BOOK
男子も女子も団子も花も。
「婦人公論・井戸端会議」を
読みませう。

第1回 言う人、言わない人

第2回 平和の使者である

第3回
女はそれを許さない
糸井 ところで、松澤さんはなんでダジャレマシンを
つくろうと思ったんですか?
スタートラインがあるわけでしょう。
松澤 もっと人間ぽいことを
コンピュータにやらせたかったんですね。
もともと人工知能を研究してまして、
機械を人間に近づけるという研究は
だいぶ古くからやってたんですけど、
今までは非常に堅いやり方でした。
「こういうデータを入れたら、
 必ずこういう答えが出ます」
というような。
それよりもうちょっと違うことをやりたいな
と思い、アバウト推論というのを始めました。
糸井 アバウト推論というと?
松澤 人間がものを考えるときって、
たとえば「グラス」という言葉があったら、
メガネを思い浮かべたり、
割れるということから氷を連想したり
というふうに、
一つの言葉から別のものにつながったり、
ふくらんだりしていきますよね。
あるいは、よく知らない問題でも、
似たような事柄から
大ざっぱに判断したりできるでしょう。
そういう人間の思考のアバウトさを、
機械で実現できないかという研究です。
その一環として、
たくさんの言葉をコンピュータに与え、
また言葉と言葉の関係性をつなぐ
概念ベースをつくったら、
なぞなぞなんかも解けるようになったんです。
「クリはクリでもギョッとするクリは?」
「ビックリ」みたいな。
糸井 そういうときに、
僕は「ギョックリ」と
言いたくなるんですよねぇ。(笑)
松澤 これ、全部子ども用のなぞなぞから
とってましてね。
「よけいなことを言いたがる貝は?」とか……。
小田島 ――「オセッカイ」ね。
糸井 先生、その、
落ち着いて言う感じがいいですね。(笑)
松澤 ところが、コンピューターにやらせると
「コマカイ」と出てくる。
たしかに、物事に細かいやつも
余計なことを言うなぁって妙に納得しましたが。
まあ、計算機的な分野よりも、
もうちょっとやわらかいというか、
人間が言葉にもっているイメージとか
感性みたいなものを機械でもあらわせたら――
というので
「ことば工学」という分野を提案したんです。
で、一般の人たちに、言葉を工学的に扱う
面白いものを示したいと思ったとき、
一般ウケするのはダジャレだと思って、
あんなバカバカしい装置をつくった
というわけでして。
糸井 バカバカしいの、大好きです。
僕ね、ダジャレというのは
「粗品」だと思ってるんです。
シャレというと「お洒落」につながりますが、
ダジャレの場合は押し付けるつもりはない。
「こんなものを出して、
 まことに申し訳ございませんが」
という……。
「駄」がついているのは謙虚さですよね。
小田島 ただ、軽蔑でもいいから
反応してほしいというのはありますよね。
松澤 「さぶ〜い」というのは、
けっこうほめ言葉じゃないですか。
小田島 うん、もう反応してるんだからね。
無視がいちばんつらい。
糸井 僕は無視までOKなんです。
相手との関係にもよるんだけど、
カミさんが僕のダジャレを聞いてるはずのに、
知らんぷりして洗い物を続けてるというのは、
無視という形で反応してるってことなんですよ。
僕がよくやるパターンだけど、わざと
「ああ、よく寝た。何だっけ?」
と言ったりね。
小田島 飲んでるときに僕がダジャレを連発してたら、
堺マチャアキがうるさそうな顔して大真面目に、
「小田島さん、あんまりそんなこと言ってると、
 しまいには僕、笑っちゃいますよ」って。
糸井 うまい! 中には本当に腹を立てる人もいます。
坂本龍一はダジャレが大嫌いで、
言うやつがそばにいるだけで
不愉快になるって言うんですよ。
松澤 へえー。
糸井 逆に、小泉今日子って人は、
誰も笑わないときにもクスッてやってくれる。
小田島 いちばんイヤなのは、何か言うと、
「60点」とか点数つけるやつ。
「だったら、おまえ、
