は、
そんな研究者たちを敬意を込めて
「オタクですよ(笑)」といいます。
世界中のユニークな研究者と早野の対談を通じ、
そのマニアックで突きぬけた世界を、
たっぷり、じっくりとご紹介していきます。

小林誠先生ってどんな人?

第2回 反粒子ってなに?

小林

この宇宙には「粒子」の他に、
「反粒子」というものもあります。

ただし、反粒子は現実には存在しません。

乗組員A

‥‥どういうこと?

乗組員B

あ、もうわからない(笑)。

小林

ここはとても大事なところなので、
ゆっくり説明していきますね。

「反粒子」というのは、
物質のもとになる粒子
「電子・陽子・中性子・クォーク」の、
正反対の性質を持った粒子のことです。

乗組員A

「反」というのは、反対という意味ですか?

小林

ひとまず「反対」と思っていいでしょう。

例えば、「電子」は、
マイナス(ー)の電気を持った粒子です。
しかし、反粒子の「陽電子」は、
電子とそっくりでありながら、
プラス(+)の電気を持っています。

乗組員A

マイナスの反対だからプラス‥‥。

小林

電気は反対ですが、重さは同じ。
そういう意味では、
2つはそっくりな粒子といえます。

すべての粒子には、
反対の性質を持った反粒子が、
パートナーのように存在します。

乗組員A

でも、さっき「反粒子は存在しない」と‥‥。

小林

反粒子は、確かに存在します。
ただし、この世界では、
誕生した瞬間に
パートナーとなる粒子とくっついて、
すぐに消滅してしまいます。

乗組員A

つまり、相殺しあって消えてしまう?

小林

イメージ的にはそうですね。

なので、世界中どこを探しても
反粒子というものはありません。
ないけど、存在はする。

乗組員A

ないけど、存在はする‥‥。

乗組員B

先生、あの、ないものを
どうやって見つけたんでしょう?

小林

いい質問ですね。
探してもないなら、
人工的につくってやればいいんです。

乗組員B

え、つくれるんですか?

小林

理論上は2個の光子をガチンとぶつけると、
電子と陽電子がつくれます。
つまり、粒子と反粒子のペアです。
大きなエネルギーを衝突させることで、
反粒子はつくりだせます。

乗組員A

人工的につくりだした反粒子は、
そのあとどうなるんですか?

小林

反粒子は粒子と出会った瞬間に、
消えてなくなります。
つくりだすことはできても、
粒子がいっぱいあるこの世界では
すぐに消えてしまうので、
どこを探しても「ない」わけです。

乗組員A

はぁぁぁ‥‥。

小林

ここに「宇宙の謎」がひとつあります。

乗組員A

宇宙の謎?

小林

「そもそもなぜこの宇宙は、
粒子で成り立っているのか」
という問いです。

粒子も反粒子も、
理論上はそっくりなんです。
だったら、なぜこの宇宙は、
反粒子でつくられなかったのか。

乗組員A

あぁ、そうか、
粒子も反粒子もそっくりなわけだから。

小林

なぜ粒子でこの宇宙がつくられ、
なぜ反粒子じゃなかったのか。

これは宇宙の大きな謎のひとつで、
まだ完全には解明されていません。

乗組員A

へぇーー。

乗組員B

へぇーー。

小林

さっき粒子と反粒子は
「そっくり」といいましたよね。

乗組員A

はい。

小林

重さが同じで、ちがいは電気符号だけ。
ほとんどの物理法則は、
電気の符号を入れ替えても成立するので、
そっくりに見えます。

物理の世界ではこれを
「対称性がある」といいます。

早野

ようやく「対称性」という言葉が出ました。

乗組員A

先生のノーベル賞の受賞理由にも
「対称性」という言葉がありました。

早野

「CP対称性の破れ」ですね。

乗組員A

はい、よくわかりません(笑)。

早野

対称というのは
「左右対称」という言葉があるように、
「反対、反転」をイメージすると
理解しやすいと思います。

粒子と反粒子もある意味では、
「現実世界と鏡の中の世界」
のような関係性があります。
鏡の中は反対ですが、
映っているものは同じです。

乗組員A

あぁ、なるほど。
左右の向きは反転するけど、
映ってるものは同じ。

小林

つまり、粒子と反粒子は
ある種の「映し鏡」のような関係性にある。
そのことを「CP対称性」といいますが、
1932年に反粒子が見つかってから、
それがずっと正しいと思っていました。

乗組員A

‥‥思っていた?

小林

1964年にクローニンとフィッチという
二人の物理学者が、
実験である反応を見つけます。

それは
「粒子と反粒子は対称ではない」
という実験結果だったんです。

乗組員A

対称じゃなかった‥‥。

乗組員B

どういうことですか?

小林

それまでの物理学は
「粒子と反粒子は対称である」と、
ずっと信じていました。
それを前提に話が進んでいました。

でも、本当は全然ちがったんです。
つまり、人類はずっと、
大きな勘違いをしていたわけです。

早野

「対称性が成り立っていない」ことを、
物理学では「対称性の破れ」といいます。

1964年にそのことが明らかになり、
それまでの素粒子の世界観を、
根本から大きく変えてしまったんです。

小林

ここまでが「CP対称性の破れ」の説明です。

乗組員A

つまり、これが小林先生のやられた研究の‥‥。

早野

いえ、先生はまだ登場すらしていません。

乗組員A

えぇーーー。

乗組員B

ひゃー(笑)。

小林

さぁ、ここからどうしましょうか(笑)。

(すこしずつ、すこしずつ。つづきます)