HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN 謎の爺 と ふしぎな「どうぶつたち」。80歳の版画家・望月計男さんの作品がすごい。
望月計男(かずお)さん、80歳。
そのお名前をインターネットで検索しても
「素性」については
ほとんど、何の情報も出てきません。
代わりに「これ‥‥なんだ?」と思わせる
ふしぎな魅力の「どうぶつたち」の絵が、
ちょっとだけ出てくると思います。
30年、シルク職人を勤め上げ
退職後にはじめた「銅版画」に入れ込んで
御年80歳にして
初の画集を製作中の「謎の爺」なんです。
望月さんの「どうぶつたち」の作品が
とっても素晴らしかったので
版画のことや、これまでの人生のこと、
いろいろ、うかがってきました。
担当は「ほぼ日」奥野です。
2015年4月18日、望月計男さんが急逝されました。
この記事の原稿をチェックしていただいた数日後の、
突然のできごとでした。
版画家・望月計男さん最初で最後のインタビューである
このコンテンツは、
生前の望月さんにご確認いただいた、そのままの内容で
掲載させていただこうと思います。
たくさんの、ふしぎで魅惑的な版画作品を残しながら
最後まで「謎の爺」のまま天国へと旅立ってしまわれた
望月計男さんのご冥福を、お祈りいたします。
望月計男さん プロフィール
第4回 2年後、個展をやりたい。2015.5.14.THU
第3回 この歳ではじめて売れた。2015.5.13.WED
第2回 うまくいかなかった10年。2015.5.12.TUE
第1回 謎の爺。2015.5.11.MON
謎の爺 と ふしぎな「どうぶつたち」。目次
──
2013年に開かれた望月さんの作品展
「どうぶつたち」のことを
知り合いがFacebookで紹介していて
「わ、実物を見てみてたい!」と。
望月
ああ。
──
すぐに、この「Hasu no hana」という
ギャラリーにうかがいました。

すると、単に「かわいい」だけじゃない、
見る者をゾワゾワさせるような、
ふしぎな魅力の「どうぶつたち」の作品が、
額装もせず、壁にぺたぺた貼ってあって。
望月
ええ。
──
じーっと見てると
あちらからもじーっと見られてるというか
そんな魅入られるような感覚もありつつ、
「連れて帰りたい」
というような「親しみ」も感じたんです。
望月
そうですか。
──
作家さんについては、どのような人なのか、
何の予備知識もなく来たんです。

何しろ「望月計男」というお名前を
ネットで検索しても
情報がほとんど出てこなかったので。
望月
でしょうねえ。
──
そしたら展覧会場の隅っこのほうに
ご本人がちょこんと座っていらして、
失礼ながら
「え‥‥このおじいさんが!?」と。

作品の感じが、何となく今っぽいし
若い人かなとばかり思っていたんです。
望月
こんなジジイですよ。
──
びっくりしました。
望月
パソコンのことはわかんねえけど
インターネットに出してもらったらさ、
イタリアに住んでる娘が見て
「ぜんぶ、わかったよ。
 親父のこと、ぜんぶわかった」って、
そう言ってた。

娘も、図案やってるもんだからさ。
よかったよ、出してもらって。
──
ネットで検索しても
ほとんど素性の分からないおじいさんが
こんな版画をつくっているとは
「謎すぎて、すごい!
 世界ってまだまだ広い」と思いました。
望月
そうかい(笑)。
──
聞きたいことは山ほどあるんですが
まず、あの「どうぶつたち」は
どのように、生まれてきたんですか?
望月
まあ、もともと俺は版画じゃなくて
若いころは抽象とかやって、
春陽会や読売アンデパンダンへ出品したり
まあ、いろいろ失敗ばっかり、
人生、失敗ばっかりしてきたんだけど、
仕事を辞めてから
多摩動物園へ通うようになったんです。
──
退職後に、動物園に。
望月
そう。多摩動物園ってな、すごいんだ。

写真の人なんかと話したら
1年のうち200日ぐらい来てんだよね。
写真、写しにさ。
──
動物の写真を撮りに?
望月
ゴリラならゴリラだけ、
ユキヒョウならユキヒョウだけを
ずーっと狙って、
1年中、写真を写してんですよ。
──
お好きなんですかね。
望月
まあ、好きっていうか、
写真集を出したりしてる人もいるけど
朝から来てさ、
動物が、10時半ごろまで動くんだよ。

