布のきもち。 アートと 手工芸と 量産品の あいだ。  江戸の布・江戸東京博物館 西村直子さん、田中裕二さん篇 HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN

第1回 江戸庶民のリサイクル。
── 江戸時代は循環型社会だったと、
よくいわれますよね。
ひとびとが着るものにしても、
古着屋さんがかなり利用されてたと聞きました。
まずはそんなところから、
お話しいただけたらと思っています。
西村 そうなんです! 着物って、
リサイクルで入手できるものだったんですよ。
お店に吊るしてあるものの古着の中から、
自分に合ったものを選んで。
── わざわざ仕立てることは、
あまり多くなかったということだったんですか?
西村 はい、着物を新調するということは、
そうそう庶民には
考えられなかったと思いますね。
なにより、お金がかかる。
田中 新しく仕立てるというのは、
かなり裕福じゃないとできないことだったでしょうね。
新調するにしても“毎年”仕立てるようなことは、
おそらく、なかったはずです。
── では、サイズは‥‥あっ、着物って、
平面裁断だから、仕立て直すのも、かんたんに?
西村 そうですね、簡単です。
ほどいて、板に張って、
ぴんと伸ばして縫いなおすんです。
田中 あるいは、レンタルで借りたりもしたんですよ。
着物にかぎらず、本とかも基本的に貸し本屋ですし、
布団とかももちろん借りたりとかしていたようです。
── えっ!
田中 江戸は、基本的に、ばんばん新しいものを
作って買うっていうよりは、
もうほんとに、少ない資源を
有効活用しようっていう社会だったんです。
というか、そうせざるを得なかったと思うんですよね。
西村 すぐにゴミとして捨てたりはしないんですよ。
着物も、着古してしまったら、
それこそ、雑巾に作り変えたりとか、
ハタキの材料にしたりですとか。
── 以前、ラオスの布のお仕事をなさっている
谷由起子さんというかたにお話をうかがったとき、
ラオスの少数民族のひとたちも、
自分たちが着て使い込んで柔らかくなった布を
赤ちゃんの服を作ったり、
縫い直していろんな用途に使っていると
おっしゃっていました。
木綿はくたくたになると柔らかくなるから。
西村 ええ、ええ。
── そして赤ちゃんのおしめにして、
雑巾やハタキになって、
それで布がいのちを全うするみたいな。
田中 最後、燃やして、灰になったら、
肥料になりますしね。
西村 それを農家がお金を払って引き取りに来るんですよ。
── そこまでリサイクルできたんですね。
西村 ですから庶民の着ていたものが今の時代に
完品で残ってることがほとんどないんですよね。
武家とかの正式な衣装、
それは格式を重んじていたり、
決まり事の模様が付いていたりするものは、
それなりに残されているんですけれど。
たとえば女性の衣装でも、武家の女性のものは、
着物だと刺繍がしてあったりとか、
箔がしてあったりで、かたちが凝っている。
つくりかえることがほとんどないので、
残ってる場合が多いんです。
でも、町方のちょっとしたお金持ちなんかが
友禅で作った振り袖なんかは、
袖を付けかえて短くしたりして、
で、またその次の代に引継ぐ。
それをまた別の丈に変えてしまったりとかいうことで、
もう、最初のかたちのままのものは、
なかなか見つからないんですよ。
絵に描かれたものはあるんですけれどね。
江戸は、そういうリサイクルが徹底していたんです。
田中 今みたいに大量生産、大量消費の時代ではないので、
少しのモノを大事に使うのがあたりまえ。
── そういえば、時代劇で、夜逃げするときって、
荷物ひとつですよね。
田中 (笑)そうですね、江戸は火事も多かったし、
家財や持ち物をまとめるにしても、
一般の庶民はおそらく量が少なかったでしょうね。
そのまますぐ逃げていける。
今みたいに、タンスがいっぱいあってとか、
食器セットがとか、テーブルもとか、
そんなものは、ないので。
── 衣服タンスに入る分くらいしかなかったんでしょうか?
田中 タンスではなく、行李(こうり)ですね。
── そうですか‥‥時代劇の長屋のシーンも、
ほんとに何にもないですもんね。
お布団が横に畳んであって、
ちょちょっとちゃぶ台があって。
田中 今の我々の生活ってリビングがあって、
ベッドルームがあって、ですけど、
長屋は一間かもしくは二間です。
布団を敷けば寝室になりますし、
布団を畳んで箱膳とか出せば食べるところにもなり、
それも片付ければ、仕事部屋にもなる。
お客さんがくれば客間になる。
そんな中では、着るものだって‥‥。
西村 そんなにたくさん持つわけにもいかないですよね。
田中 江戸時代がリサイクル、
エコ社会だったといわれるのは、
そうせざるを得ないような、
本質的な、現実的な問題があった。
だから合理的に
リサイクルになっていったんだと思うんです。
資源が少ないので、大切に使おうって。
そういう意味ではひじょうに、今よりずっと
モノを大切にしていたんだと思います。
── 江戸の庶民がよく使っていた布製品には
どんなものがありましたか。
田中 風呂敷でしょうか。
今だったらね、コンビニやスーパーで
ビニール袋が使い捨てだけれど、
風呂敷一枚あれば、
包んで持っていく、持ち帰る、
もちろん何度でも利用できる。
いろんなかたちのものが包めますよね。
丸でも四角でも。
── 三角でも瓶でも箱でも。
西村 そうですね、万能ですね。
それから手ぬぐい。
これもやっぱり、いろんな使い方ができます。
手をぬぐうだけじゃなくて、頭にかぶったりとか、
それこそ、お風呂の湯上がりで使ったりとか。
布巾としても使えるし、
雑巾も作れますしね、
田中 首から下げていれば、
夏、暑いときはすぐ、ね、
ぱっと汗も拭けますし。


2012-02-13-MON


 
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