世界一周から帰ってきて1年、
僕は今、将棋の世界にいます。
将棋の世界といっても、
棋士になったわけではなく、
イースター島で出会った旅人に誘われて、
将棋に関わる仕事をしているのです。
そして、なんだか楽しそうな気がしたから、
くらいの理由で出会った将棋の世界は今、
藤井聡太四段という、一人の中学生棋士の登場で
かつてないほどの盛り上がりをみせています。
この仕事をはじめて、まず驚いたのは、
プロ棋士になれるのは1年に4人だけだということ。
養成機関である奨励会のリーグ戦を勝ち上がっていき、
最後の難関の三段リーグを
上位の成績で突破することができてはじめて、
プロ棋士になることができるのです。
その難関を14歳2か月という
最年少記録で勝ち上がった中学生、
それが藤井四段でした。
プロ入り初めての対局、
藤井四段は加藤一二三九段に勝利し、
初戦を白星で飾ります。
しかし、その勝利を報じるニュースは今ほど多くはなく、
僕自身も「中学生なのにすごいな」
と思っていたくらいでした。
半年後、棋士の高野秀行六段は藤井四段について、
「性能の良いマシンが参戦すると聞き、
フェラーリやベンツを想像していたら、
ジェット機が来たという感じ」と表現します。
しかし、このときはまだ、
藤井四段のジェット機のような強さには
誰も気づけてはいませんでした。
そんな中、abemaTVで将棋チャンネルが開設され、
「藤井聡太・炎の七番勝負」という企画が始まります。
デビューしたての藤井四段が7人のプロ棋士に挑戦する、
といった内容で、7人のプロ棋士として、
羽生善治三冠をはじめ
そうそうたるメンバーが集められました。
「藤井四段は何勝できると思いますか」
というアンケートがTwitter上で実施されたのは、
この企画が放送される直前。
この時、藤井四段はデビュー以来
負けなしの4連勝中だったにも関わらず、
半分くらいの人が「0~2勝」と予想、
「5勝以上」できると考えていた人は1割くらいでした。
僕自身も、さすがにデビュー間もない中学生が
トップ棋士に勝つのは難しいだろうと思っていたのですが、
終わってみれば、6勝1敗。
2戦目の永瀬拓矢六段に負けただけで、
残りの6戦は、最後の羽生三冠戦も含め、全て勝利。
そして、そこから快進撃がはじまったのです。
デビューからの連勝記録である10連勝を超え、
15連勝、20連勝、
ついには歴代の連勝記録である29連勝まで勝ち続けました。
日に日に注目度が上がります。
扇子やクリアファイルなどの藤井四段グッズはすぐに完売。
藤井四段の対局がある日には
将棋会館にたくさんの報道陣が押し寄せ、
リュックや財布、昼ごはんまでが
ニュースとして取り上げられるようになりました。
この頃には「中学生なのにすごい」とは
誰も思わなくなっていて、
ただただ一人の棋士としてのすごさ、
その純粋な強さに、世間が魅了されていた感じがしました。
ある時、藤井四段の対局を
「なんだか勝ちそうな気がする」
と思いながら観ている自分に気づきました。
将棋初心者の僕に形勢判断ができるはずもないのに、
どうしてだろうと思い、
ある棋士の先生に話してみたところ、
「それが彼の強さなんですよ」との回答。
強い棋士からはエネルギーが溢れ出ていて、
それが対局相手や観ている側に伝わることがある、
とのことでした。
強さとは何なのか、そんなことを考えました。
藤井四段は、勝ち続けたから強いのではなく、
強かったから勝ち続けることができたはずです。
でも、藤井四段の強さが認識されたのは、
デビューから半年ほど経ってから。
勝ち星の数によって、みんながその強さを知ったのです。
そして、それによって今度は、
目に見えないはずの強さまでもが伝わるようになりました。
連勝という事実によって、連勝できる強さが可視化され、
そして可視化された連勝できる強さが、
次も勝つかもしれないという強さを作り出す。
強さとは、結果と期待の間に、
時間軸を超えて存在するものなのかもしれないと思いました。
世界一周から帰ってきて出会った、将棋の世界。
藤井四段の今後が楽しみで、
盛り上がっている将棋界のこれからも気になります。
面白い世界はこんなところにもありました。
(つづく)
2017-08-12-SAT