で、昼になってやつらが寝ちゃうと、
人間も酒を飲んで‥‥。
──
やることなくなりますもんね(笑)。
望月
3時半くらいまで寝てるわけ、おたがい。
そのあと、
3時半から5時くらいまで動き出すから‥‥。
──
人間もまた撮影をはじめる、と。
望月
そうそう。その点、俺なんかはさ、
いちばん通ってたときでも
せいぜい、1年に30日くらいなもんだしさ。
──
それでも多いですよ(笑)。
望月
まあ、うちで寝転がってたって
ばあさんが「粗大ごみは困る」って言うし、
年間券だったら
1800円だかそれくらいで入れるから。

朝から晩まで、さ。
──
つまり動物の版画作品をつくるために
お仕事を退職したあと、
多摩動物園に通ってたってことですね。
望月
そうです。
──
版画をやりはじめたのも、退職後?
望月
そう。動物の前は、人間の顔をやったんだ。
12年くらい前に「人間の顔」だけをね。

それで、はじめての個展をやったんだけど。
──
顔。
望月
そう、そこらのばあさんのイヤな顔とか、
そこらの親父のイヤな顔とか、
道っぱたの酔っぱらいの、イヤな顔とか。
──
イヤな顔ばっかり‥‥。
望月
銀座の養清堂って画廊でやったんだけど、
1枚も売れなくてさ。

‥‥いや、1枚か2枚、誰かに売れたか。
──
売れたのは、誰の顔だったんですか?
望月
裸婦だったかな。
──
裸婦のイヤな顔‥‥。

そもそも望月さんって、引退される前は、
何のお仕事をされてたんですか?
望月
はじまりのはじまりは、
芹沢銈介(けいすけ)のとこに2年いて。
──
芹沢銈介さんと言うと、
柳宗悦さんの「民芸運動」で活躍した
静岡のほうに美術館もある、あの。
望月
そうそう、染色工芸のね。
川端康成の『雪国』の装丁とかもやってた。

最後の仕事を俺がやったりとか、
まあ、死ぬまで付き合ってたんだけど。
──
どういう人だったんですか。
望月
そうだねえ‥‥とあるね、
芹沢さんがデザインやった作品をさ、
俺がシルクで刷ったんだけど
朝の4時ごろに来て
「どうしても紙の色が気に食わねえ。
 また9時ごろ、
 車で取りにくるからなんとかしろ」
つうんだよね。
──
ええ‥‥朝の4時にですか。
望月
俺はね、その前にね、4日くらい
仕事で寝られなかったわけ、あんまり。
──
4日も。
望月
ま、それはいいんだけど‥‥。
──
いいんですか(笑)。
望月
もう徹夜も3日目だってときにね、
俺だって寝てえからさ
庭にホルマリン撒いといたんだよ。

ほれ、ホルマリン撒いときゃあさ、
目がヒリヒリ痛くて
芹沢さんも近寄れないだろうと思ってさ。
──
大丈夫ですか、それ(笑)。
望月
入ってこられないようにしたわけよ。
こっちだって寝たいから。
──
猛獣対策のようです。
望月
そういう人だったよ。

でね、やっぱりさ、わかったのは
人間、2日ぐらい徹夜しても大丈夫だけど
3日目以後はダメだよ。
──
そりゃそう‥‥いや、そう思いますよ。
でも、そういう結論ですか(笑)。
望月
いまでこそ芹沢銈介っていやあ偉い人だし、
美術館までできてるけど
そんなふうに
俺らとやってるころは、飯食えてなかった。

棟方志功だって
まだ、食えてなかったんじゃないかな、飯。
──
そういう時代だったんですね。

で、すみません、望月さんの「素性」が
まだわからないのですが、
その芹沢さんのところの2年のあとは?
望月
まあ、その後8年くらい遊んだんだけど、
最終的には、シルク屋だよね。
──
シルク屋というのは、シルク職人さん?
望月
そう、定年までの30年、
シルクでシャツなんかに手刷りしてたよ。


<つづきます>
2015-05-11-MON
望月計男さんの「どうぶつたち」が作品集になります。
2013年の秋、大田区鵜の木のギャラリー
「Hasu no haha」で開催された
望月計男さんの「どうぶつたち」展。
幸福な偶然のように観た人たちのあいだで
静かな話題となっていた作品たちが、
今、一冊の作品集としてまとめられています。
完成は、今年の夏を予定しているそうです。
基本的に一般流通はせず、
ギャラリー「Hasu no hana」での販売に
限られる予定とのこと。
望月さんは亡くなってしまいましたが
作品集が完成すれば
あの、ふしぎな魅力の「どうぶつたち」を
みなさんに、見てもらうことができます。
これは、とてもうれしいことです。
こちらのページで、予約が可能とのこと。
もし、ご興味ありましたら。
(ほぼ日・奥野)