小説を書くということ。 佐藤正午+糸井重里 対談

昨年(2017年)末、私たちほぼ日スタッフが
驚くことがありました。それは、
「糸井重里が小説の解説を書いた」という
出来事でした。
ほぼ日以外で糸井が長い原稿を書くことは
かなりめずらしいので、
「これはすごいことだ」と思いました。
しかもそれは、
エッセイでもボディコピーでもなく解説です。
解説した小説のタイトルは『鳩の撃退法』。
理由はおそらく──、糸井は、
この作品を書いた佐藤正午さんに、
ほんとうに会いたかったから、
なのではないでしょうか。
対談は、佐藤さんの住む佐世保で行われました。

※この対談は『鳩の撃退法』の物語の筋には
ふれないようまとめました。
(そもそもふたりとも『鳩の撃退法』のストーリーについては
話しませんでした)
これから作品を読む予定のみなさまも、ぜひごらんください。

佐藤正午さんのプロフィール

佐藤正午(さとうしょうご)

1955年長崎県佐世保市生まれ、佐世保市在住。作家。
1983年『永遠の1/2』ですばる文学賞受賞、
2015年『鳩の撃退法』で山田風太郎賞受賞、
2017年『月の満ち欠け』で直木賞受賞。

第5回 売れる、売れない。
2018-01-19-FRI

佐藤
今日は糸井さんに『鳩の撃退法』を
いろんな言い方で褒めていただきましたが、
それが一般の読者に
伝わってないという面がやっぱりあるんです。
それは「商業的に」という意味で、です。
そのあたりはどう考えればいいんでしょうか。
糸井
(笑)
佐藤
糸井さんがおもしろいと思った作品が、
「売れない」という状況は、ありますよね? 
それはどうしてなんでしょうか。
糸井
ぼくがいま「おもしろい」と言っていることは、
佐藤さんが独自に発見したり発明したことの
集積に対して、です。
なぜおもしろいと思ったかというと、
もちろん新鮮だし、いままでなかったものだし、
それが掘っても掘っても出てくるという状況が
とにかくうれしかったからです。
ところが、
「なかったものを見つけたい人」というのは、
世の中にそんなにいない。
パリに行けばエッフェル塔を見て
「来てよかった」と思う人が多数であるように。
佐藤
しかし、糸井さんはその
「大勢の人たち」を相手に
仕事をなさっているわけですよね。
そして、その人たちが興味を持たないような
ぼくの小説を読んで、
おもしろいと思えるというのは、
どういうことなんでしょうか。
糸井さんがおもしろいと思うものは、
みんながおもしろいと思うような気がするんですが。
糸井
ぼくには変な面と、変じゃない面があって、
ぼくの変な面というのは、ぼくの趣味であり、
「こうなっちゃったんだからしょうがないや」
という部分です。
佐藤
はい。
糸井
変じゃない面は、いわば
「社会の中にいる自分がどう生きるか」
というような部分です。
ぼくは、放っておくとたいてい
最多数のところにいる人間なんです。
ゲームなんかしてても、
最も多くの人が使う手であがろうとします。
「ミスター・マジョリティ」と呼ばれています。
佐藤
(笑)
そういう目で『鳩の撃退法』を読んでも
おもしろいんですか。
糸井
つながると思います。
確実に、端ではつながります。
最も重要なのは、
「一般の人も小説を読む気になる時間が必要だ」
ということです。
前提として、本好きを自称していない人は
上下巻の小説を毎年読むことはないと思います。
だから、そこがすでに
「売れない」とおっしゃる理由です。
佐藤
はははは。
糸井
そうなんですよ(笑)。
佐藤
だけど、糸井さんは読んでくれた。
糸井
うん。
佐藤
糸井重里という人が
正月に読んでくれた、ということだけで、
日本中に受け入れられるという気持ちになります。
糸井
ぼくに限らず、何かきっかけがあれば
読む人が必ず外側にいてくれます。
誰かが「おもしろいぞ」と言ったら、
「取っつきにくいかもしれないけども、
読めばおもしろいんだな」
と、手に取る人がいる。
こうして、ぼくなりほぼ日のページで、
ほんとうに読んでおもしろかった人たちが
紹介することで、
「そんなつもりはなかったけど、
読んだらおもしろかったです」
と言ってくれる人がいると思います。
そこがぼくたちにとって、すごく楽しいところで、
ここで「いっしょに」という部分が重要になるんです。
『鳩の撃退法』をひとりで読むより、
場を作ってみんなで読みたい。
それがぼくの楽しみと言えます。
佐藤
ああ、それはわかります。
糸井さんはそれがいいんですね。
糸井
人と芸術の関わりには、
「この映画を1本見ておけば、
とりあえず自分の芸術性が今年ぶん埋まるな」
「このへんで美術館に行っておこう」
というパターンだってあります。
そういう人たちの気持ちをあと押しするのは、
技術が必要かもしれませんし、
そういうコピーの書き方も、もちろんあるでしょう。
佐藤
はい。
糸井
けれども、
「『鳩の撃退法』おもしろかったよ」
というぼくの意見は、まったく別です。
「この本をおさえておけ」とも思いません。
ぼくはつねづね、
ほんとうにおもしろかったものしか紹介しないんです。
嘘を言わないかわりに、金ももらってません。
帯文を引き受けるときは多少のお金をもらいますが、
それだって、ほんとうのことを書きます。
『鳩の撃退法』はそういうもののひとつで、
「とにかくぼくはこの厚い本2冊に夢中になりました」
という事実があります。
これは‥‥文庫になるんですよね? 
佐藤
はい。
その文庫の解説文をお願いしています。
糸井
締め切りに間に合うかなぁ。
佐藤
いや、もうもう、
いくらでも待ってます。

(つづきます)

2018-01-19-FRI

『鳩の撃退法』が
文庫化されました。

2014年に上下巻の単行本として出版され、
多くの人を物語のおもしろさに引きずり込んだ
佐藤正午さんの長編小説『鳩の撃退法』が
このたび文庫になりました。
文庫も上下巻に分かれています。
(Amazon→上巻下巻
糸井重里の解説文は下巻に収録されています。