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・ぼくは、そんなに大河ドラマは見てないのだけれど、
 三谷幸喜さんが脚本を書いた『新選組!』から見はじめて、
 その後は『龍馬伝』『軍師官兵衛』『真田丸』などを、
 毎週たのしみにしながら見続けた。
 それ以外の年は見てないのかと言われたら、
 正直に「ええ」と遠慮がちに答えるしかない。
 親しい人が登場していても見てないものなんだよなぁ。 

 歴史をドラマにしたものは、
 どういう物語にするかということについて、
 事実ではなく、語り手の判断にまかされる。
 科学の原理は、変えてはならないものだろうが、
 史実というのはどう光を当てて、どう見てもいいのだ。
 だから、どこかで悪人として表現されていた石田三成が、
 立派な主人公として活躍しても、だれも文句は言わない。
 ほんとはどうだったかは、参考資料というだけのものだ。
 
 で、で、なんでこんなことを言いはじめたのかというと、
 歴史上の人物について、好感を持つって、
 どういうことで決めているんだろうって、思ったのよ。
 「課長は、やっぱり信長ですよねぇ」
 「そうなぁ、おれも短気だしなぁ」
 「切れ味はいいんですけど、血の気が多いでしょう」
 「そ、そうだな‥‥天下取っても短命かな、わははは」
 みたいなこと、いまの時代じゃ流行らないとは思うけど、
 沖田総司ファンだとか、勝海舟好きだとか、いまでも
 いるじゃないですか、典型的には坂本龍馬だけど。
 歴史のなかの、どんな時代でも、たいていは、
 けっこうご都合主義だったり、「なんでそうなるの?」
 みたいなことばっかりのようで、そういうなかで、
 どうしてある人物を尊敬したり憧れたりするかといえば、
 事を前にした「態度」が決め手のような気がするんです。
 こういうときに、こうした、こう言った。
 筋を通したにしても、こころで泣いて逃げたにしても、
 どう強かったか、どう正しかったか以上に、
 ぼくらが見ているのは「態度」なんだと思ったのです。
 信義だとか、友情だとか、義侠心だとか、優しさだとか、
 わりと昔からあるような、その人なりの原始的な倫理感。
 そういうものが人のこころの土台にはあるんだよなぁと、
 これまたいい悪いを別にして、思ったんですよねぇ。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
一部の人からは、だからダメなんだよ、と言われそうだね。
2017-10-24-TUE
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