第1回 ぼくは「暮らし」が撮りたかった。


(慣れない国際電話をかけたときの、
 あの、ちょっと不安になる妙な機械音のあと、
 2コールくらいでヨシコさんが出る)


後藤 ズドゥラーストゥビィチェ!(こんにちは)

ヨシコ ズドゥラーストゥビィチェ。

後藤 エータ、ハルキ!(もしもし、悠樹です)

ヨシコ オォ、はい、うれしいです。

後藤 お久しぶりですー。
このあいだ、電話をかけられなくて‥‥。

ヨシコ あ、わたしね、
電話はつながらなかったのかなぁって、
心配してたの。

後藤 30回くらいかけたんだけど(笑)。

ヨシコ 電話は、よく、つながれできないから。
(つながらなくなるから)

後藤 今日は一発でつながって、よかった。

ヨシコ はーい、ありがとう。

後藤 いま、この前ちょっとお話しした
「ほぼ日」の奥野さんがいるんです、隣に。

ヨシコ はい、はい、はい。

── はじめまして。

ヨシコ こんにちは。サハリンのヨシコです。

photo:後藤悠樹

── 日本の東京に住んでいる奥野といいます。

ヨシコ わたし、本当の名前はね、
「カネカワヨシコ」っていってたんです。

── はい、ハルキさんから聞いてます。

ヨシコ でも、17歳のときに、
「キム・ヨンジャ」ってなったんですよ。

── あ、韓国のお名前に?

ヨシコ いまは「キム・ヨンジャ」って、パスポートに。
でも、本名は「カネカワヨシコ」ですよ。

── じゃあ、ヨシコさんと呼ばせていただきます。

ヨシコ でもね、サハリンではね、
「キム・ヨンジャ」って言ったって、
誰も、わかんないですよ。

ヨシコって言ったら、みんなわかる。

── そうなんですか。

ヨシコ そう、そう。はじめまして。うれしいです。

── 今日はどうですか、そちらは、サハリンは?

後藤 もう寒い?

ヨシコ サハリン、いい季節。寒くないよ。

── いい季節?

ヨシコ 今日なんかはね、
ものすごくきれいだって言ってましたよ。

── きれいというのは、風景が?

ヨシコ 紅葉。

photo:後藤悠樹

── へぇー‥‥。

ヨシコ 黄色とかね、赤とかね、葉っぱに色がついて
本当にきれいだって言ってました。

わたし、目が見えなくなってしまったけど、
お友だちさんがね、
みんな、わたしに教えてくれるのよ。

「今日、山登りをしてきた、美しい」とかね、
「もう木の葉が黄色い、赤くなった」とかね、
みんな、教えてくれるんですよ。

「本当にきれいだ」って、言ってました。

── ヨシコさんは、いまおいくつなんですか?

ヨシコ いまはもう、69ですよ。
オバアですよ(笑)。年とりましたよ。

日本の人が、もうあんまりいないから、
日本の話をしゃべらないから、
ペラペラ、言葉が出てこないんですよ。

後藤 出てきてますよ(笑)。

ヨシコ 難しい話は、忘れてしまうしね。

ラジオも、いまは聞こえてこないです。
ザーザーズーズーって、雑音が入って。
日本のラジオも、聞こえてこないです。

── むかしは聴けたんですか?

ヨシコ むかしは、聞こえてきたんですよ。

毎日、朝3時まで聴いたり、
あの『ラジオ深夜便』ってあるでしょ?

── あ、NHKの?

ヨシコ 最近だと、そういうの、聴いてたんですよ。
いまは聞こえないからね、寂しいです。

── ヨシコさんは、歌がお好きなんですよね。

ヨシコ 美空ひばりさんとか、大好きですよ。

わたしは、昭和の生まれですからね。
だから、昔の歌が好きなんですよね。

── 美空ひばりさんの、どの歌ですか?

ヨシコ 「津軽のふるさと」

── おお、即答。

ヨシコ あと「港町十三番地」とか、古い歌です。
「越後獅子の唄」とかね。

── いまでも歌えますか。

ヨシコ 歌えますよー(笑)。

あとは霧島昇さんとか、島倉千代子さんとか、
三橋美智也さんとか、岡晴夫さんとかね。

── おお、いわゆる、流行歌手というような。
でもさすが、たくさんご存知ですね(笑)。

ヨシコ たくさん知っていますよ。

── あの、サハリンの「いいところ」って、
どういうところですか?

ヨシコ そうね、サハリンのいいところはねえ、
高い山に登ったら、
夕焼けがね、サーッときれいなところ。

photo:後藤悠樹

── 夕焼け?

ヨシコ 本当に美しいんですよ。

── へぇー‥‥見てみたいです。

ヨシコ それはね、それはね、
言葉では、言われないんだなぁ。

── 言葉では言えない?

