what's new?
・ひとりの人間のなかには、ふたりの職業人がいる。
 プロデューサーとプレイヤーである。
 得意な仕事を思い切りやることが役割のプレイヤーは、
 写真機のように、目の前の景色を見ながら仕事する。
 このプレイヤーが仕事をするから、
 なにかがつくられたり、進行したり、得られたりする。
 もうひとりのプロデューサーは、
 現実を動かすプレイヤーに、するべきことを教えたり、
 先にどこに進めばいいのかを考える仕事をする。
 じぶんというプレイヤーに指示を出す人である。
 その視点は、上空からのドローンのようである。
 
 ひとりの人間は、基本的にプレイヤー(選手)なのだが、
 プレイヤーがどうしたらいいのかを考える
 プロデューサーがしっかりしてないと、
 力の入れ方やら、道筋の選び方が見当違いになりやすい。
 
 つらいトレーニングや、めんどくさい仕事をするときに、
 もうひとりのじぶんであるプロデューサーが、
 「これはどういう目的で、どうしているのか?」を、
 きちんとじぶんという選手に納得させ、
 「そして、こういう効果が得られるんだぞ」と、
 かなり先のビジョンまで示すことができたら、
 ぐっとこらえて乗り越えることができたりもする。
 
 ぼく自身も、そういうやり方をいつのまにかやってきて、
 「むら気でさぼりたがり」のプレイヤーを、
 プロデューサーが、なんやかやと励ましてきた。
 「チームを勝たせるには、おまえが必要なんだ」
 みたいなことを言って奮い立たせてきたのかな。
 いいコンビでやってきたような気はする。
 プレイヤーも、文句言いながらもがんばってきた。
 しかし、このごろわかったことがある。
 プロデューサーのじぶんには、弱点があるということ。
 この、じぶんというプロデューサーは、
 「プレイヤーを休ませたり励ましたりするのがヘタ」だ。 
 「どうした、がんばれ、大人だろ」と叱咤するばかりだ。
 プロデューサーのプロデューサーが、必要だと思った。
 ‥‥ただね、選手のほうのじぶんもナマケモノのくせに、
 妙に根性主義だったりするんだよなぁ。
 
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
でも、他の人には根性論を押し付けたりはしてないですよ。
2018-01-20-SAT
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