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2017-11-24

おしらせ

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・「君は君だよ」とSMAPが歌っていた。
 「だから誰かの望むように生きなくていいよ」と続く。

 1993年当時の彼らの声で、この歌が聞こえてくると、
 酸っぱい香りのなつかしさだけでなく、
 この歌に励まされていた少女たちのことを考えてしまう。
 おそらく、女の子たちは、もうおばさんになってる。
 20世紀が終わるちょっと前の時代に、
 かっこいいアイドルに「君は君だよ」と言われて、
 「そういうふうにいよう!」と決意した彼女たちは、
 あれから四半世紀も経った2017年になって、
 「君は君だよ」なんか要らなくなっているのだろうか。
 いや、そんなことはないよなぁ。
 おかあさん役がたいへんだったとしても、
 仕事で苦労が絶えなかったり、
 体形などが思うにまかせなかったとしても、
 そういういまにこそ、「君は君だよ」が必要なのだ。

 君が君でなくて、どうなったらいいというのか。
 完全無欠であるはずもないし、
 できることも、それほど多くもない。
 ときには愚図で、かなりの時間はいいかげんでいて、
 いいところもなくはないんだということを、
 ワタシと、少しばかりの人たちが知っていてくれる。
 およそ、そのくらいの感じで生きている「君やぼく」が、
 その君の望むように生きられるといいね、と。
 大人になってからのほうが言われたいことじゃないか。

 もしかしたら、笑われるかもしれないけど、
 おそらく、「君は君だよ」は、
 50や60どころか、70歳になっても80歳になっても、
 ときどき確かめたいことなんだと思うよ。
 たいていの人が、立場になったり、役になったり、
 混雑になったり、大衆というものになったり、
 それはそれで必要なことだってあるとは思うのだけれど、
 すべての元にあるのは、「君は君だよ」であるはずだ。

 そうそう、その妙なポーズで走り出す。
 そうだ、そのおもしろくもない冗談で笑ってる。
 その君のままで、日々を過ごせないものだろうか?

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
おじさんやおばさんは、あきらめないことで見本となれる。


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