中村健治さんのプロフィールはこちら
── アニメ作品の監督というのは、
1/24秒というミクロの部分
作品全体というマクロの部分
同時に見ている、と。
中村 建前というか、理想はそうです。

でも、すべてをパーフェクトに把握することなど
絶対にできません。
── それも今日のお話で、よーくわかりました。

アニメ制作の現場は
ものすごい分業体制なわけですもんね。
中村 国境を超えることも、あるくらいの。
── ‥‥というと?
中村 ウォルト・ディズニー・カンパニー
ワーナーから
彩色とか作画の一部を
日本のアニメ制作会社が受注したりとか。
── あ、そういうことですか。
中村 逆に、日本のアニメ制作会社が
アジア諸国に、仕事を出したり。
── つまり、部品、というか
労働集約的な部分は、国外に外注できるんですね。

大きな建築物のパーツを
海外メーカーから調達するかのように。
中村 まぁ、ちょっと話がそれましたけど、
ようするに、
監督が、すべてを把握するのは無理なんです。
── ええ。
中村 なので、ぼくの場合は
「だいたいオッケー、これはノー」
くらいな指示を出してます。

頭とお尻を見ている感じですかね。
── つまり、方向性着地点を確認したら、
その「間」は
各スタッフの専門性に、ある程度任せると。
中村 いっしょにやっていくクリエイターの
サポートがなかったら、
アニメ作品なんて、絶対完成できませんから。
── 巨大な建築物、なわけですものね。
中村 そう、そう。
── 先ほど、今は、わりといろんな分野から
監督になれるとおっしゃっていましたが‥‥。
中村 はい。
── 色を塗る人、背景だけを書く人‥‥みたいに、
かなり専門性の高い職種から
監督になった場合も、全体を把握できないと
ダメなわけです‥‥よね?
中村 そうですね。

ただ、わかんないとダメなんですけど、
ぼくは、わからずになっちゃいました。
── あ、そうでしたか。
中村 その場その場で、ひとつひとつ学びながら
やってきた、という感じです。
── フリーランスの集まりである
アニメーションの現場をまとめるときって
どんな点に苦労されていますか?

サラリーマンの集団をまとめるのと
ちょっと、ちがうような気がして。
中村 人間関係のことで言いますと、
みんな、
好きなことを仕事にしてしまってるぶん‥‥。
── ええ。
中村 やっぱり、クリエイティブに関しては
妥協できない人が多いですね。
── なるほど。
中村 ですから、相手の仕事に異議を唱えるときは
よっぽど慎重にいかないと、
相手の人格そのものの否定になってしまう
傾向があって。
── わー‥‥。
中村 なにしろ、その人の「センス」や「趣味」に
仕事の成果が直結しちゃってるので。
── なるほど、なるほど。
中村 自分が「最高だ」と思って出したものに対して
「カッコ悪いよ」って言われたら、
「お前、ケンカ売ってんのか」みたいな。
── そんな、ドラマのような展開が。
中村 あるんですよ。

やっぱり、腕一本でやってるプロの世界なんで、
みんな遠慮せず、
けっこう‥‥めちゃくちゃ言ったりするんです。
── ははー‥‥。
中村 ですから、
建設的に話し合える信頼関係
チーム内に構築することを、
大切にしてます。
── 監督として。
中村 そして、個々のレベルで言えば
めちゃくちゃ言われてもヘコまず、
なおかつ
相手の話を冷静に聞けるスキル
すごく重要になってきます。
── なるほど‥‥。
中村 それと、アニメの世界に限らないかも
知れませんが、
やはり「頼みがいのある人」のところに
仕事が集まる、という傾向はありますね。
── 頼みがい、というのは?
中村 率直に言ってしまえば「できる人」です。

シビアな言いかたになってしまいますが
「できない人」には
しょうがないとき以外は
仕事が回ってこない
んですよ、単純に。
── 自動的に仕事が与えられるわけじゃない、
というのは、
やっぱりサラリーマンとはちがいますね。

きびしい世界‥‥。
中村 ただ、監督の個性にもよると思うんですが
関わる人すべての意見がプラスされて
作品のかたちが決まっていく‥‥みたいなことが
ぼくは、あると思ってるんです。
── ええ、ええ。
中村 この人たちと作ったから、こういうものができた。
── たとえば、ひとつの作品がであがったら
「中村健治監督作品」
みたいなカンムリがつくじゃないですか。
中村 はい。
── あれって、監督やプロデューサーなど
特定の個人の才能が際立って見えますけれど
実際は、そうでないこともあるぞ、と。
中村 もちろん、ひとつの突出した才能によって
全てがコントロールされることもあります。