ヨシコ そう、言えない、言えない。

いまは目が見えないけど、
むかしに見た夕焼けを思い出すからね、
忘れないんです。

── ヨシコさんって、
ふだん日本語はしゃべらないんですよね?

ヨシコ 日本語はね、
あんまり上手にはしゃべらないけど、
でも、通じるでしょ?

わたし、何を言ってるか、通じるでしょ?

── 通じます、通じますよ。

ヨシコ 日本語は、たまにね、
わかってる人たちが集まると、しゃべる。

でも、そういう人たちは、みんな、
帰って行ってしまったんですよね。

── じゃあ、今日は、久しぶりですか?
ヨシコ はい、お久しぶりですよ。
だからね、
日本の人としゃべるの、大好きなんです。

── うれしいです。それ、なんか。

ヨシコ 本当ですよ。

photo:後藤悠樹

── 日本のことを思ったりするときって、
どういうときですか?

ヨシコ うちのね、母のお父さんの奥さまがね、
日本人だったんですよ。

── お母さんの、お父さんの、奥さま‥‥
つまり、おばあちゃん?

ヨシコ その人がね、仙台に住んでいたんですよね。

── あ、東北の、宮城県の。

ヨシコ でもね、住所が、変わってしまって、
手紙を書いても、返事が来ないです。

── そうなんですか。

ヨシコ 奥さまの弟さんの娘さんが
3人、宮城県に住んでいるそうですけど
それももう、わからないです。

母が、95歳まで生きていたんだけど、
亡くなる前に
「いちどでもいいから、声を聞きたい」って、
弟さんは亡くなってしまったけど、
娘さんは3人、みんな、いるでしょ?

でもね、これ、探されなかったんですよ。

日本から来た人に頼んでみたんだけど
「探されない」って。
「そんな人はいないんだ」って言われました。

── 見つからなかったわけですね。

ヨシコ そうです。

── 急にハルキさんが来たとき、どう思いました?

後藤 「急に」って(笑)。

ヨシコ うちの母がね、いちどでもいいから、
日本の人と出会って、自分の親戚がどこにいるか、
知りたがっていたから
あぁ、これが運命なのかなぁと、思いましたよ。

── 運命、ですか。

ヨシコ 母が言っていたとおりに、日本の人と出会えた。
だから、うれしかったんですよ。

── よかったですね、後藤さん。

後藤 はい(笑)。

── 情熱の赴くまま、苦労して行って(笑)。

ヨシコ ハルキさん、たくさん写真を撮ったでしょ?
それ、見たことあるでしょ?

── 見ました、見ました。素敵でした、とても。

photo:後藤悠樹

後藤 ヨシコさんのお写真も見てもらいましたよ。
すごく、いい顔してくれた写真。

ヨシコ もうね、目もつぶれてしまったからね、
おばけと同じですよ。

後藤 そんなことないですよ。

ヨシコ 本当よ。

── いや、本当に素敵でした。

とってもいい写真だなと思いましたし、
だから、ぼくたち、
電話だけど、ヨシコさんの顔を知ってるんです。

ヨシコ はい、はい、うれしいです(笑)。

でも、もう、切りますよ。
お金、たくさん、使っちゃうでしょう。

── わかりました。お元気でいてください。

ヨシコ はい、ありがとう。

── また、お話したいです。

ヨシコ うれしいよ、本当に。
お気をつけてね、身体にね。

── ありがとうございます。
ヨシコさんも、お気をつけて。

ヨシコ ハルキさん。

後藤 はい。

ヨシコ ありがとう。

後藤 こちらこそ。また、電話しますね。

ヨシコ ありがとう。

── それじゃあまた。さよなら。

ヨシコ はい、さよなら。

後藤 さよなら。

ヨシコ お元気に。

── ヨシコさんも、お元気で。

ヨシコ いつか、サハリンに来てくださいね。

ぜいたくはないけど、
パンやお茶なら、いつでも、ありますよ。

── はい、ありがとうございます。

ヨシコ ダスヴィダーニァ(さようなら)。

後藤 ダスヴィダーニァ。

photo:後藤悠樹

<おわります>
2013-11-22-FRI

 

撮影協力/日本写真芸術専門学校
はじめてサハリンに入ったときのものから 最近のものまで、 後藤さんの写真を見せてもらいましたが、 やはり「人」が写っているものに惹かれました。 厳しい顔をしたロシアの若者。 日本とサハリンを行き来する若い女性。 朗らかな笑顔のおばあちゃん。 いま開催中の展覧会では 2013年の冬、 ひと月ほど滞在したときの写真が見られるそう。 どんな「人」の写真を見られるのか 楽しみにしていこうと思います。 (ほぼ日・奥野)

会場 Juna21 新宿ニコンサロン
住所 東京都新宿区西新宿1-6-1 新宿エルタワー28階
日時 11/19(火) ~11/25(月)
時間 10:30~18:30 ※11/25(月)は15時まで
無休/入場無料(平日の10~13時以外は在廊予定)