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ほぼ日年表 ver. 3.1
ほぼ日の8年間を振り返って
おおざっぱな年表をつくってみた。

いっしょに振り返ったりしてみてください。

1998年度(1998.06〜1999.05)
6月

●6/6、創刊。darling50歳の夏でした。
 この日のトップページを再現してみました。
 ここをクリック!
 え? "Only is Not Lonely"がない?
 なかったんです、当時は。
 "It's getting better all the time"という言葉が
 しばらく使われていたんだよ。

←これが当時の目次ページ

●そして今のような形の「今日のダーリン」も、
  なかったんですよ。
 メニュー紹介の方法も、今みたいじゃなかった。
 今の形式になるのはこの年の10月末なんです。
 しかもその頃は
  「今日のほっかほかメニュー」という名前だった!
 というわけで、黎明期の「今日のダーリンの原形」を
 一気読みできるようにしました。ここをクリック!
 (10月くらいまでね。しかも、
  日付がとびとびです。残ってなかったんです‥‥)

●初日のアクセスって、いくつくらいだったんだろう。
 正式なデータが残っていないのですが
 当時のスタッフの記憶によると
 600から1000の間、らしいです。
 
●創刊記念日の夜、2日ほど徹夜だった
 当時のスタッフの様子が
 古いハードディスクに残ってました!
 特別公開さ。ここをクリック!
 (darlingの髪形に注目! ていうかすごく若い!)

←ほらね。

●創刊日から今まで続いている
  最長コンテンツのひとつが
 「ダーリンコラム」です。
 でも最初はそのタイトルじゃなかった。
 「糸井重里の脱線WEB革命」といいました。
 ほぼ日ができるまでのことが克明に書かれていますので
 興味のあるかたはぜひ読んでみてくださいね〜。  

「ぼーっとした女子高生通信」
 創刊とともにスタート。
 これも長老コンテンツだよー。すごいー。
 しかし女子高生だもんなあ。まいるよなあ。

渡辺真理さんの「マリーな部屋」も創刊日のコンテンツ。
 真理さんがこんなに食い気たっぷりの人だと
 知っているのは
 ほぼ日読者だけ、だと思う。

←当時流行っていた「クイニー・アマン」

●いまをときめく写真家の佐内正史さん連載開始!

●現在も鋭意更新、クマちゃんこと篠原勝之さんも連載開始!

カグチヒナコさんも連載開始!
 えーと、一応説明しておきますと
 女優であり、darlingの奥様でもいらっしゃる方です。
 あ、ご存知でしたよね。失礼しましたー。
 あ、darlingというのは糸井重里のことです。
 ご存知だとは思いましたが。

←お美しい。

●ちなみに創刊月の大イベントは
 サッカーのワールドカップ観戦中継でした。
 4年後のワールドカップほどの
 盛り上がりではなかったけれど。
 ほぼ日って、けっこう先取りしてたかもね!

●おさるのデザインは、darlingとアッキィが
 かなり長い時間をかけて練り、つくりあげたんだそうです。
 コンテンツの数だけおさるがいます。
 現在までの分を、全部見せちゃいましょう。
 ここをクリック!  アイコンギャラリーです!

←創刊当時のアッキィ。長髪だ。ていうか太!

7月 ●初めて「緞帳を変える」ということを、しました。
 緞帳って、知らない人いるかなあ。
 ほぼ日のトップページにある「おさるのアニメ」ですよ。
 ほぼ日のアートディレクター・アッキィが
 「夏だからさー、涼しくしようよー」と発案。
 浮輪バージョンができました。

 よし、歴代緞帳が見れるようにしようじゃないの!
 That's 緞帳コレクションだ!

みうらじゅんさん登場!
 雑誌の取材でやってきたところをつかまえて
 連載をおねがいしたのでした。
 現在休止中ですが、「バットくん」というマンガ。
 面白いよ〜!