でも、そういう才能って
日本でも、
せいぜい1個か2個くらい存在してなくて、
ほとんどの場合は、そうじゃない。
── なるほど。
中村 ぼくの場合は、やはり自分ひとりでは
一から十まで考え出すことはできないので、
アイディアを出しやすい空気というか、
「誰が何を言っても大丈夫」
という雰囲気は、作るようにしています。
── ええ、ええ。
中村 新人だろうがベテランだろうが関係なく、
いいアイディアが採用される、
おもしろいものが採用される
という
暗黙の了解‥‥というか。
── 発言しやすいというのは重要ですよね。
とくに、若い人にとっては。
中村 そうそう、そう思うんですよ。

ただ、若い人には
「この世界はバトル・ロワイヤルなんだから、
 まずは、思ったことを
 何でも言ってみなきゃダメだ」って
いつも言ってるんですけれど‥‥なかなか。
── そうですか。
中村 ただ、それでも「待つ価値はあるな」って
最近では、思うようになりました。
── それは?
中村 待っていると、すごくおもしろいことを
言ってくれることがあるんです。

だから、待つ価値はあるんですよ。
── その言葉には、勇気づけられますね。
中村 監督だけで作ってるように見えたとしても、
それはメディアに登場するのが
監督やプロデューサーという人たちだから
というだけですから。

本当は、その周辺に
クリエイティブな人たちが、たくさんいて。
── ええ。
中村 その人たちが、個々にクリエイティビティと
プロフェッショナリズムを発揮して、
しかも、まわりとうまく手をつなげたパートは
うまくいくし、
そうじゃないパートは、うまくいかない。
── ははぁ。
中村 だから、ひとつの作品のなかでも
うまくいってる筋と
うまくいってない筋が
綾のように入り交じっているんです。
── なるほど‥‥ひとつ、
まえまえから気になっていたことを
おうかがいしたいのですが。
中村 どうぞ。
── 『サザエさん』って
30分の中に、何話かあるじゃないですか。
中村 ええ。
── その各話のトビラに
演出家のかたのお名前が出てきますけど、
あれ、演出家によって
話がどれだけちがってくるものなのか、
ずっと疑問だったんです。
中村 一般的に言えば、けっこうちがってきます。
── それは、たとえばどんな点が?
中村 たとえば、学生のAさんが、
学校から家へ帰るシーンを演出するとします。
── はい。‥‥授業みたいでワクワクします(笑)。
中村 シナリオには
「学生A、家へ帰り自分の部屋に入る」
としか、書いてないわけです。
── そうなんですか。そんなザックリとした。
中村 でも、演出家のBさんは
前後のシークエンスと照らし合わせて、
日常描写が必要だと考え、
教室を出て、下駄箱で靴を履き替え、
友人と別れ、
夕日に染まる土手を歩き、
家の玄関で「ただいま」まで言わせて
から
やっと、学生Aを部屋に入らせます。
── へー‥‥。
中村 でも、別の演出家Cさんは、
ここはテンポよく「飛ばしてく」場面と判断して
教室を出る描写が終わったあとに
カバンをおろしたのが
学生Aの部屋の机の上や床
だったり‥‥とか。
── だいぶちがいますね、それ。
中村 どこが重要で、どんなシチュエーションで
何を押して表現するかは、
演出家によって
いろんな答えの出しかただあるんですよね。
── ははー‥‥。
中村 ただ、『サザエさん』くらい歴史があって
長く続いている作品の場合、
すでに「サザエさんスタイル」というべきものが
確立されていると思うので、
ほとんど、ちがわないかもしれませんね。
── なるほど。
中村 ‥‥『サザエさん』はおもしろいですよ。
── あ、お好きですか。
中村 見てますね。
── おもしろいというのは、
どこが、どんなふうに?
中村 つくり手としての視線で見てみると
いろいろ参考になったりして。
── たとえば‥‥。
中村 居間のレイアウトとかね。
── サザエさん家の居間って、
たしか、長方形のコタツが中央にあって、
向かって左側にテレビ、
向かって右側に茶だんすか何かが‥‥。
中村 いや、あの、そういうことじゃなくって、
明らかに傾いてるんです、あの居間。
── 傾いてる?
中村 つまり、居間の奥から手前にかけて、
なんというか、
床が下り坂になってるんですよ。
── え、そうなんですか?
中村 そんなの、誰も気にしてないと思うんですけど。
── ‥‥気にしたことないです。が、何のために?
中村 食卓をかこむ
磯野家全員の顔を見せるため
表現上の工夫なんでしょうけど。
── へぇー‥‥。
中村 天井から見下ろす感じにすると
居間としては、正しいかたちに描けるけれど
一家の脳天しか映らない。
── ええ。それでも、波平はわかりやすそう‥‥。
中村 あはははは、そうですね(笑)。