 70点のダジャレを言ってみろよ」
と言いたくなるね。
糸井 ダジャレは、言った自分が楽しいというのが
前提だけど、同時に失敗したら
取り返しがつかないという危険もはらんでいる。
女の人が言わない理由もわかりますよ。
女性は快楽主義者ですから。
小田島 「女は失敗を許さない」!
チェーホフの『かもめ』に出てくる
有名な台詞ですね。
女性は人の失敗を許さないし、
自分も失敗したくない。
だけど、男は平気で失敗するんだな。
松澤 ダジャレもギャンブルなんですかね。
その瞬間に賭けるという意味で。
糸井 試行錯誤、トライ&エラーのトライ。
小田島さんなんか、
期待されてるだけに大変ですね。
小田島 結婚式のスピーチなんか頼まれると、
ダジャレの一つも言わなくちゃ、と思うね。
あらかじめ考えていくときは、
五十音の中での移動ということはやります。
「カモ」という言葉にひっかけたいときは、
まず「アモ」から始める。
「サモ」「タモ」とやってみて、
次は「カモ」の前後につながるものを
ア段から当てはめていく。
「アカモ」「イカモ」……と。
逆引き辞典を使うときもありますよ。
この音で終わる言葉はないかなって探す。
そんなことをずっとやってるうちに、
日が暮れたりしてね。
松澤 はーあ。
小田島 まあ、普通は短い間に
頭の中をバーッと高速回転させて、
何かないかと探すことのほうが多いです。
ただ、考え過ぎても出来はよくない。
思わずスッと出てしまったほうがよかったりして。
糸井 自信作ってありますか。
小田島 「老婆は一日にして成らず」は
自分でつくったと思ってたけど、
すでにいろいろな人が言ってたということが、
あとでわかったし……。うーん。
糸井 なぜか自分で「いいな」と思ったのに限って、
忘れちゃいますね。
小田島 人からほめられたというのでは、
作家の長部日出雄という人がいてね、
酒乱で名高い(笑)。
何かのときに酒乱の話になって、
吉行淳之介さんが長部っちんのことを、
「でも、あいつ、
 普段はほんとにいいやつなんだよな」
って言うから、僕が「酒乱が仏」って返したら、
これは吉行さんがほめてくれた。
糸井 長部さんと親しい人だと、とくに面白いんだなあ。
小田島 彼は大仏さんにしてもいいような顔なんで……。
前に山下洋輔が
アフリカで見たダンスの話をしてて、
あちらでは尻をうまく振って踊れる女性ほど
人気が高いんだって。
「臀筋を鍛えると、
 いいとこに嫁にいけるんですよ」
と言うから、
「デンキン高島田」と返したら、
彼、鼻血を噴き出した。(笑)
糸井 今、思い出した。
「♪ばあやは十五で嫁にゆき〜」
――僕、そういうのが好き。
「ねえや」を一文字変えただけだけど。
松澤 妙に意味が変わっちゃう。
糸井 歌が入るのはいいなぁ。
(ジョンレノンの曲の出だしで)
「♪マザー〜……牧場」。(笑)
松澤 くだらないものほうが爆笑しちゃうんですね。
糸井 あり得ないくらい理にかなってないと、
思わず爆笑なんですよ。
小田島 テレビで『ボギャブラ天国』ってあったけど、
いちばん好きだったのは、
紅白の小林幸子のド派手な衣装を来て、
「♪さっちゃん、派手」と、これだけ。
糸井 「♪さっちゃんはね〜」ですね。
小田島 南悠子さんていう宝塚出身で
日舞のお師匠さんまでやった女性がいるんだけど、
ずっと独身だったの。
さっきも出た戸板康二さんが、
彼女が40歳の誕生日を迎えたときに
言った台詞が、「四十にしてマドモアゼル」。
松澤 あ、いいですねえ。
小田島 ところがあるとき、
その「四十にしてマドモアゼル」を言っても、
相手が笑わないんだって。
なぜかと思ったら、相手は元になっている論語の「四十にして惑わず」という言葉そのものを
知らない。
戸板さん、
「もうこのダジャレは通用しなくなったのか」
と嘆いておられた。
昔はみんなが共有する知的教養
――歌舞伎の中の台詞とか、諺、
いろはかるたの言葉なんていうのが
あったんだけどね。
