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第3回考えて、考えて、それがとぎれる瞬間に。

糸井
新しいマンガを考えるときには
どうやってストーリーがひらめきますか?
「いま描いてるマンガじゃできないけど、
 次のマンガになったらやろう」
という感じ?
浦沢
それもありますね。
イメージがずっとあって
「これはいったい何だろう?」
みたいな感じで、思ってたりします。

ほんとうに新人のときは、
ストーリーが浮かばないマンガ家は
一発でクビだと思っていました。
だから編集者から
「来週打ち合わせしようね」
「それまでに何か考えてきて」
と言われたとき、それはもう必死でした。
考えを提示できなければ、
「はい、もう君は来なくていいよ」
と、すぐに言われると思っていました。
糸井
おもしろい話を考えるやつが、
マンガ家の中心なんだ、と
思ってたんですね。
浦沢
「何も思いつきませんでした」
なんて言った日には‥‥って、必死でした。
でもね、何も浮かばない日は、あるんです。
糸井
あるんですよね。
浦沢
新人はたいてい、まず短編を書きます。
翌日が打ち合わせなのに、
短編のアイデアが何も浮かばなかったぼくは
「うわ、何にも浮かんでないわ!」
と、夜、公園に行き、星空を見上げて、
「神様」ってほんとうに言いました。
「何も浮かびません。
 神様、何かアイデアをください」
糸井
くれませんね。
浦沢
くれませんね。
翌日、打ち合わせの日。
電車に乗って、
神保町の小学館に向かいました。
ずっと、何も浮かばない。
そのとき、遠足か何かで
子どもたちがぞろぞろと
電車に乗りこんできました。
「うっ、何かネタになりそうだ」と思って
ずっと見てたら、
ただうるさいだけでした。
糸井
ははははは。
浦沢
電車から降りて
「神保町に着きました」と
いまもいっしょにやってる編集の
長崎さんに連絡しました。

長崎さんが
「じゃあ、喫茶店で話そうや。
 小学館のほうから歩いていくから、
 途中でおちあおう」
なんて言いました。
そして、向こうから、長崎さんが歩いて来る。
「あーだめだ、これで、いっかんの終わりだ」
交差点で長崎さんが「オッ」て手をあげて
「何か浮かんだ?」と言って──

その瞬間
「えーとですね、悪党がですね、
 ウサギの着ぐるみをかぶってるんですけど」
って、自分が何かしゃべってるんです。
「何言ってんだろうな?」って自分で思いました。
長崎さんは
「なんかおもしろそうな話じゃん、それ。
 ウサギの着ぐるみに入って何やってんの、
 くわしく聞かせて」
なんつって。
糸井
すごいですね。
浦沢
打ち合わせがはじまりました。
そのときに、
「ここまで考えると、何か出てくるんだな」
そういう自信になりました。
糸井
違う次元かもしれないけど、
ぼくも締め切りとかアイデア出しについて
ちょっと思うことがあります。
「今回は時間をたっぷりもらったから、
 いちばんいいのを作ろう」
と思っていたケースで、
「出た」ためしはないですね。
浦沢
はい、はい、はいはいはいはい、
そうですよね。
糸井
そして
「神に祈ったらアイデアがおりてきた」
ってことも、実はないです。
浦沢
創作の神様はそんなことしない。
糸井
テレビを見てて、
そっからヒントを見つけるとかっていうことも、ない。
浦沢
ないですね。
糸井
本棚から関係ない本出して見て‥‥ない。
「なぁんにも、ないなぁ」っていって、
ちょっと寝た、とか。
浦沢
やっぱり。
糸井
そういうことですよね。
浦沢
ぼくの場合は、よく、ガラスを磨きます。
糸井
いいですね。
浦沢
ガラス磨きしたり、埃を一所懸命取ったり。
「あの人、掃除ばっかりしてるな」
という場合はアイデアに行き詰まってるときで、
寝ることにちょっと似てるかな、という感じがします。
糸井
お風呂はどうですか。
浦沢
お風呂もあります。
糸井
お風呂はいいですね。
浦沢
以前、三谷幸喜さんと話したとき、
三谷さんも「お風呂はある」とおっしゃってました。
三谷さんは、お風呂の時間というより、
あがって体を拭いてる瞬間とか
そのぐらいがいいかもしれない、って。
あのくらい、いちばん何にもなくなる瞬間がいい。
糸井
体拭いてる時間ねぇ(笑)。うん、わかる。
浦沢
考えるという作為が
ポンと飛んだ瞬間に、ファッと
何かが浮かんでくるんですよね。
「考えようとしていること」自体も忘れて
何もない状態になったときに、浮かぶ。
これ、禅問答みたいなんですけど。
糸井
いやいや、そこはみんなね、
ちょっとでも何かをやってる人はわかると思う。
ロジックで追い詰めてって、
「○○のはずだ」というものに、
答えはないんですよね。
浦沢
ないですね。
浮かんじゃうんですよ。
「浮かんじゃう」っていうのが
いちばんいいんです。

(つづきます)

2016-08-04-THU