でも、だからといって「目線」を下げていくと
こんどは、
手前のカツオやワカメ
奥の波平が重なっちゃうんですよ、ふつうは。
── はー‥‥。
中村 だから、居間の床をナナメにしてるんです。
── たしかに、そう言われてみると
ちびまる子ちゃん家のテレビの部屋って
もっと目線が上からのような‥‥。
中村 そうでしょ。
── 父のヒロシが酔っ払って
コタツで寝ころがっている場面とか。
中村 あ、そうそう、ほとんど真上でしょう。
── そんなこと、考えたことなかったです。
中村 あれもひとつの表現のテクニックですから、
作品によっては
使えるかもなぁとか思って、見てますね。
── へー‥‥磯野家の居間のテク。
中村 ですから、この業界に入ってからは
ストーリーそのものより
「あ、おもしろいことやってるな」
とか、
「こういうことやってもいいんだ」
とか、
アニメを見る目が、そんなふうになっちゃてて。
── 職業的に見ちゃうんですね。
中村 「次、こういうカット来るよ。ほらね」
とかなんとか、言いながら‥‥。
── ええ、ええ。
中村 どちらかというと、作品の向こう側にある
作り手の頭の中を覗き見てる
みたいな感じです。
── 職業的、ということで言いますと、
単なる興味なので、申しわけないんですが、
アニメの世界の人の動体視力って‥‥。
中村 あ、いいと思います。普通の人よりは。
── やっぱり。
中村 長くやってると、
いま、動きの中でコマが落ちたな、とか
わかるようになりますから。
── へぇー‥‥すごい。
中村 アニメーションって
「1秒」の動きを「0.5秒」で表現
してるんです。
── つまり、現実の人間より
アニメのなかのキャラクターのほうが
動きが早いということ?
中村 そうなんです。

でも、アニメを見て「早動きだな」とは
思わないですよね?
── はい、思ったことないです。
中村 現実の世界で
「1秒」の動きを「0.5秒」で動くとすると
かなりの早動きだと思うのですが、
絵で描くと、
ちょうどいいスピードに感じるんです。
── 0.5秒以上かかると‥‥。
中村 遅く感じます。
── 不思議ですね!
中村 ただ、3Dアニメーションの場合は
実写と同じタイミングで動かさないと
せわしなく感じちゃう。
── それは立体だから‥‥なんでしょうか。
中村 そうだと思います。

さらに、ぼくらは今
3Dと二次元の絵が混在するような作品を
やってたりするんですけど、
その場合、どうやってバランスを取ろうか
調整しつつ、試行錯誤してたりして。
── ははー‥‥。

今後、中村さんは、
どんな作品を作っていきたいですか?
中村 やはり「おもしろい作品」だと思います。

どれだけ含蓄のある内容でも、
見ててつまんなかったら、ダメだと思うので。
── なるほど。
中村 もちろん、今回はバットを短く持って
確実に当てていかないと‥‥みたいな場面も、
あるとは思います。

でも、ひとつの作品のなかでも
打席はたくさんやってくる。

だから、三振するかもしれないけど、
いろんな「構え」を試していきたいですね。
── なるほど、なるほど。
中村 どんな試合でも、
ホームランを狙っていい打席って
かならずやってくるんです。

そこでは、
バットを短く持つ必要はないですからね。
── 思いっ切り振っていくぞと。
中村 たとえ、それで三振したとしても、
意味のある三振をしたいですね。

「あ、オレ、
 こういうボールが打てないのか」
ということがわかるだけでも、
意味があると思う。
── なるほど。
中村 ええ。
── 今日は、ありがとうございました。
中村 いえいえ、こちらこそ。
── ‥‥でも、どうして最後の最後、
とつぜん、こんなにも
野球のたとえになったんでしょうか(笑)。
中村 ‥‥さぁ(笑)。
── つぎは野球のアニメ‥‥とか?
中村 いえ、次のテーマは「おカネ」です。
<終わります>
2011-05-09-MON
次へ

もくじ
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前編 
「1年後」の公開を見据えて
「24分の1秒」を積み重ねてゆき
「2時間」の作品をつくりあげる仕事。
2011-05-06-FRI
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後編
磯野家の居間は傾いている。
2011-05-09-MON
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