●当時、まだ格闘家として現役だった
 前田日明さんのインタビュー連載!
8月

●そういえばこの頃の糸井事務所は
 東麻布というところにあって
 4階建ての一軒家を、まるごと借りていました。
 「鼠穴」(ねずあな)と呼んでました。
 お客様が鼠穴にいらっしゃることを
 「来鼠」(らいそ)と
 言ってたっけなあ。

●大瀧詠一さん(仙人)来鼠! darlingと対談。
 カセットテープ7本(いまだったらMD)に収録した
 その様子は
 もちろんコンテンツになりましたが、
 大瀧仙人のたっての希望により、23回まで更新したところで
 ページを「消滅」させることに。
 なので、残念ながら、もう、読むことはできないのでした。
←いまはアイコンのみがWEBに

●いまはあまりやってないですけど
 のちに僕(シェフ)もよく鍋をふるった
 「ダイニング部」 が始まったのもこの月です。
 記念すべき第一回メニューは
 豚肉のしょうが焼き、でした。
←初代ダイニング部部長。

9月

ホンマタカシさん登場!
 まだ「ブロードバンド」なんて未来の話で
 画像が重いけど大丈夫かなあ‥‥って心配だったり。

竹中直人さんも実は登場していた!
 このコンテンツはちょっと変わってたんですよ。
 ほぼ日内にある膨大な文字のなかに、
 色の違う文字を混ぜておいて、
 それを読者に見つけてもらうというゲームでした。
 ページの原稿をずーっと読んでいって、
 その文字をクリックすると
 竹中直人さんの後ろ姿の画像が出てくる。
 クリックすると、後ろ姿の竹中さんが、振り返るのです。
 振り向きざまに「ハズレ」って出たら、
 文字どおりハズレ。
 当たりの場合は、
 振り向きざまに「ある文字」を言います。
 で、別な場所の青い文字をクリックすると、
 振り向きざまにまた違う文字を言う。
 そして、竹中さんを全部発見して、
 出てきた文字を組み合わせると、
 それがメッセージになっている、
 というものでした。
 「ウオーリーを探せ!」のようなゲームでした。

←竹中さん。

●9/12にNHK教育で「未来潮流」という番組が
 放送になりました。
 そう「ほぼ日」が特集されたんです。
 この収録のために、NHKの担当村山氏は
 しばらく鼠穴に詰めていました。
 そして放送当日、ほぼ日にアクセスが殺到し、
 サーバが一時的にパンク!
 まだまだ回線が「細い」時代の出来事でした。

●アッキィの実家(秋葉原の、お好み焼きやさん。
 その名も「アッキィ」。ほんと)で
 著者のみなさんとお好み焼きパーティをしたのもこの頃。

10月

清水ミチコさん連載開始!
 長く「超」がつく人気コンテンツになってます。
 最初っからずっと面白いです。すごいです。

←清水さん。

吉本隆明さん、尋ね人広告を出してくださる。
 実際にかなり効果があったんですよ。

←吉本さん。

●10月30日の「今日のダーリン」から
 「新メニュー紹介」が独立、
 箇条書きで書かれるようになりました。
 こういう「書く方法」もひとつひとつが発明でした。

11月

●「ほぼ日」の看板ができました。
 これ、いまも事務所にあるんだよ。
 ホーロー製なんです。
 
←こういうの。

●10日、darlingの誕生日パーティー、しました。
 こういうことのためにスタッフは徹夜したりして。
 その様子は、生中継もしました。
 ちなみに、ほぼ日では乗組員の誕生日は
 かならずケーキを買ってきてローソクをたてて
 Happy Birthdayをうたってお祝いします。今でもです。
 さすがに10年分=1本、ですけどね。

「泣きたい時が見たいとき」
  深夜に「泣ける映画」をビデオで見る集い。

 というイベントをしました。
 泣ける映画を、ただ、見て、泣く、というもの。
 誕生日といいこれといい、
 「無為」な行為が、あたしら、好きみたいね。

●「ぼーっとした」のゆーないとさんに並んで
 ほぼ日にはもうひとり女子高生が連載してました。
 いまやすっかり大人の女性になられた坂本美雨さん

←おとなになった美雨さん。

●格闘家の高阪"TK"剛くんも、連載開始!
 彼は、のちに「ケビン山崎さん」を連れてくる。
 いま「明るいビル」の1〜2Fにケビンさんのジムがあるのも
 もとはといえば、TKがいたからなんだよね〜。
 縁っておもしろいー。

←トータルワークアウトでトレーニング中。

●どうでもいいようなことだけど
 iMacが鼠穴に来ました。
 「すっごくうれしかった」んだそうです。
 なぜなら、それまでもMacだったけど、
 ずーーーっと、お古だったから。
 ほとんどが、現任天堂社長であらせられる
 もと・ほぼ日電脳部長の「岩田さん」が
 自社(ハル研究所)から、いらなくなった機器を
 提供してくださっていたのです。
 やっとiMacが! というのは、しみじみとうれしい
 事件だったのでした。

