・じぶんより7つほど若い人のお葬式に出ました。
身体の変調に気付いて、
入院してから10日も経たないで亡くなったので、
参列していた人たちも、
実感の伴いにくい悲しみを抱えて、集っていました。
謙虚で穏やかな人柄だった故人の写真が、
こっちを見ていました。
「気のいいやつって、さっぱりしすぎてるんだ」と、
まず、ぼくは思ってしまいました。
俺なら、もっと粘ったり足掻いたりじたばたする。
だめだよ。そんなにあっさりと生きてることを譲っちゃ。
先輩ぶって、そんなことも思ったのでした。
しかし、そこに、ふっと、
「おまえ、らくになったんだなぁ」という気持ちが、
混じったことに、じぶんで驚いたのです。
この世から、早めにさよならすることを、
悲しんだり残念がったりしているだけじゃなく、
「らくになって、よかったのかもしれない」と、
ちょっとでも思ったことに、どきっとしたのです。
それは、おそらく、人並み以上に丈夫なじぶんのなかに、
「らくになってしまいたい」というこころが、
微量でも存在しているということなのでしょう。
子どもっぽい競争に夢中になれたり、
先を見なくても走っていればいいことがあると、
信じられるような時代だったら、
先に逝く人に向って「ちょっといいな」なんてこと、
思えるはずがないでしょう。
ぼくがこれまで経験してきたなかで、
いまって、いちばん生きるのが難しい時代だと思います。
ここまで「希望」を語りにくい時代だとは、
思いたくなかったのですが、どうやら、そうみたい。
ぼくは、それを、実は無意識に感じていたんだなぁ、と。
そう感じているじぶんと、目が合ってしまったのでした。
「希望」なんてニンジンがぶら下がってなくたって、
人間、あんがい強いからたのしくも生きていられます。
でも、気やすめでない「希望」ってものが、
ほんとは探せばあるよってことを、言ってみたいなぁ。
希望のかけらでも、希望のくずでも、うれしいんでね。
今日も「ほぼ日」に来てくれて、ありがとうございます。
アントニオ猪木じゃないけど、元気があるって大事だぞー。
身体の変調に気付いて、
入院してから10日も経たないで亡くなったので、
参列していた人たちも、
実感の伴いにくい悲しみを抱えて、集っていました。
謙虚で穏やかな人柄だった故人の写真が、
こっちを見ていました。
「気のいいやつって、さっぱりしすぎてるんだ」と、
まず、ぼくは思ってしまいました。
俺なら、もっと粘ったり足掻いたりじたばたする。
だめだよ。そんなにあっさりと生きてることを譲っちゃ。
先輩ぶって、そんなことも思ったのでした。
しかし、そこに、ふっと、
「おまえ、らくになったんだなぁ」という気持ちが、
混じったことに、じぶんで驚いたのです。
この世から、早めにさよならすることを、
悲しんだり残念がったりしているだけじゃなく、
「らくになって、よかったのかもしれない」と、
ちょっとでも思ったことに、どきっとしたのです。
それは、おそらく、人並み以上に丈夫なじぶんのなかに、
「らくになってしまいたい」というこころが、
微量でも存在しているということなのでしょう。
子どもっぽい競争に夢中になれたり、
先を見なくても走っていればいいことがあると、
信じられるような時代だったら、
先に逝く人に向って「ちょっといいな」なんてこと、
思えるはずがないでしょう。
ぼくがこれまで経験してきたなかで、
いまって、いちばん生きるのが難しい時代だと思います。
ここまで「希望」を語りにくい時代だとは、
思いたくなかったのですが、どうやら、そうみたい。
ぼくは、それを、実は無意識に感じていたんだなぁ、と。
そう感じているじぶんと、目が合ってしまったのでした。
「希望」なんてニンジンがぶら下がってなくたって、
人間、あんがい強いからたのしくも生きていられます。
でも、気やすめでない「希望」ってものが、
ほんとは探せばあるよってことを、言ってみたいなぁ。
希望のかけらでも、希望のくずでも、うれしいんでね。
今日も「ほぼ日」に来てくれて、ありがとうございます。
アントニオ猪木じゃないけど、元気があるって大事だぞー。









