怪・その57

「その通りだから」



怪談というよりは、不思議な体験です。

10年近く前のこと。

私の職場と同じフロアの会社の
Aさん(50代の男性)が
車を運転中に事故に遭いました。

片側2車線の道路を走行中、
車線変更をしたところ、
後ろから大型バイクが
Aさんの車に突っ込んできたのです。

Aさんは無事でしたが、
大型バイクの男性は亡くなってしまいました。

Aさんは数日間勾留されましたが、
その後釈放されて
出社できるようになりました。

彼は、
ちょっと気難しいところもありましたが、
誰とでも明るく世間話をするような
おじさんでした。

が、事故後はその様子が一変。
急に白髪が増え、見るからにやつれて、
気の毒になる程
いつも暗く思い悩んでいるような様子でした。

そんなある日、
私の夢に見知らぬ男性が現れました。

背は高くはありませんが、
体格のがっしりした30代ぐらいの若い人です。

その男性は
「あなたにお願いしたいことがあって‥‥。
あなたに言えばきっと伝えてくれると思って」
と私に言いました。

そして

「あの人はひどく思い悩んでいるけど、
そんなに気に病まないでほしいと
伝えてほしいんです」

と続けました。

「私も悪かったんです。
買ったばかりのバイクで
調子に乗ってスピードを出し過ぎて。
気が付いたらあんなことになっていて。

はじめ、自分で何が起こったか分からなくて、
起き上がろうとしたら
そのまま意識が無くなってしまいました。

でも、痛くも苦しくもなかった」

と言うのです。

「だからそんなに、
これ以上苦しまないでほしいと、
あの人に伝えてください」

と。

私が

「わかりました。Aさんに伝えますね」

と言うと、
彼はすうっといなくなりました。

数日後、廊下でAさんに会ったので、
私は思い切って声を掛けました。

「信じてもらえるかどうかわかりませんが」
と前置きしたうえで、
夢で見たこと、
男性から預かった言葉を
Aさんに伝えました。

私の話を聞いたAさんは
とても驚いた表情で

「信じます。
全くその通りだから」

と言いました。

大型バイクが衝突して来て、
次の瞬間には
乗っていた男性が道路に倒れていて、
慌てて車を降りて駆け寄ったら、

バイクの男性が
起き上がろうと上半身を起こしたけれど、
そのまま地面に崩れるように倒れたこと、

警察の調べで
バイクが大幅に速度超過していたこと、
男性は初めての子どもが生まれたばかりの
若いお父さんだったこと、

そして、ほぼ即死の状態だったこと。

すべて符合すると言うのです。

「痛くも苦しくもなかったんですね。
それを聞いて少し気が楽になりました。
話してくれてありがとう」

とAさんは私に言いました。

その後Aさんは退職し、
会うこともなくなったので
今どうしているかはわかりません。

亡くなった男性のご家族も、
どうか幸せに暮らしていてほしいと
願ってやみません。

(ひかり)

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2021-09-12-SUN