布のきもち。 アートと 手工芸と 量産品の あいだ。  江戸の布・江戸東京博物館 西村直子さん、田中裕二さん篇 HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN

第2回 ふんどし一丁、襦袢一枚でOK!
── 江戸時代って、想像ですが、
モノは少なくて資源を大事にしつつ、
とてもおおらかな時代でもあったように
思えるんです。
田中 そうですね、たしかに江戸時代って、
いろんな面でおおらかだったと思うんですよ。
けれども、幕末から明治にかけて、
外国人が入ってくるようになって、
それが変化していきます。
象徴的なのが、男性のふんどし。
江戸の頃は、力仕事なんかするときは、
ふんどし一丁です。まあ、労働着ですよね。
── はい。下着というよりは。
田中 江戸時代はふんどし姿で歩いてても
恥ずかしいとかっていう意識は
全くなかったと思うんですよ。
それが普通だったんです。
けれども、外国人の視線、眼差しが入ってきて、
そのふんどしが、何てハレンチな姿だっていうことを
外国人から言われて、
それでだんだんだんだん廃れていったんです。
それまでは別に‥‥。
西村 表に出ても平気だった。
── はぁ!
田中 それが、肌を露出するっていうのは恥ずかしいことだ、
文明国にはあるまじき行為だみたいなことを
外国人たちに言われて、
日本人‥‥庶民がというよりも、
政治にかかわっていた人たちが、考えるわけです。
ああ、そうなんだ、今の世界基準だと、
ふんどし、だめなんだ、と。
それで、羽織を着るようにとか、
人前では肌をあらわさないようにみたいなことを、
明治政府が法律で決めちゃうんです。
── 法律で、ですか?
田中 はい。法律を作って。
明治5年ぐらいにできるんですけど、
肌をあらわしちゃいけないと定められた。
── 庶民も、お触れじゃしかたがない‥‥。
では、そういう姿や文化は
すたれていってしまうわけですね。
田中 西洋の価値観ていうものを
教え込まれていった結果ですよね。
浮世絵なんかにもあるでしょう、
それまではみんな、道ばたで
女性だって行水とかしてました。
幕末に来た西洋人は、
それを見てビックリしたんですね。
けれども日本人は何もないように
普通にそこを通り過ぎて歩いて行く。
何となく目の片隅には入ってるんでしょうけど、
じーっと見たりすることは誰もしない。
── お風呂も混浴だったとか。
田中 そうです、江戸時代は混浴でした。
西村 明治になって、それが禁止になって。
田中 男女、別々に分かれるようになった。
それまで混浴っていう言葉自体が
なかったんじゃないですかね。
湯屋(銭湯)っていうのはもう
男女いっしょに入るのが普通だった。
風呂上がりに手ぬぐい1丁肩にかけて、
ふんどし姿で家まで帰るのも、別に何ともない。
湯屋の2階もそういう休憩スペースだったんで、
そこで裸ででちょっと涼んで、碁を打ったりとか。
ひと涼みして道ばたを見下ろしたりとかいうのも
別に普通だったんですね。
たぶん手ぬぐい1丁で全然大丈夫だった。
── 今アジアの国なんかに行くと、
男の人たちが上半身裸で労働しているのを見ますね。
それを、ちょっと恥ずかしいなとか思うのは、
これはもう文明が自分にそう思わせているんですね‥‥
田中 それは、西洋的な感じ方が染み付いてるんです。
それで育ってますからね(笑)、しょうがない。
日本は江戸時代、鎖国してるときは
そういうのは一切なかった。
江戸を見た西洋人が、こんなふうに書いているんです。
日本って、人々の笑顔も絶えないし、
天真爛漫な何かすごい天国のような国だと。
それは、江戸の人に、おおらかさみたいなものを
感じたんでしょうね。
── でも、ふんどしには顔をしかめて、
肌を隠すのが文明だと教えた‥‥。
田中 我々が今、こういう服を着てるのも
西洋的な価値観なんですよ。
夏はね、暑かったら脱ぐっていうのが基本ですよね、
人間の生理的現象としては。
── そうですね、確かにその通りですね。
田中 エアコンも扇風機もないんで。
暑かったら、もう脱ぐしかないですよね。
当時は今ほどの酷暑ではなかったらしいですけど。
西村 今みたいに舗装されてなくて、
車もないし、輻射熱というのがまずないんですよね。
田中 あと、水路がたくさんあって、
今よりもずーっと水が多かったんですね、
江戸の町って。
今、ほとんど埋め立てられて、
もう面影ないですけど。
そうすると川の傍って、結構風が涼しかったりする。
だから隅田川なんかに、みんな、夕涼みに来る。
あとはもう、みんな、暑かったら着物を脱ぐ。
── 脱ぐ!
田中 うん。もう、家の中だったら襦袢1枚で平気だし、
縁台に出て涼んだりもできる。
今の感覚では下着姿なんでしょうけどね。
── 当時はTシャツに短パンくらいの感じでしょうか。
西村 そうでしょうね。


2012-02-14-TUE


まえへ
トップへ
つぎへ


感想をおくる ほぼ日ホームへ (C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN