巴山くんの蘇鉄。
巴山くんの蘇鉄。
大失恋。
──
物言わぬソテツの種に
たゆまぬ水やりを続けていたタイミングで
大きな失恋をされた‥‥と。
ハヤマ
はい。大好きな人がいたんですが、
遊園地に行こうとか、食事に誘ったりとか、
どうにか振り向いてほしくて
いろいろとアプローチしていたんですが、
うまくいかなくて。
──
ええ。
ハヤマ
まずはお友だちから‥‥ということで、
がんばっていたんですが、
彼女に「よかれ」と思ってやったことでも
怒られることが多くて。

結局、愛想を尽かされてしまいました。
──
付き合っては、いた?
ハヤマ
いえ、
「ぼくと付き合ってください」「ダメ」
「ぼくと付き合ってください」「ダメ」
という押し問答を繰り返した挙句、
最終的に
「アンタ、ぜんぜんわかってないのよ!」
と、ケチョンケチョンになって。
──
年上の女性ですか?
ハヤマ
いえ、ぼく、今年で31になりますが、
彼女も同い歳でした。

でも、どうにもぼくが子どもだったらしく、
「ふつう、それくらい生きてたら
 わかるでしょ!」とか、
「どんな態度をとったら
 女性がイヤな気分になるのかとか、
 どうしていままで
 経験を積んでこなかったの!」とか‥‥。
──
何がそんなに、気に触ったんでしょう。
ハヤマ
そうですね、たとえば
「ごはんを食べに行こう」と誘うなら
「おいしいお店くらい
 お前が探しておけよ」という話ですね。

彼女が言うには、
男性が「食べたいものはある?」と聞き、
女性が「何でもいいわ」と答え、
そこで男性が
「こういうおいしい店あるけど、どう?」
と提案するのが、
女性を誘うときの正しいラリーだと。
──
ラリー‥‥。
ハヤマ
その点、ぼくは、
何でも彼女に合わせようとし過ぎるのか、
つい意見を聞いてしまうんです。

でも、女性としては、
本当に「どっちでもいい」というときは、
「そっちで決めてほしい」そうで。
──
なるほど。
ハヤマ
ぼく、
「いまイラッとさせちゃったかも!?」
と思うと、
すぐに「ごめんね、ごめんね」って、
謝ってしまうんですが、それもイヤだと。

「そんなに謝られたら
 かえって私が悪者みたいじゃない!」
って怒るんです。
──
ハヤマくんのことは友だちですが、
すみません、何だか少し、わかる気も‥‥。
ハヤマ
アンタがよく言う「好きだ」という言葉も、
「好きだ、好きだ、好きだ」って
言われれば言われるほど、
こっちは、アンタの「好き」を
「受け容れるか、受け容れないか」という
「二者択一」になってしまい、
結果的に「嫌い」と言うしかなくなるって。
──
すごい論理的な人なんですね。
ハヤマ
「アンタは
 ぼくが間違っているところがあったら
 どんどん言ってねって言うけど、
 なんで、私が、
 アンタを成長させなきゃいけないの!」
とも言ってました。
──
完全なダメ出し。
ハヤマ
「そもそも、ふつう、こんなことは
 言われなくてもわかる。
 言われてる時点でダメなのよ!」
──
そこまで完全なるダメ出しを、
いまだかつて、聞いたことがないほどです。
ハヤマ
ハハハ‥‥ぼくもです。
──
何でしょう、ハヤマくんって、
情熱が空回りしちゃうタイプなんですかね。
ハヤマ
もしかしたら、そうかもしれません。

彼女が「猫が好き」と言うので
ペット可のアパートに引っ越しをしてまで、
猫ちゃんを飼いましたし。
──
それは‥‥どんな猫ちゃんを?
ハヤマ
ノルウェージャンフォレストキャットという、
血統書つきの猫ちゃんです。

ぼくの給料のひと月分くらい、したんですが。
──
‥‥‥‥‥。
ハヤマ
彼女が、その猫ちゃんを好きだと言うので。
──
じゃあ、彼女とは終わってしまったいま、
その猫ちゃんは?
ハヤマ
すっかり溺愛しています。
ぼくの、唯一の心の拠りどころです。

ドーピーという名前をつけました。
『白雪姫と七人のこびと』に出てくる
こびとのひとりからとったんです。
──
ともあれ、そんな苦い経験をしていたころ、
このソテツと出会ったんですね。

それは、運命を感じてしまうかもしれない。
ハヤマ
失恋して「自分は本当にダメなやつだ」と
落ち込んでいたときに、
運命のようにこの子(=ソテツ)と出会って‥‥。

自分みたいなダメな人間でも、
毎日、種に水やるくらいのことなら‥‥。
──
できるかもしれない、と。
ハヤマ
そう思うことで、自分を保っていました。
──
ソテツの種に「すがる」思いで。
ハヤマ
ある意味、そうです。
──
「この子の芽を出すことができたら、
 もしかしたら、俺は‥‥」と。
ハヤマ
いえ、自分に対する期待は、
正直、そんなにはしていませんでした。

「芽が出なければ出ないで仕方がない。
 俺は、そこまでの人間なんだ」と。
──
それは、ある種の「賭け」ですね‥‥。

何というか、その、
「人生における」と言えるくらいの。
ハヤマ
いろいろギリギリな時期でした。
──
そんな精神状態だったからこそ、
ウンともスンとも言わないソテツの種を
世話し続けられたのか。‥‥深い。
ハヤマ
そうなんだと思います。
──
でも、5カ月めで表皮がパリッと割れたって
おっしゃってましたが
芽が出てきたのは「9カ月後」なんですか?
ハヤマ
はい。割れてから、
さらに4カ月くらいの沈黙があったんです。
──
ソテツ、なんて思わせぶりな子‥‥。
ハヤマ
しかも、最終的に芽が出てきたのって、
表皮が割れた部分ではなく、
ぜんぜん別の場所からだったんですよ。
──
その「割れ」は、いったい何だったんだ。
ハヤマ
わからないです。
──
とにかく、心からの拍手を贈りたいです。
「ハヤマくん、ブラボー」と。
ハヤマ
いえいえ、そんな‥‥水やりしかできない、
どうしようもない人間なんですけど、
そんな自分でも
この子(=ソテツ)を見放してしまったら
この子(=ソテツ)はもう、死ぬしかない。
──
異国の地、東京砂漠のど真ん中で。
ハヤマ
「この子を裏切ることはできない、
 この子には、ぼくしかいない」
そういう気持ちで、水をやっていました。
──
種からは芽が出ないけど、
ハヤマくんに、母性が芽生えていた‥‥。

一生、添い遂げる勢いですね。
ハヤマ
いま思うとおかしいんですけど、
「なんとか、この子を幸せにしてあげたい」
と思っていたことはたしかです。

ですから、せっかく芽が出たいまでは
できるかぎり
大きく育ててあげたいと思っています。
──
「水をやり続けることしかできない」
というところから
「この子には、自分しかいない!」
と思えるまでには
ずいぶん大きな変化がありますよね。

「後ろ向き」が「超前向き」になってる。
ハヤマ
はい。
──
ゆくゆくは、
大地に根を下ろさせてあげたい、とか?
ハヤマ
そう思っています。
──
でも、ソテツってかなり成長しますよ?
そこにも生えてますけど‥‥。

この日の取材は夢の島熱帯植物館のソテツの脇で行った。

ハヤマ
愛知に‥‥知人の広大な土地があるんです。

将来、スパイスガーデンをつくろうと
夢を語っているのですが、
ゆくゆくは、この子もそこに‥‥って。
──
お、おお。
ハヤマ
先日は、スパイスガーデンの研究のために、
スリランカにも行ってきました。
──
すでにそこまで行動されてるんですか!

娘の嫁入りのためにあれこれ手を尽くす、
慈愛に満ちた父親の姿を見るようです。
ハヤマ
(まんざらでもなさそうなようすで)
エヘヘ、そうですかね。
──
でも、ソテツって、
大きくなるまでに時間かかりますよね?

たしか、1メートル成長するだけでも、
何年、何十年とか。
ハヤマ
樹齢1000年とかいくって、聞いてます。
──
ハヤマくん、1000年先まで見据えて‥‥。
ハヤマ
自分の寿命じゃぜんぜん追いつかないって、
とつぜん、
重たい十字架でも背負わされた気分ですよ、ハハハ。
(まんざらでもなさそうなようすで)
──
実家に、祖父が植えた柿の木があるんです。

戦時中、食べ物に苦労していたから
せめて孫の代ではおなかを空かさないように、
という意味で、植えたそうなんです。
ハヤマ
樹木って、そういうものみたいですね。
ソテツのことを調べていて知りました。
──
ハヤマくんも、自分の代では無理だけど
孫やひ孫など子孫の代で
りっぱな実をつけたらいい‥‥みたいな、
そういう、
時を超えるような気持ちもあるんですか?
ハヤマ
そうですね‥‥あるかもしれません。

ただ、ソテツの実には毒がありますから、
おなかの足しには、なりませんが。
──
あ、そうなんだ。
ハヤマ
でも、例の南海の孤島で見た光景ですが、
有毒のソテツの実に
ものすごい色をしたヤドカリが群がって、
ムシャムシャ食べていたんです。
(と、スマホに保存していた動画を見せる)
──
じ、地獄のヤドカリ‥‥。

※読者の方から、写真に写っているのは「ソテツの実」ではなく
 「アダンの実」であるとご連絡を頂戴しました。
 お詫びして、訂正いたします。
 (2016年1月26日13時00分 追記)

ハヤマ
このときは、おなかが空きすぎているときで
思考能力が低下していたので
「これ、何の実だろう? 食えるのかなあ?」
とボンヤリ思ったんですけど
この真ムラサキのヤドカリのおかげで、
一瞬にして、我に返ったのを覚えていますね。
──
危ないところでしたね。

ともあれ、9ヶ月もの長期間にわたって
ソテツに水をやり続けられた理由が
だいたいわかって、とてもよかったです。
ハヤマくん、今日はありがとうございま‥‥。
ハヤマ
あのぅ‥‥。
──
はい?
ハヤマ
これは、あまり関係ないかもしれないですが、
自分、ソテツに水をやりながら
もうひとつ‥‥続けていたことがあるんです。
──
ほう‥‥何ですか?
ハヤマ
四コマ漫画を描いてたんです。
──
へえ。ハヤマくん、漫画好きですもんね。
ハヤマ
これなんですが‥‥。
──
え、そんなに!?

<つづきます>