続・会社はこれからどうなるのか?
岩井克人×糸井重里対談篇
『会社はこれからどうなるのか』(岩井克人/平凡社)
これは、いま読むべき、とても重要な本だと思いました。
経済学のプロ中のプロが持っている重要な知識を、
1冊で「素人の知識」として受け取ることができるから。

「会社」を経営する人も、「会社」で働いている人も、
「会社」からモノやサービスを買う人も、
「会社」って何で、「会社」をどうしたいのか、
どうつきあっていくか、考えてもいい時期だと思うのです。

あまりにもおもしろい本で、
前回の「ほぼ日」での特集も大興奮だったので、
今度は岩井さんの研究室を、糸井重里がお訪ねして
対談をしてきましたので、これを続編としてお届けします。

第6回  「経済予測」って何だろう?

※今日で、ふたりの対談は最終回になりますが、
 ラストも、かなり気合いの入った内容なんです。
 いわゆる「経済予測」が、どういうものなのか、
 なぜ、予測がむずかしいのか、を語るのですが、
 中で、「貨幣」の本質についても触れるんです。
 その「貨幣論」は、この最終回のヤマ場ですよ!

糸井 今、この経済学部に来る時、
建物の中に、コンピュータ関係の部屋の
案内みたいなものがあったんです。

やっぱり、経済学の研究にも、
コンピュータを、いまはいっぱい
使うんだろうなぁと思ったんですけど。

そもそも、経済学では、
コンピュータを、何に使うんですか?
岩井 まず、非常に数学的な経済学者がいますが、
それも、コンピュータがなくちゃ、できないです。
糸井 「数学的な経済学」って、
いったい何を意味しているのかが、
どうしても、わからないんですけど……。
岩井 経済でも、
景気の動向や、経済成長の予測をするとかいう時に、
いろいろなデータを数式の中に入れて、
計算します。そして、その数式は場合によっては、
天気予報の予測と同じぐらい複雑なものです。
糸井 当たるんですか?
岩井 いや、なかなか当たりません。(笑)
やっぱり、経済はほんとうに複雑なものです。

等身大の地図が意味をなさないように、
意味のある予測をするためには、
縮尺をしないといけなくなりますよね。
そうすると、どうしても
いろいろなところを、とりこぼしたりする。

でも、もっと根源的には、
経済とは、「人間」の経済であるからです。
その人間は、それぞれ、
ヘンな思いこみを持って動いているわけですよ。
糸井 (笑)
岩井 その、人々の思いこみや
勘違いまで組み入れて理論を作ることは、
むずかしいわけです。
糸井 そうでしょうねぇ。
岩井 それぞれの人間が
「どう将来を予測しているのか?」
を、さらに予測しないと、経済全体を
予測できないですからね。

でも、経済学者でなくとも、
人は予測をまちがうし、
そして、ほとんどの人は
確信を持って世の中を
イメージしているわけではありませんから、
他人がどう予測するかを見て、
自分も予測する。

そうすると、
付和雷同的にワーッと
まちがった方向に行ったりすることもあるし、
逆に、へそ曲がりに、
ほかの人の予測に反発することもある。

なにしろ、将来が関係してくるわけですから
ほんとうに複雑になってくるんですよ。

つまり、
「複雑である」
「人間を扱う」
「人間はお互いの予測を見あって
 お互いに予測する」
という、三つの要素がからみあって、
ほんとうに経済の予測は難しいんです。

じつは、それだけではありません。
しかも、その経済の根源には、
貨幣、つまりお金という
ほんとうに、ふしぎなものがあって……。
糸井 おもしろいなぁ。
岩井 おカネとは、ほんらいは
欲しいモノを手に入れるための媒介、
いや手段ですよね。
でも、人は、その手段であるべき
お金を、使おうとせず、
ため込んでしまうこともあるわけです。

たとえば、今のように、
「あまりにも世の中のことが
 不安だから、お金をためておく」だとか、
いま「何を買っていいかわからないから」
とりあえず財布に、おカネをいれておく
という行動もあるわけで。

お金をためるというのは、
人間の「不安」、とか、
「決められなさ」みたいなものの
反映、とでもいうことができるのです。
その意味で、ほんとうにとらえどころがない。

それと、お金をためるといっても、
自然現象と違って、
外側から簡単に見ることはできません。
お金をためこんでいる人でも、
よほど気前がよくないかぎり、
他人に自分の財布の中身を見せないですからね。
糸井 「隠している」って要素も、大きいですよねぇ。
岩井 はい。
不安とか決められなさによって
ひとびとがため込み、
しかもほかの人に見えないように
ため込んでしまうお金が
経済の根源にあるということが、経済を
本質的に予測できないものにしているんですね。
いま、日本の不況にしても、なぜかみなさん、
お金をためこんでしまっているわけで……。
糸井 そんなようなことをきくと、
ますます、コンピュータで数学をやるのが、
マンガみたいに見えちゃうんです。
岩井 ある意味、マンガです。
いくらコンピュータの性能が上がっても。
おカネという本来的に予測できないもののうえに
経済は成り立っているわけですから……。

