糸井
今回の映画は、脚本の段階で
オファーが来たんですか?
佐藤
あ、原作の段階からです。
糸井
え、原作からですか。
実は、佐藤浩市さんがOKしたと聞いて、
うちの奥さんは出る気になったんですよ。
佐藤
あぁ、どうも、それは。
糸井
ふだん仕事の話はほとんどしないぶん、
ぼくも「へぇ」って驚いて。
出るか出ないかについては、
あの人はものすごくわがままですから。
佐藤
(笑)
糸井
要するに、基本的に仕事しない人ですから(笑)。
佐藤
よろしいかと思います(笑)。
糸井
そういう人なので、
「あ、出るんだ!?」って、ぼくも驚いて。
なんで奥さんがぼくにその話をするかというと、
ロケで家を空けることになると
犬の世話もあるわけだから、
ぼくに言っとかないと、行けないんですよ(笑)。
佐藤
はいはい。
糸井
「浩市さんが引き受けたと聞いて
 出ようかなと思って」
と言ってました。
真剣に原作も読んでましたけど、
その‥‥なんだろう、
「浩市さんがOKしたんだから」
と言わせる力って、すごいものだなぁと思って。
佐藤
いえいえ、それはもう、
本当にありがたいです。
糸井
「浩市さん」の引き受ける基準って、
やっぱり厳しいんですか?
佐藤
厳しい‥‥かも。
糸井
出演作品を見てると、
そんな感じですよね。
佐藤
「面倒くさいだろうな、これ」
と思いながらも、
引き受けるものもあるんですよ。
原作読んだ段階で、
「うわぁ、これは‥‥」
「うわぁ、出ずっぱりだよ、おい」
「うわぁ、山登らなきゃいけねぇんだ、これ」
みたいなものでも(笑)。
糸井
(笑)
佐藤
逆に、断るときは、
非常におこがましい言い方ですけど、
「人が見えない」ときですね。
「内容はおもしろいんだけど、
 うーん‥‥、なんか何枚めくっても、
 この人が見えないんだよね」と感じるときは、
正直、「ごめんなさい」ってなります。
糸井
「その人が見える、見えない」という
選び方は、昔から意識していたんですか?
佐藤
これはもう昔からです。
三國連太郎が
たぶんそういうスタイルだったんです。
糸井
ああ。
佐藤
まあ、あの人の場合、お金に困窮して
「生活のためにどんな役でも」というときも、
ありましたけど(笑)。
糸井
うんうん。
佐藤
だけど、基本的にはやっぱり、
そういう思いがあってチョイスしてたと思います。
その姿を見ていたという影響はあるんでしょうね。
糸井
近くで見てたの?
佐藤
はい。
糸井
三國さんとその話をしたわけではなく?
