第4回
頭の中には
いつでも1000の物語がある。

──
監督は、就職先として
どうしてNHKを選んだんですか?
佐々木
本当は、商社に行きたかったんだ。
──
あ、そうなんですか。
佐々木
でも、就職試験で「全滅」しちゃって。
──
え、そうなんですか?
佐々木
英語が好きで真剣に勉強していたから
海外で活躍するような仕事に
就きたかったんだけど、
うちは、はやいうちに父親が死んで
「片親」だったから。
──
ええ。
佐々木
いや、当時は、両親がそろってないと
入れない業界ってあったんです。

今じゃ、考えられないだろうけど。
──
それは‥‥聞いたことないです。
佐々木
商社・銀行・デパート関係‥‥
お客さん相手の商売は、まずダメだった。

でも、新聞社やら雑誌社、テレビ局とか
マスコミには、そういう差別はなかった。
──
それで、NHKに入局されたんですね。

じゃあ、テレビドラマをつくるなんて、
学生時代には
思ってもいなかったってことですか?
佐々木
うん。ただ、中学から高校にかけて
毎日のように映画館へ通いつめていたほどの
映画少年だったんで、
好きな分野だったことは、たしかだけど。
──
最新作の『ミンヨン 倍音の法則』って
観ている側としては
映画のストーリーを追いかけるというよりも
大写しにされるミンヨンの姿が印象的で、
すごく念入りに
主人公を描写しているなあと感じました。
佐々木
結局、ずいぶん長いことやってきて思うのは
僕は、登場人物の姿を通じて
自分を表現したかったんだなということでね。
──
自分自身を表現する?
佐々木
そう、何て言うのかな、
僕自身は画面に出るなんてできませんよね。
みっともなくてさ。

だから登場人物に、託してる。

監督が主演を兼ねてる作品もありますけど、
心底すごいって思えるのは、
そうだな‥‥オーソン・ウェルズくらいで。
──
『第三の男』の。
佐々木
そう、あの人が最低予算でつくった映画で、
ほら、ええと‥‥『市民ケーン』とか。
──
新聞王のお話ですね。
佐々木
あれは、じつにみごとな作品だった。

圧倒的で、巨大な人物を描いているんだけど
彼自身、実際に「巨きな人」じゃないですか。
──
たしか処女作で、公開当時は
20代半ばとか、かなり若かったはずですけど
そんな印象はぜんぜんないですね。
佐々木
絶対2枚目なんか演じられない男ですよ。

そこで「新聞王」に扮するわけだけれど、
そいつは世の中を知りつくし、
右から左へ活字を売って大成功している、
大金持ちですよね。
──
ええ。
佐々木
そんな「巨大な新聞王」が
最期、これで命もおしまいだってときに
「薔薇のつぼみ」って、つぶやく。
──
「Rose Bud」と。
佐々木
そう、新聞王ケーンは
幼いころ、もらいっ子に出されるんだよね。

で、金持ちに拾われていくんだけど
大好きな母親と
幸福に暮らしていたときに乗ってたソリに
「薔薇のつぼみ」が描いてあったんだ。
──
はい。
佐々木
そのことを思いながら、死んでいく。

市井の人たちから見れば
怪物みたいな、あれだけ巨大な人間でも、
それを根っこで支えていたのは
「薔薇のつぼみ」という
ほんの小さな存在なんだって「真実」を
みごとに描いてるんですよ。
──
なるほど‥‥。
佐々木
まあ、僕の勝手な解釈だけどさ。
──
でも、自分の頭で考えるのが
「観る側のおもしろさ」ですものね。

今のお話を聞いて
もう一回、観なおしたくなりました。
佐々木
観てください。で、なんの話だっけ?
──
はい(笑)、自分を表現したい、と。
佐々木
そうそう、うん。表現したいんですよ。

他の人にはあまり聞いたことないけど、
ものをつくってる人なら
多かれ少なかれ、同じじゃないかなあ。
──
そういうものですか。
佐々木
でも、ほとんどの作家っていうのはさ、
クリント・イーストウッドみたいに
2枚目なんか演じられないんであって。
──
ええ。
佐々木
ましてや
女性になんか、なれるはずもない。

だから僕らは、登場人物に託して、
自分のことを描くんです。
──
そういえば、今回の映画のなかで
行商の桃売りの桃を買って食べた男性が
血を吐いて死ぬシーンがありましたけど
それって、たしか、
監督の身に起きた実話を元にしていると‥‥。
佐々木
そう、僕の父親の佐々木修一郎って人は
早稲田を出て、
毎日新聞の記者をやってたんです。

戦時中に、軍は腐っているとか言って
辞表をたたきつけた男なんだけど、
そんなだったから、
特高警察に目をつけられてたみたいで。
──
ええ。
佐々木
家の前に、そういう人がよく立ってた。
──
へえ‥‥。
佐々木
で、あるときに、その父が
僕を江の島へ遊びに連れて行ってくれて、
天丼を食べさせてくれたんです。