主流派の経済学者は、それを無視して、
あたかも経済を自然現象のように
扱おうとして、必然的に
予測をまちがえてしまう。

さきほど、
言葉や法律や貨幣は、
「媒介」って、言いましたよね。

でも、「媒介」といっても、
ウソをつける「媒介」です。

文学がなぜ存在するのかと言うと、
言葉がウソをつけるからですよね。

たんなる信号とちがって、
なにか特定のモノやコトを指し示すだけでなく、
なにも指し示さないこともできるし、
表面上で指し示しているモノやコトと、
実際に意味しているモノやコトとを
ちがえることもできる。

つまり、ウソがつける。

それだから、
ある意味で、現実よりも真実らしい
真実を描けるという逆説がある。
だから、
世界がおもしろくなるんですけれど。

それと同じで、
おカネも言葉のように、ウソをつく、というか、
モノを買うための媒介にすぎない
おカネそのものを、人々は
あたかもそれ自体がモノであるかのように
ため込んでしまったり、
あるときには、それまでため込んでいたおカネを
とつぜん使いだしたりする。
おカネなしには、現代の経済はなりたたないけど、
そのおカネが、
経済の予測を困難にさせているんです。

ただ、経済予測で
メシを食っている人も沢山いますから
あまり、こんなことを言うと、
恨まれてしまうかもしれませんが。

わたしが前に書いた
「不均衡動学」や「貨幣論」という本は、
経済の予測は、通常の理論が考えているほど
単純ではないということを
示そうとしたんですけどね……。
糸井 もちろん、
間違っているにしても何にしても、
コンピュータによる分析が
資料として必要だっていう部分は、
あるとは思いますけどね。
岩井 それはそうです。
糸井 今まで、コンピュータで
経済を扱えるという話が、
どうしても、わからなかったんですよ。

「人間は、いちばん高い利益を
 得るために、行動をしている」
という、一般的に語られる前提が、
ぼくはずっと怪しいと思っていたもので。
それを前提にしている人と話すと、
なんか、腹が立つことがありますし。
岩井 われわれ人間は利潤を求めるというけれど、
なぜ、お金をほしがるかは不思議ですよね。

ケインズは、『一般理論』の中で、
おもしろいことを言っています。

「人々が月を欲するから失業が生じてしまう」
とね。

お金そのものを欲しがるっていうのは
けっして満たされない欲望ですよね。
モノを欲しがっている人には、
そのモノをあたえれば満足します。

でも、お金は
なにかを買う手段でしかありませんから
お金をいくら持ったって、
ほんとうの意味では心が満たされることがない。
それは、遠くにあって
手のとどかない月を欲するようなものだ、と。

お金をいくら持っても、
心が満たされない。
だから、人々はお金をさらに持ち続け、
モノを買わなくなって、
景気がどんどん悪くなっていく。

そうすると、不安だから、
さらにお金をためようとする。
そうすると、さらに……。

ケインズが
『一般理論』を書いたのは1936年ですが、
ケインズは、それ以前に、
フロイトの最初の英訳者であった友人を通して、
フロイトの無意識の理論に
接するようになっていたんです。

じっさい、貨幣の問題は、
無意識の問題と密接に関わっている、
と、彼は書いているんですけど。

モノを買う手段だけど、
それ自体は食べられないし、何の役にもたたない。

人間のそういうお金への不思議な執着について、
それこそ、ギリシャ時代のアリストテレスも、
「自分の触れたモノを、すべて
 おカネに変えて欲しいという
 神様への願いが、かなったことによって
 飢え死にしてしまったミダス王の悲劇」
として、驚きとともに、書いていますからね……。

これは、経済というものが
いかに倒錯したものであるかを
教えてくれる話ですが、
同時に、人間という存在が
いかに倒錯した存在であるかということの
比喩にもなっています。

まあ、このことをしゃべり始めたら、
キリがありませんが……。
  (ふたりの対談は、いったん、おわりです。
 ご愛読、ほんとにありがとうございました!)


これまでの「続・会社はこれからどうなるのか?」
第1回 人間らしさの源は「媒介」
第2回 「役に立つ」って何だろう?
第3回 人間は、どうしようもない?
第4回 ケインズの影響力の理由。
第5回 主流派の体力。



『会社はこれからどうなるのか』
(岩井克人/平凡社)

バックナンバー:
 岩井克人さんインタビュー
 「会社はこれからどうなるのか?」
          (2003年4月16日〜23日)
  第1回  悩みは無知から生まれる
  第2回  成功を約束されていたけれど
  第3回  違和感が発見をきりひらく
  第4回  会社は株主のものではない
  第5回  「信任」こそ社会の中心
  第6回  差異だけが利潤を生む

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2003-06-02-MON

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