第9回:コントから学んだこと。

糸井
又吉さんの小説には
「師匠」と「徳永」という
2人の芸人さんがいますが、
どちらも又吉さんご自身ではないですよね。
又吉
そうですね。
糸井
すごいなと思ったのは、
小説の中で描かれているお笑いのネタが、
すごく受けるネタとして登場させるものと
そうじゃないものと
バランスがとれているところなんです。
絵の具で色づけたような
おもしろさのグラデーションが、
ちゃんとついてる。
又吉
あ、本当ですか。
糸井
これは小説家には書けないだろうなと。
相当気をつけられたでしょう、そこは。
又吉
そうですね。
出会いの場面で言うと、
まだハタチと24ぐらいの2人で、
書いてる当事者のぼくは34歳なんです。
芸人になって15年目のぼくが
2人の会話を真剣に考えてしまうと、
おそらくハタチと24歳の会話にならない。
糸井
よすぎちゃいますよね。
又吉
はい。そこはすごく気をつけました。
特に、若い「徳永」のほうは、
最初は粗さみたいなものを強調して、
年齢が上がってくると、
いろんな「師匠」以外の人としゃべって、
常識がだんだんわかっていくという設定にしたり。
お笑いの部分でも、
あまりにもおもしろくしすぎた部分はカットして、
そういう部分では気を使いました。
糸井
ものすごくおもしろいものを混ぜ込んだら、
読者は喜んでくれると思うんだけど、
そこはあえて登場人物に合わせて
カットしなきゃならない。
そこの理性って、
「サッカーうまいですね」っていうか。
又吉
(笑)
糸井
「左足でプロになりましたね」っていうか。
又吉
(笑)
きっと、コントをやっていることが
大きいんです。
漫才だと自分が一番おもしろいと
思うことができるんですけど、
コントだと、たとえばぼくが
化け物役をやるときっていうのは、
化け物が持ってる世界の中でしか
ボケたらダメなんです。
化け物とぼくが全力で戦ったら、
ぼくが勝っちゃう可能性があるんです。
でも、そっちを選ばないで、
化け物は化け物の言葉で
しゃべらなアカンというのが
コントでは常識としてあるんで、
それは小説でも多分同じことかなと。
糸井
落語だと、登場人物の首の振り方にも
様式がしっかりとあって、
それを破っちゃうとお客さんが混乱するんだけど、
それと同じようなことが
コントの中にも
ルールとしていっぱいあるわけなんだね。
又吉
そうですね。
糸井
そこである程度、鍛えてるわけだ。
又吉
多分、それは慣れになっているかも
しれないですね。
糸井
相当できてましたよ。
で、おもしろかったのは、
女の人のことを
ちょっと上に持ち上げて書いていますよね。
おそらくあの登場人物たちにとっては
女性がああいうふうに見えてるんでしょう?
又吉
そうなんです。
糸井
そこのところも
加減が難しかっただろうなあ。
又吉
34歳のぼくの常識でいくと、
ああいうふうに女性を書くのは、
女性に対していろいろ求め過ぎてて
ダメだと思うんです。
いまのぼくだったら
女性の逃げ場をもっとつくるし、
失敗も許すと思うんです。
でも、あの若い「2人」は若いし、アホやから(笑)。
ぼくだって若いころは
女性に対して求めてるものが大きかったし、
そこも彼らの目線で書こうと思ったんです。
糸井
その抑制が効いてるんじゃないかと
思ったときに、
これはすごくおもしろいものを
読んだなぁと思って。
又吉
ありがとうございます。
糸井
それこそ腕を見せたくなっちゃったら、
あの女の人をもっと書きますよ。
でも腕を見せちゃうと、
あの子たちの青春ドラマが壊れちゃう。
つまり「俺ってすごいやろ」の
又吉物語になっちゃうんです。
又吉
そうですね。
糸井
それやりたかったらエッセイで
「女の人は恐ろしいんです」って
書けばいいんですよね。
又吉さんの小説は、
下手に使うと嫌な言葉なんだけど、
「品がよかった」んです。
つまり「俺ってすごいやろ」というのを言わないで、
ちゃんと静かにしていられるんですね。
小説を書く人って、
その世界全部の王様になれるわけだから、
力量を超えたものにしたくなったり、
腕を過剰に見せたくなったりしがちなんだけど、
それをしないで、
ちゃんと最後まで読ませるっていうのはすごい。
小説を褒めるのってなかなか難しいんだけど、
「作者のそういう品のよさがぼくは大好きです」
というふうなことを、ずっと言いたかったんです。
又吉
ありがとうございます。
糸井
多分、普段もきっとこの人、
こうなんだろうなと思ったんです。
ちょっとね、みんな
「悪い」人が小説家になるって
思い込んでると思うんです。
又吉
ああ、はい。
糸井
「小説家だから意地悪な目を持ってる」とか、
「日常では普通にしてるけど、
 実は小説を書く人だから、
 影の部分をちゃんと見透かしてるんだよ」みたいな。
それはちょっとネガティブなほうに
価値を置き過ぎだと思う。
ポジティブだけど、
見るべきところは見てるって人、
山ほどいるわけで。
又吉
そうですね。
糸井
(後ろを振り返って)
いまお話しているこの「TOBICHI2」の
裏ってお墓なんですよ。
お墓があると言ったって、
別に何でもないことじゃないですか。
幽霊がいると信じてる人にとっては
大きいことかもしれないけど。
で、こうやってお墓を景色にしちゃうのは、
お墓の恐ろしさを知らないからじゃなくて、
「知ってるよ、そんなこと。
 だけど、いいじゃない、ここ」っていう。
自分が持ってるそういう部分と
又吉さんの小説とが、
なんだか共振したんですよね。
それがすごくうれしかったです。
自分には書けないです、あれは。
ぼくはもうちょっと見栄を張ると思う。
又吉
そうですかね(笑)。
そんなことないと思いますけど。
糸井
「こういうのを人は喜ぶよね」という
稼ぎどころみたいなものが
まだ、ぼくの中に
悪い意味で残ってると思うんです。
だから、又吉さんがコントで
やってこられたことと同じように、ぼくも、
「このあたりで人が
 ちょっと点入れてくれるな」というところを、
どの分量交ぜるかって考えちゃうし、
そこがちょっと下品になるんじゃないかな。
だから、又吉さんのほうが
性格がよくて小説家としていいなあと。
又吉
性格いいとは思わないですけど(笑)。
糸井
いいっていうのとは違うのかもしれないけど、
何て言うんだろう、落ち着いてますよね。
又吉
はじけたいですけどね。
糸井
はじける‥‥うーん、
そんなの治す注射もなさそうだな(笑)。
(つづきます)
2015-04-09-THU