すごくおいしかったのを、今も覚えてる。
──
『ミンヨン』にも、海岸で
少年が天丼を食べる場面が出てきますね。

巨大なエビ天の載った、立派な天丼を。
佐々木
うん。で、翌朝、おやじと汽車に乗って
故郷の宮城に向かったんだけど
どこかの駅で
桃売りから買った桃を口に入れた途端に、
おやじが血を吐いて倒れたんです。

そしたら、すぐさま、近くにいた水兵が
おやじを窓から外に出した。
で、そこにはなぜか担架が置かれていた。
──
えっと、つまり‥‥。
佐々木
幼いながら、明らかにおかしいと思った。

本当のところは知る由もないけど
あのころ不審死ってけっこうあったしね。
──
そんな、ものすごい体験を
まるまる描いていたんですか、あの場面。
佐々木
うん。
──
そういう、戦争や敗戦の体験というのは
監督の作品に、影響していますか?
佐々木
どうだろう、自分ではよくわからない。

今回の作品では、戦中戦後の浮浪児を
現代の東京の街の中に走らせたりとかは
やってますけどね。
──
あ、あの靴磨きの少年ですね。
佐々木
戦争当時から終戦後にかけてのころには、
ああやって、
両腕に時計をいっぱい嵌めてる子どもが、
たくさんいたんですよ。

時計のことを「ケイチャン」って言って。
──
ケイチャン。時計のケイ、ですか?
佐々木
そう、彼らは、電車や道ばたで
ばっと袖をまくって、ケイチャンを売る。

ひとつ「50円」とかで。
──
安い‥‥んでしょうね。
佐々木
泣き売(ばい)ってのも、いたなあ。
──
泣き売?
佐々木
万年筆を分解した部品なんかを並べて
泣きながら、売るんだよ。

「勤め先の会社が潰れたんです」
とか、
「火事で家が焼けちゃって」
とか、おんおん泣きながら
「みなさん、どうか買ってください。
 この万年筆、誓って本物ですから」
とかって言って。
──
それ‥‥買うんですか?
佐々木
けっこう買ってたよ。適当な値段だから。
ただし、ぜんぶ偽物なんだけど(笑)。
──
やっぱり(笑)。ちなみに
終戦のとき、監督は何歳だったんですか?
佐々木
僕、終戦、9つです。小学校4年生。

だから、毎日毎日、
いま言ったような光景ばっかり見てた。
浮浪者もそこら中にいて、
もう、みんな煙草パカパカ吸ってたな。
──
なるほど。
佐々木
今にして思えばおもしろいんだけど
実際は食うにもたいへんな時代だったから
そういう体験が
作品に、どこかで影響はしているかもね。

直接的に描いたことは、ないけど。
──
監督にとって「心を動かす演技」って
どういう演技ですか?
佐々木
やっぱり「つくらない演技」だよね。

悲しくて悲しくてしょうがないってときに
絶対に悲しい顔をしないような、さ。
──
それって、ふつうの人は
必ずしも、そうじゃないってことですか?
佐々木
うん。だって、電車に乗ってる人でも
いろんな運命を背負っているわけだけどさ、
悲しくったって、
みんな、そんなの隠して座席に座ってるよ。
──
たしかに。
佐々木
そういう姿がきれいなんだと思う、僕は。
つくった姿は、みにくいと思う。

感情をつくってね、表情をつくってね、
声色をつくってね、
「ほうら悲しいでしょ?」とか、最低だよ。
──
ひとつ、佐々木監督に
どうしても聞きたかったことがあるんです。
佐々木
何ですか。
──
いま、世の中には、たくさんの「物語」が
ありますよね。
洞窟壁画の時代からはじまって
今後も、人は、
たくさんの物語をつくりだすと思うんです。
佐々木
でしょうね。
──
カラハリ砂漠に住む「サン族」の会話を
分析したら
昼の会話のうち「物語」が占める割合は
全体の6%にすぎなかったのに
夜には、お金とか狩りの話は数%に減り、
8割が「物語」になったそうです。

つまり、そういった
焚き火の近くで交わされる「物語」が
人類の文化の形成に
役立っただろうって話なんですが、
そのあたり、
どうして人は物語を必要とするのかを‥‥。
佐々木
必要とする? 人が、物語を?
──
はい。
佐々木
知らない。考えたこともない、そんなこと。
──
でも、監督ご自身は、これまで
多くの「物語」をつくってきましたよね?
佐々木
だってそれは、僕の頭のなかには
いつでも1000くらいの物語が、あるから。
──
そんなに。
佐々木
で、そのなかのどれかひとつが、
中尾幸世に出会ったり
ミンヨンに出会ったりすると
実際の作品となってかたちを結ぶんです。
──
そういうものですか。
佐々木
うん。だから「物語」っていうのは、
僕にとっては、
「誰かが必要としているもの」というより
「つねに、あるもの」なんだよね。
──
あるから、かたちにしたくなる?
佐々木
そう。
だから、いつも「次は」って、思ってるよ。
──
いまでも?
佐々木
もちろん。
「次は、どうしてやろう」って。

<終わります>

2014-11-11-TUE