動機がなくても生きていい。『伴走者』出版記念トークイベント 動機がなくても生きていい。『伴走者』出版記念トークイベント
ほぼ日ともかかわりの深い浅生鴨さんが
『伴走者』という小説を書きました。
読んだ糸井は、そのおもしろさに驚き、
「あらゆる社会的な関係を描いた寓話だとも言える」
とツイートして、周囲にすすめています。
これは、3月8日に行われた
浅生鴨さんと糸井による
出版記念トークイベントの模様です。
すでに読まれた方にとっても、
こんな見方もあったのか、とあらためて
再読したくなるような内容になりました。
ふだんから付き合いのある二人だからできる
おもしろトークもたっぷりと。
『伴走者』書影

浅生鴨(あそう かも)

1971年、兵庫県生まれ。作家、広告プランナー。
NHK職員時代に開設した広報局ツイッター
「@NHK_PR」が人気を呼び、
「中の人1号」として話題になる。
2014年にNHKを退職し、
現在は執筆活動を中心に広告や
テレビ番組の企画・制作・演出などを手がけている。
著書に『中の人などいない』『アグニオン』
『猫たちの色メガネ』、
最新作には障害者スポーツをモチーフにした
『伴走者』がある。

※伴走者‥‥
視覚障害のある選手の目の代わりになり
一緒に競技に取り組む人のこと。
区切り線
第4回:動機がなくても生きていい。
会場写真
糸井
小説の後編は「冬・スキー編」ですが、
あのアルペンスキー競技も、
パラリンピックで中継されたら見たいです。
見えない人とペアで滑るのって、
「どうやってるのかな」という、
単純なスポーツ好きの人としての興味もあるし。
浅生
いちばん原始的なのは、
伴走者が腰にスピーカーを着けて滑る、
というやりかたですね。
糸井
ああ、そうだ、そうだ。
書いてあった。
浅生
伴走者が選手の少し前を滑って、
「はい、右」と言ったら、
腰のスピーカーから「はい、右」と聞こえて、
選手はそれを聞いて右に曲がるという。
糸井
すごくないですか。
浅生
はい。時速100キロぐらいでやるので。
糸井
時速100キロ!
バイクで走ったことある人だったら、
そのすごさがわかりますよね。
車だと案外スピード感ないんだけど、
バイクだと100キロって、かなり怖いですよ。
その速さで滑り降りてきて、しかも目が見えない。
で、声の指示を受けて曲がる‥‥。
すごいなあ。
浅生
すごいですよね。
糸井
そのなかで、主人公たちのあいだに、
「ちょっと好きかも」という気持ちもめばえてね。
あれは「好きだ」と決めてなくて、
「‥‥かも」なんですよね。
浅生
そうですね。「‥‥かも」ですね。
そうかも。
糸井
まあ、そこはよくある話なんですけども。
浅生
スキーと言えば恋愛ですから(笑)。
でもそれも最初から決めて書いてないんです。
頭の中に浮かんでいるものを、
ずうっと書き留めていったら‥‥。
糸井
勝手に滑りはじめたんだ、恋の方に。
浅生
「なに? お前ら、付き合う気?」
「作者に黙って、どういうこと?」みたいな。
糸井
「まさか、俺の知らないところで
会ってないだろうな」
会場写真
会場
(笑)
浅生
まさにそういう感じで、
「夏・マラソン編」のほうもラストがどうなるかは、
最後の一行を書くまで、
ぼくも知らなかったんです。
自分でもわかってないから、
「どっち?」と思いながら書いていて、
最後の行を書き終えて、
「おおっ、そうなるんだ!」と。
自分でわからず、書いてました。
糸井
‥‥いや、あの、
「作者が考えてないほうへ
主人公がどんどん動き出すんですよ」
という言い方は、よくありますよ。
でも、
「最後の一行を書くまで、
ぼくも結果を知らない」って‥‥誰が書いたの。
浅生
ゴースト疑惑があって‥‥。
会場
(笑)
会場写真
糸井
(笑)まあいいです。
そうしておきましょう。
ここからは、ぼくの3つ目の見方をお伝えします。
