21世紀の「仕事!」論。

21 パティシエ

第2回 やりたいことしか、やりたくない。

──
エルメさんは、パリの有名なパティシエ、
ガストン・ルノートル氏に弟子入りして
パティシエの基礎を学ばれたそうですね。
エルメ
ええ、14歳のときに。
──
エルメさんは、あるインタビューで、
ルノートルさんが
それまでの「ケーキ屋さん」を近代化したと
おっしゃっていましたが
エルメさんご自身は
「お菓子の世界のピカソ」と呼ばれています。
エルメ
それが正しいかどうかは、ともかく。
──
ピカソというのはつまり、
革新的、革命的という意味だと思うんですが、
そのことについては、どう思われていますか。
エルメ
わたしは、革命を起こそうなんて気は
まったく持っていません。

たまたま、私にやりたいことがあって、
そのことが、
たまたま、今までのやりかたと
ちょっと違っていただけだと思います。
──
そう思われますか。
エルメ
あくまでもわたしは、
自分の足で、自分の道を歩みたいだけ。

革命どころか、わたしは
若いころにルノートルで学んだことを
今でも、大切にしています。
なぜなら、それは「基礎」だからです。
──
革命よりも基礎が大切。
エルメ
はい。
──
まわりから「革新的」と言われたとしても
それは「結果」でしかない、と?
エルメ
基礎から少しでも「進化」するために
いろいろ提案したり
挑戦してきたんだと思います。
──
今、何年くらいパティシエの仕事を?
エルメ
わたしがシェフ・パティシエになったのは
1976年、22歳のころでした。

もちろん、当時は自分のブランドではなく、
別のブランドのために
クリエーションをしていたのですが。
──
えっと、フォションでしたっけ?
エルメ
いえ、1976年のときは
ルノートルのシェフ・パティシエです。

1986年にフォションに移り、
1996年に
ピエール・エルメ・パリを設立しました。
──
では、今年で‥‥39年目ですか。
エルメ
ええ。来年、40年になりますね。
──
ルノートルでも、フォションでも
シェフ・パティシエとして
さまざまなクリエーションに関わっていたと
思うのですが
なぜ、ご自分のブランドをつくったのですか?
エルメ
とにかく、やりたいことしかやりたくなくて。
──
ひとつの理想型ですよね。仕事の仕方として。
エルメ
そうですね、理想です。

もちろん、ルノートルやフォションの時代が
ネガティブな意味にとられると
それは、まったく違うんですけれども。
──
大事なことを、たくさん学んだんですものね。
エルメ
たとえば、100年以上の歴史を持っている
フォションというメゾンには
数えきれないほどのお菓子のレシピがあり、
伝統的な定番商品がありました。

そのようなメゾンの
シェフ・パティシエに就任するということは
定番のクオリティを保ちながら、
定番をさらに改善しながら、
新しいレシピを開発するということなんです。
──
ええ。
エルメ
その際、100年以上の歴史に培われた
メゾンのエスプリも、守らなければならない。

つまり、新しいクリエーションに携わりつつ、
そこには、ある程度の制限があるんです。
──
やりたい放題にはできませんよね。
エルメ
たとえばフォションでは、
ケーキを、白い紙のレースに載せていました。

わたしは、
あのような「紙のレース」は大っ嫌いで(笑)、
やめたかったんですけど
フォションの伝統的なあしらいだったので、
やめることはできませんでした。
──
なぜ、紙のレースが嫌なんですか?
エルメ
それが、他ならぬ「紙だから」ですよ。

本物のレースは好きです。美しいから。
でも、紙のレースは偽物ですよね。
──
なるほど、明解です。
エルメ
ですからピエール・エルメ・パリでは
当初から、紙のレースは使っていません。
──
では、新しいお菓子のアイディアを練るとき、
頭のなかでは
どういうことを想像してるんでしょうか。
エルメ
風味の「アーキテクチャー」を考えています。
──
つまり「建築物」のようなイメージ?
エルメ
ひとつのケーキをつくるにあたっては
口にした人が
このような順番で「風味」を感じ、
この段階では
こんな食感を感じてほしい‥‥という
ある種の「シナリオ」を描くんです。

で、そのシナリオを
お菓子の製造工程つまり「レシピ」に
変換しているんです。
──
聞くだに構築的で緻密な作業ですね。
アーキテクチャーたるゆえん、というか。
エルメ
そのおかげで
わたしのケーキを食べている人が
今どんな味を感じていて
次にどんな食感を感じるかということは
だいたい、想像がつきます。
──
その「アーキテクチャー」という言葉で
思い出したんですけど、
エルメさんは、お菓子の構想を練るとき、
かなり詳細な
「出来上がりの絵」を描くんですよね?
エルメ
どうしてそうするかというと、
スタッフに対する、説明のためなんです。

たとえば、それぞれの層の厚みは
どれくらい必要なのか、
パティシエが視覚的に確かめられるよう
絵に描いているんです。
──
そういう意味でも「建築」っぽいですね。
エルメ
よく、取材のときに
試作品をたくさんつくっているんですかと
聞かれるんですが、
わたしの場合、まず、自分の頭のなかに
きちんとした構想があり、
そうである理由もあり、シナリオがある。

この層が
この厚みでなければならないのはなぜか、
それは、このタイミングで
こういう味が出てほしいからだ‥‥
というように、頭のなかで
完全に「構築」するつくりかたなんです。
──
それは、若いころから、そのように?
エルメ
そうですね。

1984年以降に描いたレシピの絵は
すべて保管しています。
──
すべて? 何百枚‥‥何千枚?
エルメ
ちょっと、わからないです(笑)。
──
すごい財産ですね、それ。
エルメ
パリにあるわたしのデスクの後ろの棚に
どっさり保管してあるんですが
それらが
そこにあるだけで、安心するんです。
──
本日、エルメさんは何度か
「やりたいことしか、やりたくない」と
おっしゃっていますが、
それって、
ある意味では乱暴にも聞こえますけど
エルメさんの仕事にとっては
やっぱり、すごく重要なことなんですね。
エルメ
そうですね、とても。

まあ、もう少し言葉を足すというか、
わたしから
若い人に言えることがあるとするならば、
「心から好きになれるものを
 ぜひ見つけてほしい」ということです。
──
なるほど。
エルメ
このことしかしたくないと思えるほど
好きなものを見つけることが
本当に、重要なことだと思っています。

何をするにしても。
<つづきます>
Photo:荒牧耕司

荒牧耕司(あらまきこうじ)
雑誌、ウェブなど幅広いメディアで活躍する
フォトグラファー。
まるで「人」であるかのように写す静物写真、
著名人やミュージシャンを撮った
静かで力強いポートレイトが、とても印象的。
また、荒牧さんに独特なのが
彩度の落ちた、浅い色調」に仕上げた写真。
オフィシャルサイトはこちら
お仕事のオファーは、こちら

2015-04-29-WED
  • 最初から読む