怪・その9

「黒いモヤモヤ」



数年前の出来事です。

当時、付き合っていた彼と
同棲して2年ほど経った頃、
闘病中だった彼のお母様が
病院で亡くなったとの連絡がありました。

彼はお葬式のために帰省し、
帰ってきたのは
訃報から1週間半ほど経った
土曜日の夜中でした。

まずはお疲れさま、と
二人で晩酌をしつつお葬式の話を聞き、
少しすると彼は
疲れたと言って寝室へ下がって行きました。

寝付けなかった私は
しばらくしてからベッドに入り
その後もSNSを見たりして
彼の横でゴロゴロとしていました。

そんな時でした。

何やら玄関から不穏な気配がして
漠然と「誰か来る」と感じました。

ちょうど私が横になっている位置から
玄関とリビングを仕切るドアが見えるので
そのドアを注視していたところ、

煙のような、霧のような
黒いモヤモヤしたものが
ドアの下の隙間からすーっと入ってくるのが
見えました。

その黒いモヤモヤは次第に大きくなって
人がうずくまったくらいの塊になり、
ゆっくりと動き出しました。

右に左にユラユラしながら、
床を這うようにこちらに向かってきます。

「◯◯くんのおかあさんなら、
この人は元気なので
どうか成仏してください〜!」

「お経ってどんなだっけ?!
南無阿弥陀〜!」

などと半ばパニックになりながらも
思いつく限りのことを
心の中で叫んでいましたが
ついに黒いモヤモヤが
ベッドのすぐ横まで来てしまい‥‥

よじ登って私に覆い被さろうとしたその時、

彼が「トイレー」と言って
ムクっと起き上がったと同時に
黒いモヤモヤは消えました。

息子に会いに来たにしては
なんだか凶々しい塊だったので
彼には「お母さんが来たよ」とは言えず、
私はそのまま黙りこみ、
その話をしませんでした。

今思えば、
あの黒いモヤモヤは
本当に彼のお母様だったのか?
もしかしたら、
葬儀場から別な何かを
連れ帰ってしまったのかもしれません。

その後、別れてしまった彼には
もうあの時のことを伝える手段はありません。

(b)

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2023-08-06-SUN