←岩田さん

「樹の上の秘密基地」が始まったのも、この月です。


12月
●ほぼ日がクリスマス一色に。
 ページの色が、クリスマスっぽく、
 赤と緑になったんだよ。
 読みにくかったらしいよ。

ご近所のOL、こと、まーしゃさん連載開始。
 当時“センタン”に勤めていたまーしゃさんは
 いまは“宇宙”のお仕事をしてるんだよ。

●年末年始はdarlingバリ島に。
 でもほぼ日は毎日更新しました。

←バリ島のホテルのプールにて。
1月

シルくん登場。長く人気連載となる
 「真っ白いカミ」がはじまりました。

●ロボットが人から人への旅に出る
 「風前の灯」開始。
 じ、じつは、まだ、完結してないの。
 どこにいるんだ、ロボット!?

←お〜い! どこだ〜!

模様がえしました。壁紙真っ白なバージョン。
 「雪景色」をイメージしたんでした。
 「明るすぎて見にくいです」というおたよりも
 いただきましたっけ‥‥



●アップルコンピュータの原田社長、来鼠。
 darlingと対談をしていただきました。
 トップビジネスマンのクリエイティビティには
 ずっと瞠目してきたんです。ほんとです。
 このもようは、2月から連載されました。

2月

一日だけの節分バージョン、という仕掛けをしました。
 えーと、何かって言うと、
 アッキィ画伯が
 おさるに角と髪の毛を描いてくれたんでした。



●バレンタインでも遊んだよ。
 バレンタインデーにつくる料理、
 筆者の方々のバレンタインデーの過ごし方、
 アッキィ画伯デザインの
 WEB上のバレンタインカードに、
 メッセージをいれることができる、という
 1日限定コンテンツをつくりました。
 目次のページだけ、
 ピンクとこげ茶色の組み合わせにしたりね。
 おいしそうだったよ。
 残念ながら、データは残ってないんだよ。

3月 鈴木“月光庵”慶一さん来鼠。
 その後、さまざまなコンテンツに
 顔を出してくださってます。

←「MOTHER1+2」の音楽もこの方。

●darling、尾道へ行く。現地から足取りを速報でお伝え。
 これはその後の「テキスト中継」の
 原形になったものかもね。

「目から血を出そう!」
 で、darlingが福岡まで宝くじの発表を見に行きました。
 ひまだったんだろうか。そうでもなかったと思うんだけど
 今よりは、ひまだったのかもしれない。
 いまだって、おもしろいことがあればどこでも飛んでくから
 同じだけどね〜。

「アザラシのお姉さんです。」連載開始。
 アザラシの飼育係のお姉さんが
 メールをくださったことから、連載を依頼。
 終了まで、ほんと、人気の高いコンテンツでした。
 そうだよな、最初は一通のメールだったんだよな。
 ずっと「読者のメール」に支えられているほぼ日なんです。

←これはお姉さんではありません。
4月

●わたくし(シェフ)ここから常勤になりました。
 最初の仕事は「ほぼ日の誤字をみつけること」でした。
 編集者出身なもので。
 「冷蔵庫のジュースは、自由に飲んでいい」という
 社内ルールに感激したっけなあ。
 そのおかげで、太ったよなあ。

←最高体重記録時。いまはこんなに太ってません。

●ジャズシンガー綾戸智絵さんのライブに、
 darlingが初めて行ったのもこの月です。
 その後、綾戸さんとはとても親しくなったのは
 みなさんもご存知ではないでしょーか。
 のちに、ほぼ日にもロングインタビューが掲載されました。

←よみうりランドで綾戸さん。

5月

●もっと読者をふやしたい!
 という希望のもとに、行なったのが
 「ガツガツ大作戦」
 読者倍増キャンペーンでした。
 秋葉原のMacやさんで「ブラウザ・ジャック」
 (店頭のすべてのモニターで、ほぼ日を表示)したり
 センサー会員を募集したり。

ほぼ日創刊8周年に対する激励や感想などは、
メールの表題に「8周年」と書いて、
postman@1101.comに送ってください。

2006-06-06-TUE

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