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第4回お客であり、マンガ家である。

浦沢
お風呂といえば、
『20世紀少年』は、それなんですよ。
糸井
そうなんですか。
浦沢
週刊誌で連載していた
『Happy!』の最終回を描き終えたときのことです。
「やったぁ、終わった!」
という気持ちでいっぱいでした。
なぜならぼくは、同じ
「ビッグコミックスピリッツ」で
『YAWARA!』から『Happy!』にかけて
14年くらい描いていたんです。
「もう二度と週刊誌で描くもんか!」
といって、最後の原稿を渡しました。
「ワーイ」「カンパーイ」「やれやれ」
といってお風呂に入り、
湯船でゆっくり寝そべっていたら
国連総長みたいな人がとつぜん頭の中に出てきて
「彼らがいなければ
 21世紀を迎えることはなかったでしょう」
という演説をはじめたんですよ。
糸井
おお‥‥!
浦沢
「うん? 何だこれ?」
「その彼らを紹介しましょう」
国連総長が言うと、メンバーが出てきて、
『20世紀少年』というタイトルが出て、
お風呂あがってから、メモしました。
「何だろう、この話は?」
糸井
そこから逆算していくわけですね。
浦沢
ですから、こうも言えます。
アイデアというものは
「二度とやるもんか」
「何も考えたくもない」
という瞬間にワッと浮かぶものである(笑)。
糸井
わはははは。
『YAWARA!』『Happy!』と
続いたあとですからね。
「国連総長」が出てきたことは、
すぐに誰かに話しましたか?
浦沢
「こんなのが浮かびました」と
「スピリッツ」編集部にファックスしました。
糸井
ああ。そのおかげで、よかったですね。
浦沢
いや、そのときは、
描く気なかったです。
糸井
そうなの?
浦沢
もうこりごりですからね。
あんなスケジュールの世界はいやだと、
ほんとうに思ってました。
でも、浮かんじゃったから、しかたなく送って。
糸井
飛んで火に入る夏の虫じゃないですか。
せめて月刊誌に送ればよかったのに。
浦沢
ですね(笑)。
しかも、それは
1998年ぐらいのことでしたから、
その国連総長の台詞を考えると、
「このドラマは、もしやるなら、
 20世紀中に、つまり1990年代に
 はじめなければいけないストーリーだな」
ということは、わかってました。
「すぐにはじめなきゃいけないじゃん!」
糸井
状況は、自分の首を
絞めるようなことばかりですね。
なのに「俺はやらない」って言ってるわけね。
浦沢
うん。
糸井
ぼくもそうなんだけど、
「これ、誰かがやればいいのに」
というアイデアは、よく出るんですよ。
浦沢
はい、そのとおりですね。
糸井
「こういうのがあったら、俺、絶対に
 お客になるんだけどな」
「買いたいな」
それを結局は自分でやることになるんですよね。
浦沢
ほんとうにそうですね。
『PLUTO』もそうでした。
糸井
『PLUTO』が。
浦沢
「鉄腕アトム生誕年が2003年なので、
 みなさんで鉄腕アトムの生誕をお祝いする何かを
 やりましょうよ」
というアナウンスがありました。
ぼくはそのとき、
「『鉄腕アトムのなかでも一番人気の
 地上最大のロボットの巻』に
 真っ向から挑むような
 気骨のあるマンガ家はいないもんかね」
と言いました。
周りにいた編集者から、
「自分で描きゃあいいじゃない」と。
糸井
そのひと言が、また出ちゃって(笑)。
浦沢
「いやいやいやいや」
「とんでもない、とんでもない、とんでもない」
「ぼくは、そういうものが見たいだけなんだ」
糸井
わははは、ぼくもそうとう
それに近いことになってるなぁ。
浦沢
たぶん、ぼくらは
「お客さん」なんじゃないでしょうか。
糸井
あ、そうだね。
お客さんですね。
浦沢さんがテレビで
これまでお話されてきたことを思い出しても、そうだ。
ほかのマンガ家さんのことを語るときの浦沢さんは、
すごくいきいきしてるもん。
浦沢
楽しいです。
人のマンガは楽しいですね。
糸井
お客さんであると同時に、
自分がマンガ家である。
浦沢
うん。
「世の中にこんなマンガがあったらいいのにな」
「こういうの読みたいな」
と思う自分が確実にいます。
そこでいちばん手っ取り早いのが、
自分で描いちゃうことなんです。
糸井
それだねぇ。
浦沢
子どものときからそうでした。
小学校三年生の頃、
『あしたのジョー』の単行本を
1巻、2巻と買っていたんですが、
3巻を買うお小遣いがなかったんです。
それで思いついたのが
「じゃあ、自分で描いちゃえばいいんじゃん」
糸井
お話は知ってたんですね。
浦沢
「少年マガジン」で読んでましたから。
糸井
読んだのを自分で再現したんだ。
浦沢
そうです。
マンガの単行本の大きさにあわせて
紙を切ることからはじめました。
紙切って、折って、
「こういうふうにやってけば本みたいになるかな」
なんていって貼って、
そこにマンガを描きました。
「サイズちぃせえな」とか言いながら。
糸井
いいなぁ。
単行本は、雑誌に載っていたやつを縮小するから
さらに小さいんだよね。
浦沢
で、最終的に頓挫しました。
マンガの単行本って、背中のところが
糊みたいなもので束ねられてくっついてるんです。
「これは素人が手に入るやつじゃないな」
っつって、それでやめたんです。
だけどその
「本というものを、自分の手で作ってみたい」
という感覚が、いま、
自分でマンガを描く作業になっている感じです。

(つづきます)

2016-08-05-FRI