第10回:又吉さんの距離感。

糸井
もう2作目とか書いてますか。
又吉
いや、まだ書けてないです。
糸井
周囲からの要望は当然あるでしょう?
又吉
そうですね。
ぼくは何も考えてなかったんですけど、
『文學界』に載った後の反響が
思っていたよりはるかに大きくて、
急に怖くなって、
ちょっと、書きにくくなったんです(笑)。
糸井
書きにくいですよね。
又吉
本来なら1作目を書く前に
この感覚になると
みなさん思ってたと思うんですけど、
わからなかったですね、最初は。
糸井
これは、その人その人の判断だけど、
2作目を書かない権利は自分にありますから。
又吉
そうですね。
糸井
どうしてもそこを間違えちゃう人が
多い気がするんです。
サッカーで全国大会に出ても、
プロにならない権利は
自分が持ってるじゃないですか。
で、もっといいものを書けるかもしれないけど、
書かない権利も自分にあるし。
又吉
選べるんですよね。
糸井
選べる。
多分これから自問自答をされると
思うんですけど。
又吉
そうですね。
まあ、でも、ちょっとしたら
書きたくなると思います。
糸井
さっきの話で、
中学生の又吉さんが
『ドラクエ』の呪文を
しゃべり合ってる友達に、憧れを持って
横で聞いてるという状況って、
なんか、すっごくおもしろいね。
又吉
そうですか(笑)。
糸井
うん。個人的には
そういう構造の小説を読んでみたい気が。
又吉
ああ。
糸井
だって、いまのお笑いの中でも、
又吉さんは芸人だけど、
芸人さんたちの論争の輪には
入ってないじゃないですか。
又吉
そうですね。
糸井
しゃべってるのを
隣で聞いてる人じゃないですか(笑)。
その距離感というのは、なんか、いいですね。
又吉
教室で呪文をしゃべってた彼らに
ぼくは秘かに憧れてたんですけど、
でも、教室内での、
周りが勝手に下す基準で言うと、
ぼくはそのラインには入ってないんです。
サッカー部なんで。
だけど、ぼくみたいに彼らを評価してる人は
そんなにいないんです。
で、同時に、ぼくはすごく恐れてるんです。
たとえば、友達にネタ振られて、
クラスのみんなを笑わさなきゃ、ってなったときも、
彼らが笑ってるかどうかがすごく気になるんです。
糸井
あぁ、そうでしょうね。
又吉
そのころ、修学旅行で
それぞれ何か出し物をすることになって、
先生から、
「あいつらはまだ何も考えてないから、
 又吉、ちょっと考えたってくれ」
って言われたことがあって。
ぼくからしたら
そいつらにネタを考えるなんて、
すごく怖いことなんですよ。
糸井
うんうん。
又吉
で、ぼくは歩み寄って、
「先生に言われたし、
 ぼくが考えさせてもらってええかな」と言って、
緊張しながら書いて持って行きました。
で、まあ、なんとなく
台本読んで読み合わせして、
修学旅行に行く前々日ぐらいに、
「1回ちょっと合わせてるところが見たい。
 公園で6時に待ってる」と言って約束して、
行ったんですけど、来ないんです。
8時ぐらいまで待っても来ないし、
その後も特に「ごめん」とか言ってこないんです。
糸井
向こうがビビったのかな。
又吉
いや、どういうことなのかわからないです。
で、本番見たら、ぼくが言ったやつを
ほぼ完璧にやってるんです。
糸井
はぁー。
又吉
で、彼らのことがさらに怖くなったんです。
どういう考えを持ってるのかもわからなくて
ぼくの中でずっと、
「あいつら一体何なんや」って。
糸井
そういう人が、
本当はほとんどなんじゃないですか?
ぼくも若いときに、すごく無口な
アートディレクターみたいな人がいて、
オシャレで、カッコよくて無口で、
何か言うと「うん」って笑ってて。
で、その人がどうすごいのか
よくわかんないんだけど、
なんだかすごいような気がするなあって
思ってたんです。
そのことを当時、営業だった人に
聞いたことがあるんです。
「あの人、何考えてんだろうね」って
ぼくはワクワクしながら言ったわけ。
そしたら、
「何も考えてないんじゃない?」(笑)。
又吉
(笑)なるほど。
糸井
営業の人のリアリズムでは、
それは何も考えてないということなんです。
ぼくは、「あれは何か考えてる」と思うのが、
ぼくなんです。
で、本人は本当に何も考えてない(笑)。
又吉
そうなんですね。
ぼくはやっぱりコントが好きやったし、
自分がいつも考えているから、
「何か秘密がある」とか、
「あいつらの中に
 何か葛藤があって話し合いがあって」とか
思っていましたけど‥‥
向こうからしたら、
「面倒くさいし、行かんとこ」
みたいなことだった‥‥と。
糸井
そうそうそう(笑)。
ふだんの関係のなかで
その人のことを定義してしまうからね。
でも、事実を1個ずつ取り出すと、
案外つまんないことだったりするんですよ。
又吉
なるほど。
糸井
営業の人たちってまさしく
そこを理解しているんです。
「モノポリー」という
土地売買の交渉をするゲームがあるんだけど、
やったことがないやつを交ぜて一緒にやると、
そいつがうまいことやるわけ。
交渉事だから、何が得で何が損かを判断するのは、
本当はものすごく難しいんです。
だけど、彼は当たっている。
で、終わってから、
「なんでそんなにできるの?」って聞いたら
「ぼくは何もわかんないんで、
 相手がしゃべってるときの目を見てるんです」。
又吉
へぇ。
糸井
目を見ていると、
「あ、いま、やったほうがいいな」
っていうのがわかるって。
それはつまり、超実用の考えじゃないですか。
又吉
はいはい。
糸井
又吉さんとかぼくとかは
その超実用の考えを持ってないんですよ(笑)。
又吉
そうかもしれないです。
すべてに意味を求めて、
自分の目を通しちゃってるんです。
糸井
そうだと思う(笑)。
だけど、そのことを知っても、
そういう人間にはなれないんだよね。
又吉
そうですね、なかなか。
糸井
呪文を言ってる友達を
見ている又吉さんが、又吉さんですよねえ。
ずっとそういう資質があって
やってきたんだと思うんです。
だから、小説も本当によかったです。
ぼく、ここしばらく小説を読んでなかったんです。
でも、正月にフッと気が向いて
佐藤正午さんの本を読んだんです。
そしたら、何て言うんだろう、
1行ごとに、文章を書くことが
好きでしょうがないっていう感じが伝わってきて。
それを読んだら正月が
すごくたのしくなっちゃった。
で、その勢いで『火花』を読んだんです。
又吉
あ、そういうきっかけがあったんですね。
糸井
呼び水みたいにね。
この『火花』って小説も
誰かにとってそうなるんじゃないかと思います。
「あ、小説っておもしろいなあ」
と思ってくれる人、
ずいぶん増えると思いますよ。
又吉
うれしいですね、そうなれば。
ビビってますけど。
糸井
たのしみですよ。
いや、本当にありがとうございました。
又吉
こちらこそ、ありがとうございました。
写真
(終わります)
2015-04-10-FRI