怪・その48

「湯呑みを洗う人」

中学でバスケット部だった私は
同じ市内にある、
別の中学校に練習試合に来ていました。

その学校は、生徒用玄関を入ると
正面に水飲み場、右手に体育館があり、
左は教室とトイレ、2階への階段がありました。

試合前にトイレに行きました。
休日で誰もいない電気の消えた校舎は
昼間でも薄暗く不気味で、ちょっと急いで戻ってきました。

戻る途中、水を飲もうと
玄関を背に8個ほど蛇口の並ぶ水飲み場の
右端あたりの蛇口に近づき、かがんだ時でした。

私の左側、蛇口2個ほど空けて、
人がいることに気が付きました。

黒のトップスに黒のパンツ、
ビーズかレースの様な飾りが付いた
黒い布のバッグ。

何となく、略喪服のような、
法事に行くような服装だなと思いました。

細かいパーマの真っ黒な髪の中年の女性は
湯呑みを洗いながら、
こちらに鋭い視線を向けていました。

観覧に来た方にお茶をお出ししていたので、
その湯呑みだと思いました。

『対戦相手のお母さんかな?
でも何も睨むことないじゃない!』

とちょっとムッとした私は、
失礼にも、キッと睨み返しました。

そして視線を戻し、
ほんのひと口、水を飲みました。
その間、2、3秒。

横を見ると、そこに居たはずの女性は
忽然と姿を消していました。

蛇口からは、水がジャージャーと出たまま。

あれ? と思いましたが、睨まれた件もあり、
『水も止めて行かないの!?』
とぷりぷりしながら、蛇口を閉めました。

振り返って玄関を見ても、誰もいません。
左右を見てもひと気はなく、
歩く音も、気配すらありません。
階段や先程トイレに行くために通った
教室が並ぶ廊下も見ましたが
しんと静まり返っていました。

不思議に思いながら、
体育館の出入口でお茶出しをしていた後輩に

「今誰か来た?」と聞くと
「誰も来てないですよ〜」と。

試合も終わり、
何となくさっきの女性の事を思い出していて、
気が付きました。

私は左のトイレ側から来て
水飲み場に沿って歩いてきました。
水飲み場の台スレスレを通って右端へ。

もし、私の左側、
今自分が通ってきたところに人が居たなら
必ず気付くはず。
ぶつかってしまいます。
後から来ても、音くらいするはずです。

その人はすでにそこに居て、
湯呑みを洗っている最中、
という感じでした。

まるで私がその人に気付かず、
通り抜けてしまったかの様でした。

女性は何だったのか?
睨みかえしちゃったし、
また会ってしまったらどうしようと、
ビクビク過ごしていたのを覚えています。

幸い、その人に会ったのはそれっきりでした。
何だったのか、今でも不思議です。

(H)

こわいね!
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