怪・その42

「風の強い夜に」



私の住んでいたところは広めの盆地で、
四方を高い山に囲まれていて、
田んぼや畑の多い場所でした。

夏の終わりくらいの、少し風が強い日のことです。

夜、お手洗いに起きて、洗面所で手を洗っていました。
窓の外は真っ暗で何も見えませんが、
庭のキウイの葉っぱが
がさがさと風に揺れる音がしていました。

風が強いなぁと、
寝起きでしばらくぼんやりしながら
葉っぱの揺れる音を聞いていると、
遠くの方から何か違う音が聞こえてきました。

がさがさという音に混じって、

ターン‥‥ ターン‥‥

という、地面を蹴って走るような音が、
ほんの微かに聞こえるのです。

なんだろう、気のせいかな、と思ったのですが、
その音が少しづつ
大きくなっていることに気付きました。
明らかにこちらに近づいて来ています。

それは、ターン、ターン、と
大股で走っているようでした。

音の感覚が妙に長く、
歩幅が異様に大きいというか、
巨大な感じがしました。
でも重みは全くなくて、
軽やかに走っていて、
不思議と怖い気持ちにはなりませんでした。

なので、
多分こっちに来るんだろうなぁ‥‥
なんかうちの庭にも着地しそうだなぁ‥‥
と呑気にぼんやりしていたのですが、
ここであることに気がつきました。

庭には、キウイの木の棚があるのです。

棚は、枝を這わせる網状の屋根のようなものです。
家のキウイ棚は鉄製で、
庭の大部分を覆う大きさなのです。

それに気づいたときには、
すでに音はさっきより大きくなっていました。

そして、少し遠くで、踏み切るような音がしました。

多分、目の前に来る。

風が少し止んで、
何かが目の前の庭に着地しました。

すりガラスの向こうは真っ暗で何も見えないけれど、
鉄の網をすり抜けたように、何かが地面にいる気配。

一瞬なのに、
時間が止まったようにすごく長く感じました。

「タッ」

と小さな音がして、ざぁっと強い風が吹きました。

何かがふわっと浮き上がったような、
次の着地点に向かって大きく飛び上がったような。

寝ボケてるのかな‥‥と思った時、
お隣の犬がすごい勢いで吠えだしました。

ターン、ターンという音はだんだん遠ざかっていき、
風はまた少し強いくらいに戻り、
庭のキウイの葉っぱをがさがさ揺らしています。
お隣の犬は、
音が遠ざかるまでしばらく吠え続けていました。

私もしばらくポカーンとしていましたが、
最後まで怖いという感じはしなくて、
「なんだったんだろ?」くらいの感想で、
いつものように部屋に戻って寝てしまい、
誰かに話したりもしませんでした。

なんとなく、
あれは山から来たんじゃないかなと思いました。
人に話さなかったのも、
たぶん、悪いものじゃないと
子供心に思ったからかもしれません。

キウイは後日確認しましたが、
木も葉も棚も問題なく、足あと的なのも特になく、
家族も変わりなく、妙な話題もなく、
お隣のワンちゃんも元気でした。

風の強い夜はこの日のことを時々思い出します。

(s)

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2023-09-01-FRI