what's new?
・お酒を飲む人たちが、「飲もうや」と集まるのも、
 飲もうが飲むまいが「会おうか」と連絡とりあうのも、
 学校や会社に「もうちょっといよう」と居残るのも、
 電話しているのも、メールしているのも、
 「ほんとうにしたいこと」は、ひとつなんじゃないか。
 
 おしゃべりがしたい、ということ。

 サッカーや野球などと同じように、
 「おしゃべり」は娯楽としてのスポーツみたいなものだ。
 見えないコミュニケーションのボールが、
 あっちへころころ、こっちへびゅーん、ふんわりぽん、
 やったりとったりして、たのしく遊ぶものなのだ。
 仲のいいともだち同士だとか、趣味の合う人とだと、
 なかなか「ナイスプレイ!」と
 声をかけたくなるようないい試合が展開できる。
 選手にもなれるし、観客にも回れるし、
 場合によってはプロデューサーにだってなれる。

 みんな、「おしゃべり」が大好きで、
 いつでも、いい試合をしたくてしょうがないのだ。
 しかし、どんな「おしゃべり」でもしたいわけじゃない。
 シャンプーされてるときだとかに、
 「どんな本がお好きなんですか」みたいな質問されても、
 そのボールにくらいつくのはむつかしい。
 タクシーで、急に安倍首相やらについての、
 たのしい「おしゃべり」をする気にもなれない。
 
 おそらく、「おしゃべり」というゲームにも、
 棲み分けや、クラスみたいなものがあって、
 いわば「同じプロトコル」がそこにないと、
 試合開始することもままならない。
 ぼくはぼくで、君は君で、試合してるエリアがあってさ、
 ちょっとでもたがいに肩慣らししておかないと、
 キャッチボールもやれないなぁということだってある。
 だけど、初めて会う人でも方言がまったくちがう人でも、
 うまく通じあって「おしゃべり」がいい試合になったら、
 たまらないよろこびがあるんだよねー。
 ボクちゃんはこどもだからわからないんだけれど〜、
 これは、もしかしたら性的快感に近いものかもしれない。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
さて、本日からまた旅の人に。ひとりでいる俺は寡黙だぜ。
 
2017-05-25-THU
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