佐藤
してないです。
ただ、見ていて
そう思うようになりました。
糸井
そこがおもしろいですね。
佐藤
そうですかね。
でも、まぁ、
見てれば、やっぱりわかりますからね。
糸井
ちょっと脱線するかもしれないのですが、
いまの話を聞いていて、
思ったことがあって。
佐藤
ええ。
糸井
いま、政治家になりたい人が
減っているらしいんです。
佐藤
はあ、なるほど。
糸井
憧れの商売じゃないし、
権力を持ったからって
その権力の使い道もないし。
たとえば、ぼくなんかも、
なにか理想があっても政治家じゃないほうが
実現できるんじゃないか、とか思っちゃう。
で、これまでは
名誉欲や権力欲がある人が
政治家になるんだろうな、と思っていたら、
そうともかぎらなくて、
「親を見ていた人」というのがいるんだ、
と気づいたんです。
佐藤
はい。
糸井
親が政治家で、
外から見たら変な人に見えるかもしれないけど、
なんとか人のためになろうとしてたり、
ときにはちょっと汚いことも考えたり‥‥
というのを近くで見てると、
政治家というものが
ちゃんとした仕事にやっぱり見えて、
「俺が継ごう」と思うらしいんです。
佐藤
あぁ、そうでしょうね。
糸井
「世襲」って、人は容易に批判もするけど、
「嫌なことも引き受けよう」というのが
世襲なんだなぁ、と最近思ったんです。
いまのお話なんか、まさしくそうですよ。
三國さんが憧れの人、
というふうに人は思わないですよね。
周囲は大変だったかと思いますし、
家族にとってみれば、
きついところがあったと思うんです。
佐藤
そうですね。
三國連太郎の有名な話ですけど、
田中絹代さんと共演した映画があって、
実年齢が年上の絹代さんと並ぶと
見た目が釣り合わない、ということで
三國は自分をもっと老けてみせるために、
前歯を全部抜いたことがあったんです。
糸井
はい、はい。
佐藤
そのことを「役者の鑑」として、
マスコミがワーッと取り上げたんです。
でも、実は三國は、歯を抜いたことを
すごく後悔したわけですよ。
糸井
あぁ、なるほど。
佐藤
その映画が
クランクアップするまではいいんです。
ところが、それが終わって
「次」をつくるときになって、
「なんてことしたんだ」。
糸井
「どうするんだ」ですね。うんうん。
佐藤
ぼくは、その後悔の気持ちが
痛いほどわかるんです。
糸井
それは、いってみれば
アマチュアの恐ろしさですよね。
プロは、それができない。
佐藤
そうなんです。
糸井
アマチュアの成分って、
人から見ると魅力的に見えるんです。
野球の試合にたとえると、
あるとき、
「この1戦で優勝が決まる」
という試合があったんです。
そのとき2人の選手が大怪我したんですよ。
そういう、「この日で終わる」という日には、
選手はつい「壊れてもいい」と思っちゃうんです。
でもプロって、本当は
それをやっちゃいけない人の集団なんです。
佐藤
本当に、そうですね。
糸井
役者の中には、多かれ少なかれ
その成分があるじゃないですか。
三國さんは、いわば、
アマチュア成分を入れちゃう人、でしたよね。
周りもその部分を拍手したりするし。
それを長くやり続けるって、ある意味すごいですよ(笑)。
佐藤
ある種の、「役者の美学」として
語られるのはいいと思うんです。
でも、実はそれはプロという本質から
少しずれてる話なんですよね。
糸井
いくつくらいで、そのことに気づきました?
佐藤
うーん、いつだろう、
20代の、まだ8割アマチュア、
みたいな自分がいるときには、
「なんで親父、後悔したんだよ」って思ってました。
糸井
おぉ、そうですか(笑)。
佐藤
それが、自分もキャリアを積んでいくうちに、
「あぁ、それは後悔するよな」って。
糸井
(笑)うん。
佐藤
やっぱり、必ずその作品の次、
そのまた次、というのが
自分にとっては勝負になってくるわけだから。
「肉体を欠損させて、
 その行為が美しかろうが、
 そのときだけのことだ」
っていうことを
おぼろげにわかったのは30半ばくらいですかね。
糸井
やっぱり、だいぶ時間がかかる。
佐藤
かかります。
やっぱり、若いころは、
それを美徳として勘違いする部分はありますよ。
糸井
ぼくは無責任にこういうこと言うんだけど、
結局、自分を壊すようなことをしない人が
プロの役者さんだと思うんですよね。
若いときは、わからないものだけど。
佐藤
わかんないですね。
やっぱり、ぼくも若いころは、
「そこから飛び降りたら、監督喜ぶだろうな」
と思ったら、飛び降りましたからね。
糸井
そうですよね。
佐藤
いや、本当に、
そういうことをしてましたね。

(つづきます)
写真:池田晶紀(ゆかい
佐藤浩市さんメイク:辰巳彩(六本木美容室)、スタイリング:喜多尾祥之
2015-06-23-TUE
©HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN