怪・その1

「やさしいひとも」



20年くらい前の出来事です。

当時、私は夫と交際中で、
一人暮らしの彼のアパートに居候していました。

ある日のこと、体調を崩して仕事を休み、
彼のベッドに横になっていました。

部屋に夕陽が差し込む頃、
部屋の玄関で物音がしたので、
彼が帰ってきたのだとわかりましたが、
私は目を閉じたままでいました。

彼は私のそばまでやってきて、
眠っている(フリをしている)私の額に手を当て、
「こういうときは蜂蜜があるといいんだけど…」
とつぶやきながら台所まで行き、
棚や冷蔵庫を探したあと、
また私のそばに戻ってきました。
そして、立ったまま、
心配そうに小さく溜息をつきました。

‥‥と、その時、私は気付きました。

彼の仕事は結構な激務で、
毎晩終電近くに帰宅します。
こんな夕暮れ時に帰ってくるはずがないのです。

え‥‥? と思って目を開けた途端、
人の気配は消えてなくなりました。
夢ではなかったはずですが、
不思議と怖くありませんでした。

後日、霊感が強い友人が遊びに来て言うには、
この部屋の玄関付近は昔から
「通り道」になっており、
常に大勢の「ひと」が往来しているそうです。
きっとその中の一人が、
ベッドに横たわる私を心配して
立ち寄ってくれたのだろう、と。

そのひとの、
乾いて温かい手のひらの感触や、
やさしい気配が思い出されます。

(ジジ)

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2023-08-01-TUE