おいしい店とのつきあい方。

118ごきげんな食いしん坊。その12
えっ、それってボクのせい?

ずっと憧れていたレストランでした。

料理を作ることに対しては厳しく、
ときにホールまで調理人を叱咤する声を響かせてしまう
純粋なシェフ。
場の雰囲気を乱す無礼者には容赦ない厳しいマダム。
出入り禁止になってしまった人が沢山いるであるとか、
一見さんはお断りであるとか、
伝説めいた噂をもって語られた店でもありました。

たしかに雑誌やレストランの紹介本に
掲載されることもなく、店名だけがひとり歩き。
電話番号を知るすべもなく、
だから当然、予約をすることもままならない。

ボクの友人から、その店に行ってみないか‥‥、
と誘われたときには天にも昇る心地でした。
友人の名前は山田くんとしておきましょう。
「大人の財布を持ってこいよ」
と釘をさされて、ちょっと緊張しながら
山田くんと待ち合わせをする。
ちょっと気難しいマダムだけれど、
勧められるものをおいしいと
笑顔で食べていれば叱られることもないからな‥‥、
と連れて行かれたそのお店。
マダムの笑顔はやさしくて、
心配を裏切る、のどかで明るい空気。
料理に対する厳しさからか、
ときおり料理の提供が遅れるコトがあるものの、
料理のすべてが見事で特別。

ただ何よりスバラシイと感心したのが
お店に集まるお客様たちの優雅なふるまい。
互いがじゃまにならないように気遣いながら、
おいしい時間をたのしもうと、
レストランの中にいる人、ひとりひとりが協力しあう。
よいレストランの一部に進んでなろうと思える人だけで
出来上がっているステキな空間。
なるほど、「人を選ぶコト」で、
この店はこの店らしさを維持し続けている。
お腹と気持ちが満たされるに従って、
ボクは果たしてこの店に
「選ばれる存在」なんだろうかと気になった。

いかがでした?
と、やさしく声をかけるマダムに、
素晴らしかったと素直な感想を述べ質問します。

「このお店はやはりご紹介制と思えばいいのですか?」

マダムは言います。

本当はいろんなお客様に来ていただきたいの。
でも小さなお店でしょう。
それに、私たちがそもそも器用な方じゃないから、
いろんなお客様に喜んでいただくような
サービスができないで迷惑かけてしまうのが申し訳ない。
ありがたいことに、ずっといいお客様方に
贔屓していただいていて、
山田さんのように新しいお客様をお連れいただける。
気に入っていただいたお客様が
また新しいお客様を連れてきていただいて、
ちょっとずつだけどお客様が増えていく。
ありがたいことだと感謝しているんですよ‥‥、と。

ステキな考え方だなぁ‥‥、と感心しました。
このお店で「おなじみさん」と呼ばれたいなとも思って、
それでマダムに名刺をわたして聞いてみます。
「再来週の月曜日に、友人と一緒に来てみたいのですが、
予約をとることはできますか?」と。
マダムはニッコリしながら、
ジャケットのポケットからお店のカードを取り出して
ボクの名刺と交換に手渡し、言います。

山田さんのお友達ですもの。
よろこんで。
それになにより料理をおいしそうに召し上がられるコト。
厨房の中の主人にみせたいくらい。
見ていてワタシのお腹が空くほどでしたわ‥‥。
長いおつきあい、お願いいたしますね。
山田さん。
ステキな出会い、どうもありがとうございます。

憧れのお店の秘密の電話番号が書かれたカードは、
それからずっとボクの宝物になったのです。

そんな夢のような出来事から半年ほどが経ちましたか。
山田くんから電話があります。
声の表情が少々事務的で、
おそらく仕事途中のオフィスから
かけているんだろうとボクは思った。
第一声はこうでした。

「あの店が気に入ったみたいじゃないか‥‥」

と、話題は山田くんのお陰で
知ることができた件のレストランのコトでした。
お陰様で‥‥、とお礼を言うと、
いきなりこう切り出します。

「お前、あいつをあの店に連れて行ったのか?」

あいつというのはボクと山田くん双方の友人で、
大学時代には一緒に飲み食いをした仲。
ボクに劣らず、おいしいものが大好きで、
惚れ惚れするほどよく食べる。
飲めば明るくたのしくなって、会話もたのしい。
だからお店の人にも好かれるタイプの好漢で、
こいつならばあのマダムのお眼鏡にかなうだろうと思って
2ヶ月ほど前に一緒にいった。
そう説明すると、すごい剣幕でこう告げる。

そうだろうと思った。
実は昨日、あの店でばったり奴と一緒になったんだ。
しかもオレの隣の席で、美人とよろしく飲み食いしてた。
オレ、あいつと10年くらい前に大喧嘩して、
それから絶交してたんだ。
まさかあんなところで会うなんて。
そもそもオレが紹介してやった店に、
オレを通さず勝手に予約をして通い、
オレに内緒で人を連れていって自慢する。
あまつさえ、オレの嫌いな奴をワザワザ連れてくなんて、
オレに対する嫌がらせだよな。
お前をあの店に連れて行くんじゃなかった。
あいつに二度とあの店には行くなと
お前から言っておけよ‥‥、わかったな。

困ったコトになりました。
なによりあのレストランに対して
申し訳ないコトになったかもしれないな‥‥、
と思ってマダムに会いに行く。
おそるおそる。

また、来週。

サカキシンイチロウさん
書き下ろしの書籍が刊行されました

『博多うどんはなぜ関門海峡を越えなかったのか
半径1時間30分のビジネスモデル』

発行年月:2015.12
出版社:ぴあ
サイズ:19cm/205p
ISBN:978-4-8356-2869-1
著者:サカキシンイチロウ
価格:1,296円(税込)
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「世界中のうまいものが東京には集まっているのに、
 どうして博多うどんのお店が東京にはないんだろう?
 いや、あることにはあるけど、少し違うのだ、
 私は博多で食べた、あのままの味が食べたいのだ。」

福岡一のソウルフードでありながら、
なぜか全国的には無名であり、
東京進出もしない博多うどん。
その魅力に取りつかれたサカキシンイチロウさんが、
理由を探るべく福岡に飛び、
「牧のうどん」「ウエスト」「かろのうろん」
「うどん平」「因幡うどん」などを食べ歩き、
なおかつ「牧のうどん」の工場に密着。
博多うどんの素晴らしさ、
東京出店をせずに福岡にとどまる理由、
そして、これまでの1000店以上の新規開店を
手がけてきた知識を総動員して
博多うどん東京進出シミュレーションを敢行!
その結末とは?
グルメ本でもあり、ビジネス本でもある
一冊となりました。

2017-06-29-THU