特別WEB掲載東京工業大学柳瀬博一教授の
メディア論B
メディアメーカー、
岩田聡さんについて
参考テキスト:『岩田さん』

任天堂の元社長としてゲーム人口の拡大に努め、
2015年に亡くなったあとも世界中のファンから
リスペクトされている岩田聡さん。
岩田さんの母校である東京工業大学で、
柳瀬博一教授が岩田聡さんを紹介する
メディア論の授業をしているということで、
教室におじゃまさせていただきました。
参考書籍はもちろん『岩田さん』です。

第4回経営者としての岩田さん

面談はロジカルなアプローチ

岩田聡さんが稀有なのは、
優秀なプログラマーというだけに終わらず、
経営者になったことです。

大学卒業と同時に岩田さんが入った
HAL研究所という会社は、
さきほど言ったように
すぐれたプログラマーを集めた会社ですから、
業績もよく、順調だったんです。
会社は当初は東京にありましたが、
山梨県に移転するんですね。

で、バブル崩壊の前後、
よくあるパターンではあるんですけど、
別事業に投資して借金をするんです。
岩田さんは会社の中心人物ではあるんですが、
社員なので、その時点で辞めてもよかったんですね。
たぶん、岩田さんの能力と実績をもってすれば、
会社をやめたあと、プログラマーとして、
入りたいといえばどの会社でも採用したと思います。
日本にかぎらず、世界中の開発会社が
手を挙げたんじゃないですかね。

ところが、岩田さんは辞めなかったんですね。
それどころか、15億円の借金を抱えた
HAL研の社長になってしまう。
当時、なんと、33歳です。

社長になったとき、岩田さんはまずなにをしたか。
これも『岩田さん』の本のなかで
ご本人が詳しく語っていますけど、
ひたすら社員の話を聞くんですね。
約1ヵ月くらいかけて、
社員全員と1対1の面談をするんです。
これは「人情噺」みたいなことじゃなくて、
むしろとてもロジカルなアプローチでした。

岩田さんはこう言ってます。
経営というのは判断である。
右に行くのか左に行くのかを
ざっくり決めなくてはいけない。
当然、その判断は当てずっぽうじゃだめで、
たくさんの情報を集めて分析して、
なにをなにより優先させるか、
ということを決めなくてはいけない。
そのためには情報がいるわけですね。

じゃあ、その情報って、どこにあるのか。
それは、人です。そこで働いている人が
なにをどんなふうに考えているのか。
HAL研究所はソフトウェアを開発する会社です。
ソフトをつくる会社でいちばん重要なのは人なんですね。
人が資産だし、場合によっては負債だし、
会社を立て直すのも、伸ばすのも、人なんです。

会社の問題点や可能性を的確につかむために、
ひとりひとりと話すことがいちばんよかった。
それで、岩田さんは、社員全員と面談したわけです。
ひとりひとりがなにを考えているのか、
脳みそのなかを徹底的に調べたんですね。

じつはこのアプローチ、
社員に対してではないですけど、
外に向けてやっている会社って、いっぱいあるわけです。
Google、Amazon、Facebook、Apple。
どこも個人データを徹底的に集めますよね。
人々の行動や欲望を蓄積して、
それをビッグデータとして活用し、
優先順位の決定や判断に役立てる。
岩田さんがやってたことも、
本質的にはこれと一緒なわけです。

だから、社員ひとりひとりの話をきっちり聞くというのは、
人情に訴えるような話ではなくて、
まさに会社のなかのビッグデータを集めているわけです。
会社にはどんな人間がいて、
その人たちがどういうキャパシティを持っていて、
どういう問題を抱えてるのか。
それをぜんぶ知り尽くしたら、
優先順位をつけて判断ができる。
すなわち、経営ができる。
岩田さんは、それをやっていたわけです。

その意味で、岩田さんの経営は、
めちゃくちゃ理系的な思考に基づいているともいえます。
また、「プログラマーの思考は経営に向いてる」と
岩田さんははっきり言ってます。
だからといって、パソコンに向かうわけじゃないんです。
岩田さんは、人と徹底的に話す。
たくさんの人と話して、
たくさんのデータがあればあるほど、
より精緻な分析ができるわけです。
これ、AIとビッグデータの話とまったく一緒なんですよ。

経営とプログラム

岩田さんはHAL研究所を再建したあと、
2000年に任天堂へと移ります。
そして、そのわずか2年後、
当時社長だった山内溥さんに指名されて、
任天堂の社長に就任します。

岩田さんは任天堂でもやはり社員と話します。
彼はもともとはプログラマーですから、
経営者になったときも、
徹底的に現場の声を聞くんですね。

彼は自分自身が優秀なプログラマーでしたから、
そういう人が何を考えているのか、
たとえば、その人のわがままなところまで
手に取るようにわかるわけです。

そういった情報は、チーム編成や、
開発のコンセプトづくりにとても役立ちました。
また、そういったチームのメンバーへの対話は、
「社長が訊く」というコンテンツになって、
いまも任天堂のサイトに残っています。

プログラマー的経営思考ということでいうと、
もうひとつ重要なことがあります。
岩田さんは会社のなかでなにか問題が起きたとき、
「ボトルネックがどこにあるか?」
ということに注目しました。
この視点も、経営とプログラムに共通する、
とても興味深いポイントだと思います。

これも『岩田さん』の本のなかで
述べられていることですが、
プログラムの世界では何かの処理が遅いとき、
「全体のなかの1%の部分が、
全体の処理時間の七割から八割を消費している」
ということがしばしばあるそうです。

だから、そのボトルネックになっている部分を
見つけて直さないと問題は決して解決しないのに、
人は手を動かしていたほうが安心するので、
ボトルネックをさがさずに、
目の前のことに手をつけてしまう、と。
これ、プログラムの話ですけど、
まさに経営でも同じ問題が起こるんですね。

たとえば、ものすごくいい製品ができたのに、
問屋さんとのやりとりがうまくいってない会社は、
最終的にその商品をうまく世に送り出せないことになる。
そのとき、商品をいくら改善してもだめですよね。
解決したいなら、問屋さんを変えるとか、
あるいは直販のビジネスモデルをつくるとか。

そういう意味で経営とプログラムはとても似ていて、
プログラマー時代の経験が経営に役立っていると
岩田さんは言ってます。

プログラムは、当然、理詰めです。
そして、経営も多くの部分は理詰めです。
プログラムも会社経営も、
うまく動かないときは、
プログラマーと経営者が間違ってるんです。
その間違いは、理詰めで考えていかないといけない。

だから、みなさんのように理系の人は、
経営者に向いているとぼくは思います。
なにか問題が起こったとき、プログラムの思考、
あるいは化学や生物学で還元して考える人は、
とても経営に向いているんじゃないでしょうか。

これまでの岩田さんを知ってる人たち。