「動機のない主人公」というのは、
本来、物語にいてはいけないんですよ。
なのに、この小説には出てきます。
浅生
ああ、そうですね。
糸井
そもそも、「勝ちたい」と思うから
物語ができるわけで、
風が吹いてきたときには、
「この風が邪魔だな」と思うし、
もっとすごいやつがいたときに、
そいつをライバルだと思うから、
「倒そう」という動機が生まれる。
でも、この小説の主人公には動機がない。
とくに「冬・スキー編」はどちらも動機がない。
浅生
はい。主人公も、伴走する子も動機がないんです。
2人ともやりたくないのに、
やらざるを得ない状況になるという。
これ、わりと、ぼくの日々の暮らしに近いです。
会場
(笑)
糸井
それが「鴨さん」なんですよ。
「どんな夢があるの?」とか、
「最終的にどうなりたいんですか?」
そういうものがある人は、答えますよ。
でも、ない人は、
「作らなきゃならない」という
苦しさの中にいるんです。
でも、子どものときに
目的があって生きていた人なんか、
いないじゃないですか。
毎日、日が暮れるまで遊んでるだけでよかった。
浅生
そうですね。
糸井
でも、まあ目標みたいなものが
あったほうが喜べますけどね。
さっきの文化祭の話でいえば、
「文化祭のお客さんにこれを見せようぜ」というのは、
動機のない人でも、持ちやすい感情ですよね。
そういうもので、
ぼくらは生きていると思うんです。
でも、ほとんどの人が本当はそうなのに、
だいたいの物語に出てくる人は
「目標のないやつは置いていくぞ」
みたいになっているわけです。
それがないと、生きる価値がないみたいに。
会場写真
浅生
昔から、みんなに強いモチベーションがあるのが
不思議だったんです。
「敵を倒すぜ」とか「地球を支配するぜ」とか。
そんな面倒なことしなくてもいいのに。
糸井
そういう「主人公」の役割を担わないぼくらが
どう生きるのか、という話が、
この『伴走者』の最大のテーマだと、
ぼくは思っているんです。
いちばん目的を持っているのは、
「夏・マラソン編」のランナーですよ。
なぜかというと、かつてはサッカーの名選手で、
栄光が忘れられないし、
「今度はこれで勝ってみせる」というのがないと、
自分の存在意義が無くなっちゃうという
恐怖があるんですよね。
浅生
本当は無くならないと、
ぼくは思うんですけど、
彼はやっぱりそこに囚われているので。
糸井
で、お金も持っているから、伴走者を雇って。
浅生
すごい話ですよね、
金の力でメダルを取りにいくという。
糸井
でも、そのランナー以外の登場人物はみんな、
「私は別に今、楽しいから」
「私は他のことをしてるから」
という人ばっかりなんです。
つまり、ワトソン君のほうが
ホームズより普通なわけで、
ぼくらはワトソン君たちなの。
鴨さんもこの小説を出したことで、
自分の言い訳ができるというか、
すごくやりやすくなるよね。
浅生
うん、やりやすくなります。
自分がいかにやる気がないかということを、
いろんな人に言えるので(笑)。
仕事を断るときに、
「なぜぼくが断ったかは、
これを読めばわかります」って。
断るごとに一冊、売れるわけです。
会場
(笑)
糸井
こういうのを読むのを、
ぼくは待ってたんですよ。
「よーし、俺はやるぞ」みたいに力まなくても、
何か強い動機を持たなくても、
みんな生きていっていいんだ、ということが
しっかり書かれている。
これが、みんなにすすめたいと思った
いちばん大きな理由です。
会場写真
(つづきます)
2018-03-25-SUN
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『伴走者』浅生鴨 著

講談社

本体1,400円(税別)
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