糸井 今の若い人は、そういう教養主義の押し付けが
かなわんと言うんだろうなぁ……。
でも、その「四十にしてマドモアゼル」は、
「四十にして惑わず」を知らなくても
笑うような気がします。響きで。
松澤 そうそう、言葉の響きっていうのはありますよね。
糸井 「腸捻転」て言葉があるじゃないですか。
チョウネンテン――わけわかんないけど、
何かおかしい。
それと、話の中で「そう言えば」と言うとき、
僕、必ず総入れ歯が浮かんでくるんです。(笑)
小田島 スポーツ新聞の見出しにも面白いのがある。
若乃花と貴ノ花の兄弟が両方とも負けたとき、
親方がすごく怒って、そのときの見出しが、
「わかったか!」。
くだらないと思いながら、笑ったね。
糸井 ついでにスポーツ関係で言うと、
野球選手のあだ名のつけ方って、
ものすごく粗雑なんです。
デブだからデーブ大久保。
ひどいのだと、ジャイアンツから近鉄にいった
ピッチャーの香田という選手のあだ名は
シャーミーですよ。
松澤 幸田シャーミン。
糸井 いくら「コウダ」だからって、
どうしようもないですよね。
しかも、シャーミンじゃなくてシャーミー。
すでにそこで間違えて覚えてる。(笑)
松澤 具体的なイメージがあると
言葉のインパクトが強くなるけど、
人名なんかとくにそうですよね。
「B級機関」でも、有名人の名前が出ると、
一文字しか重なってなくても、みんな笑っちゃう。
その有名人のインパクトだけでいいってことで、
反則技ですけどね。
糸井 「沈黙は金大中」(笑)。轟二郎もいいですね。
「雷鳴轟二郎」とか。
小田島 ハハハハ。
糸井 どんなイメージがイニシアチブをとるかが、
感動を計るときの力になりますね。
さっきの「四十にしてマドモアゼル」を
例にとれば、マドモアゼルって言葉に、
みんなマンガみたいな絵が浮かぶんじゃないかな。
縦ロールの髪とか(笑)。
そういうふうに
リアルなビジュアルが浮かぶダジャレだと、
ドッと沸く。
松澤 「B級機関」は、たまたま言葉と言葉で
一致したものをつなげているだけで、
みなさんが言うダジャレの
形式的な模倣に過ぎない。
これが笑えないのは、状況が何もないからです。
本当は会話の文脈があって、
そこでダジャレが出ると
もっと面白いんでしょうけど。
人間って、三題噺みたいに
言葉の意味の関連性から別の話に発展させたり、
言葉の裏を読んだりしながら会話しますよね。
コンピュータで私がほんとうにやりたいのも、
それなんですよ。
小田島 生の人間がもっている強みは、
言い方とかちょっとしたタイミングとか、
いろんなものがからむということもありますね。
女優の安奈淳が宝塚時代、
「アンナジュンて、どんなジュン?」と聞かれて、
即座に「変なジュン」と答えた。
このリズムがあるから笑える。
活字にしたら面白くなくてもね。
糸井 言ってる人のキャラクター、状況、環境とか、
全部の要素が重なってる。
小田島 東大で教えていたとき、
入学試験の立ち番を生物系の先生と
一緒にやったことがありまして。
退屈なんで、机の間をぐるぐる回りながら、
すれ違うときにちょっとしゃべったりしてたら、
なぜだかガンの話になってね。
ガンは、ガン細胞が正常な細胞を食うから
人は死ぬんだというようなことから、
「じゃあ、最初から全部、
 ガン細胞でできてる人間はどうなんでしょう」
って僕が聞いたら、その生物の先生、
「そういうの、ガンマンっていうんでしょうね」。
笑いたいけど、
受験生が真面目に試験受けてるから笑えない。
これは苦しかった。
松澤 よけいおかしいんですね、そういうときって。
糸井 そうか、場所というのもありますね。
オナラに近い。
笑えない場所――試験場、病院、葬儀場とか。
葬式で
面白い名前の人がいたりした日にゃ…。(笑)

第4回 永遠に不滅?

2002-05-15-WED

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