怪・その4

「人間の真似をしている」

梅雨の終わり頃、昼前に、
すぐ近くの薬局から自宅マンションへ、
ベビーカーを押しながら帰ってきたときのことです。

空気がどんより重く湿っていて、
雨も降っていて視界も良くはなかったのですが、
道の向こう側から
一人の女性が歩いてくるのが見えました。

『少し太った中年女性、足が不自由そう』と、
瞬時に認識したのを覚えています。

細い歩道なので、
こちらが急いでマンションに入らなくては
すれ違えない、と考えていたのですが、

ふと、女性の姿に、
違和感を覚えて
まじまじと見つめてしまいました。

黒いマスクをしている、と
最初思ったのですが、
そうではなくて、
穴が空いたように、
顔がなかったんです。

帽子からパーマのかかった毛も見えていて、
上はグレーのウィンドブレーカー、
下は花柄のズボンと、
いたって普通の中年女性の服装。

でも、顔だけが「ない」
もしくは「見えない」んです。

あとは、歩き方です。
どう見ても腰から下が、
ぶらぶらというかくねくねというか、
横に揺れているんです。

「歩いているように見える」だけで、
歩いているわけではない。


「人間ではないかもしれない」
とぼんやり思いました。

なぜか
「人間の真似をしているだけだ」
と思いました。

ふしぎと怖いとは思いませんでした。

そのとき、ベビーカーの中から
赤ちゃんが声をあげたので
「ごめんね、もうすぐおうちだよ」
と声をかけました。

ベビーカーから顔を上げると、
10mくらい離れていたはずの「それ」が

瞬時に、5mほど前に移動していました。

「あ、まずい」と思いました。

ベビーカーを全速力で押して左折し、
マンションの敷地内に入りました。

エントランスまでのアプローチは
小さな公園のようになっており、
敷地はぐるりと塀で囲まれ
歩道側には大きな門が立っています。

その門をくぐり終えたとき、
わたしのすぐ背中に

「それ」が立っているような気がして
振り返ることができませんでした。

門をくぐってからは何事もなく、
無事に家に帰れたのですが、
あれは一体なんだったのでしょうか?
(d)

こわいね!
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2020-08-04-TUE