おいしい店とのつきあい方。

119 ごきげんな食いしん坊。その13
「ボクがこの店を守ります」という人々。

母が言います。

東京から今の小さい町に引っ越してきて、
ありがたいなぁ‥‥、と思うと同時に、
わずらわしいわと感じるコトが、
人間関係が親密なコト。
街が小さい。
商店街を歩くと知り合いに会っちゃうの。
お店の数が少ないでしょう‥‥、
話題のお店となるとなお、少ない。
だからオキニイリのレストランにいくと、
やっぱり誰かに会っちゃう。
しかも、苦手な人ともばったり
お店で会うことがあるのよね。
それが田舎暮らしのわずらわしいとこ。

苦手な人を見つけたときは、
お店の人にお願いして席をちょっと変えてもらう。
空調が効きすぎて寒いから、
あちらのテーブルにしてくださらないかしらとか、
個室が空いていたらいただけない? とか、
言い訳をしてわずらわしくない距離感をとる
工夫をするのだけれど、
佐藤さんに紹介してもらったそのお店では
そんなワガママはいえないの。

‥‥、って。

けれども、先週お話しした、
「山田くんに紹介してもらった、憧れのレストラン」は、
どのテーブルに座っても、
お店のほとんどすべてをみわたすコトができる構造。
テーブルの数は8つほど。
お店を仕切る壁もなければ仕切りもなくて、
逃げ場、隠れ場のない空間でした。
しかも、その日の予約状況にあわせて
テーブルの配置が変わる。
今日はにぎやかな夜になりそうだなぁ‥‥、と思ったら、
テーブル同士をちょっと離して配置したり、
2人連れのお客様が多いときには
テーブル同士の目線がなるべくかち合わぬよう
椅子の位置に注意をしたりと、
お客様が快適に食事できるよう入念に準備をします。

そもそも、お店から
「こちらの席をご用意しました」と案内されるテーブルは、
お店の人が考え抜いたテーブルで、
だから気軽に「変えてください」とはいいづらい。

それでもときおり、
今日はお隣さんに恵まれなかったってコトが起こる。
不機嫌なお客様だったり、グルメ自慢をはじめる人たち。
そんなときには、選べぬお隣さんに負けないように、
いつも以上にゴキゲンな話題で
のりきる努力をするのですね。
それがたのしい。
逆に、ボクたちが座ったテーブルが
他のお客様にとって
邪魔なテーブルにならないようにと、気を配る。
だからこの店の空気になじまぬような人には教えない。
ただ紹介するだけでは心配だから、
まず一緒に行って食事をし、
お店の雰囲気が合うか、合わぬかを感じてもらう。
「いい店だね‥‥、また来てみたい」
という言葉を彼らの口から聞いてはじめて、
紹介するコトを、ボクは徹底してた。

ほとんどの人は、こうした手順で
このお店のお客様となったのだろうと思います。
そしてこの店の優雅で特別なムードは、
そこに集まるお客様との協力なしには
保てないんだというコトを、みんなは学ぶ。
だからお店のムードはずっと守られる。
ボクも学んだ通りふるまい、
ここにふさわしいと思う人だけを選んで
紹介してきたつもり。
なのになんだか、お店に迷惑をかけることになって
ごめんなさいネ。
まさか、山田くんと、ボクが紹介した彼が
仲が悪いなんて思いもよらなかったんですよ‥‥、
とマダムに会ってまず謝った。
山田くんと仲の悪い友人を、
仮に高橋くんとしておきましょう。

「実は高橋さんには気に入っていただけたようで、
随分頻繁におこしいただいているの。
なかなかの食べっぷりで、お話もたのしくて。
その度、ステキなお客様をお連れになって、
ありがたいなぁ‥‥、って思っていたの。
たまたま山田さんと隣合わせのテーブルに
なったときなんて、
『東京の街も食いしん坊にとっちゃ、
小さい街なんだなぁ‥‥』なんておっしゃって、
案外仲が良さそうにその場は見えて、
和気藹々なムードだったの。
ところがあとで、山田さんが電話してきて、
高橋さんを紹介したのは誰なんだって聞くのね。
サカキさんがお連れになりましたのよ‥‥、
って言ったら、
『あいつらは昔から仲が良かったから。
自分だったらあいつをマダムに
紹介することなんかしなかったろうなぁ‥‥。
そもそもサカキくんを紹介したのは自分だから、
勝手に友だちを紹介するなんて無礼千万。
まず自分に相談するべきなんだ。
お客様が変わると、店の性格が変わってしまう。
ずっとボクの好きなお店でいてくれるよう、
マダムとこの店をずっと守りますよ‥‥』、って。

その時、思ったの。
あら、この人、ちょっと厄介な人かもって。
実はワタシの方がサカキさんに
相談したかったくらいなの‥‥」

マダムは続けます。

「そもそもワタシ、『紹介』っていう言葉が嫌いで、
自分では絶対使わないの。
うちのお店のコトを『紹介制レストラン』とかって
言う人もいるみたいだけど、
そんな閉鎖的でお高い感じの店とは
ゆめゆめ思ってないから、迷惑です、って、
そういう人にはずっと言ってる。
とは言え、お店をずっとやりつづけるためには
新しいお客様に来ていただかなくちゃいけないでしょう。
普通の店なら宣伝をする。
けれど小さな店だし、
好き嫌いのはっきりする店でしょ‥‥、
だから結局、お客様がご友人をお連れいただくコトで
お客様が増えていく。
当然、ワタシの店のムードを壊すようなお客様や、
他のお客様を不快にさせるお客様には
来ていただきたくないから、
しっかり、ひとりひとりを見極める。
ワタシは命がけでこの店のコトを守っているの。
なのにまるで自分だけが
ワタシの店のコトを守っているような
物言いをする人を、これからも、
変わらず笑顔でもてなすことができるかどうか
ワタシは不安で、不安で」

気持ちが顔に出ちゃう、接客業に不向きな性格‥‥、
と自分で自分をいつも評する
マダムならではの悩みを聞いて、
果たして飲食店は誰のためにある場所なんだろうって、
はたとそのとき考えた。
母もかつて父とふたりで
飲食店を経営していたマダムと同じ立場の人です。

また来週に続きます。

サカキシンイチロウさん
書き下ろしの書籍が刊行されました

『博多うどんはなぜ関門海峡を越えなかったのか
半径1時間30分のビジネスモデル』

発行年月:2015.12
出版社:ぴあ
サイズ:19cm/205p
ISBN:978-4-8356-2869-1
著者:サカキシンイチロウ
価格:1,296円(税込)
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「世界中のうまいものが東京には集まっているのに、
 どうして博多うどんのお店が東京にはないんだろう?
 いや、あることにはあるけど、少し違うのだ、
 私は博多で食べた、あのままの味が食べたいのだ。」

福岡一のソウルフードでありながら、
なぜか全国的には無名であり、
東京進出もしない博多うどん。
その魅力に取りつかれたサカキシンイチロウさんが、
理由を探るべく福岡に飛び、
「牧のうどん」「ウエスト」「かろのうろん」
「うどん平」「因幡うどん」などを食べ歩き、
なおかつ「牧のうどん」の工場に密着。
博多うどんの素晴らしさ、
東京出店をせずに福岡にとどまる理由、
そして、これまでの1000店以上の新規開店を
手がけてきた知識を総動員して
博多うどん東京進出シミュレーションを敢行!
その結末とは?
グルメ本でもあり、ビジネス本でもある
一冊となりました。

2017-07-06-THU