「おじぎの角度」や「あいさつの仕方」。
だいじなところは、そこじゃない。
わかっているけど、やっぱり「不安」!?
そこで、「就職」や「キャリア」の第一人者
神戸大学の金井壽宏先生に
糸井重里が、いろいろ聞いてきました。
むずかしい話? いえいえ、そんなことはありません。
ちからを抜いて、お読みください。



第1回 節目だけ、決めたらいい。
第2回 「公私混同」して働こう。
第3回 「いい会社」の条件とは。
最終回 「夢」と「希望」の就職論。









金井 職業柄、いつも学生と接していますし、
自分の研究テーマ的にも
採用担当や人事部の役員と
会ったりすることが多いんです。
つまり、僕は
採る側と採られる側、両方を見ているんですね。

で、採られる側の学生が
いま、いちばん気にかけてるのは、
自分をどう表現していいかわからないときに、
面接で「素のままの自分を」と言われても、
それが本音なのかどうかわからない、
ということだと思うんですよ。
糸井 ええ。
金井 だから、まわりがそうしているし、
自分に自信もないから
面接の「公式」のようなことに
気をもんだりしてる。

たまに、外れてるように見える人も
じつは、戦略的にそうしてる感じですね。
みんな黒っぽいスーツだから、ちょっと違えたとか。

つまり、学生のほうで
素直じゃなくなっちゃってるようなところが
見受けられるんですよ。
もう一歩でも、自然に、素でいきましょうよと
言いたいですね。
糸井 以前、河野晴樹さんという
民間の人事のプロのかたにお聞きしたら、
面接官が見ているのは
おじぎの角度や
あいさつの仕方なんかじゃなくて
「何をいちばん大切にしているか」
その1点だと、おっしゃっていました。
金井 ええ、「御社」だとか
「わたくし」だとかいう言いかたなんて、
ふつうに考えたら、
会社へ入ってから覚えればいいことですよね。
そういうことを練習してること自体、
おかしいことだと思います。

あるいは、
10年後に自分はどうなりたいか、
なんてことを説明する練習をしたりとかね。
糸井 その点は、同じご意見だと。
金井 僕の研究仲間のうち、
学生にいちばんいいメッセージを送ってるな、
と思うのは、慶応大学の高橋俊介さん。

彼が言っているのは
「10年先の自分を思い描いてください」
みたいなことを
つい、人事部の担当者も聞いてしまうし、
学生の側も、
そういうことを聞かれた場合に備えて
準備なんかしていますけれど、
「10年後のこと」なんて
人事担当の側でもわかりはしないんだ、と。
糸井 確かに、そうでしょうね。
金井 慶応の研究所で行ったリサーチで、
「では、その10年後に
 どんな人材に入ってほしいか」という問いに、
人事部の担当者は
なかなか答えられなかったそうです。

つまり「10年後にどんな人に入ってほしいか」を
人事部の側で答えられないのに、
目の前にいる若い学生にたいして
「10年後、どうなっていたいか」なんて聞くのには、
やっぱり、無理があると思うんですよね。
糸井 うん、うん。
金井 だから、高橋さんが言っているのは
あんまり深く自分を見つめようとするよりも、
あくまでも自然体で臨んだらいいんだ、ということ。

面接官のほうが人を見る目はあるはずだし、
多少、世に言われている「公式」どおりやらなくても、
そのままの自分を見てもらって、
それでOKというところに、まずは入社して
元気にやったらいいんだ、ということなんですね。

さらに、アメリカの学者で
ジョン・クランボルツという大先生がいるんですけれど、
この人なんかは、もう
「偶然でなんとかなる」なんて言ってるほど。
糸井 いいですねぇ(笑)。
金井 わたしも、偶然の要素に任せることは
必要なことだと思っています。

でも、すべてを偶然に任せるんじゃなくて
キャリアのなかの「節目」だけは
自分でデザインしなければならない、
と思っているんですよ。
糸井 デザインというのは、つまり‥‥。
金井 選びとる、ということです。

節目のうちの最初のものが「就職」ですよね。
最後の節目は「退職」ですから、
このふたつぐらいは、
だいたいみんな、意識するんですよ。

でも、そのふたつのあいだに、
いくつかの「節目」がくるんです。

そして、その節目を彩るキーワードが、
半分が「不安」で、もう半分が「希望」なんですね。
糸井 その「キャリアの節目」では、
なにを問いかけるべきなんですか?
金井 自分はなにが得意なのか。
どういうことをやりたいのか。
どういうことをやってる自分だったら
意味あることをやってると、感じられるのか。

つまり、自分の能力に関するイメージ。
それと、動機や欲求ですね。
糸井 なるほど、うん。
金井 そのジョン・クランボルツ先生のいう
「だいたいは偶然でなんとかなるもんだ」
ということと、
僕の考える「節目をデザインする」という考えは
両立すると、思っているんです。

つまり、人生のなかの「節目」だけは
きちんと自分でデザインして、
そのあいだあいだは、偶然に任せればいい。
いきおいにのって、十分な努力もしてね。

つまり、第一志望の会社じゃなかったとしても
まずは「入ってみる」という選択を
してみたらいいんじゃないか、と思うんです。

で、入って頑張ってみたら、
思いもよらないチャンスもあるだろうし、
単純に「おもしろい」かもしれない。
頑張る姿は、いつも美しいし、
その姿が古くさくなることはありませんよね。
糸井 逆に、よっぽど今のままでは
違和感があるな、と思ったら‥‥。
金井 そのときには、
次の「節目」が来ているんですよ。
糸井 そこでまた、「デザイン」すると。
金井 そうです。

つまり、迷ったり、悩んでいるよりも
まずは「きちんと歩く」、つまり頑張ることのほうが、
ぜんぜん大事だと思うんです。

せっかく、ある企業から内定をもらったのに、
その企業が自分に合ってるのかな、
なんて迷うよりも
とりあえずは入社して、頑張ったらいい。

で、1年くらい頑張ってみた、
でも、やっぱりダメだと思ったら、
その人の場合は、最初のキャリアの節目が
けっこう早めに来たんだということ。

そこでもういっぺん、考えたらいいんです。
糸井 逆にいうと、
偶然に身を任せたなかでの「イエス」でも、
その一言は、自分自身で選ぶべきなんだ、
ということですね。
金井 人生全体でみても
節目なんてそうそう、あるわけじゃないんです。
だいたいは「偶然」でいいんですけど、
何回かの節目だけは、自分で選びとる。

だから、就職活動がどんなにしんどくても、
それはそれで、頑張るに値するなと
思えるんじゃないでしょうか。

<続きます>




2007-06-04-MON