第4回 日本の両親のこと。
第4回 日本の両親のこと。

──
ヤンジンさんの歌やお話からは
「両親」「ふるさと」「先生」みたいなことを
思い浮かべるんですが
「日本のご両親」について、お聞きしたいです。
ヤンジン
はい。
──
先日のコンサートのときのMCで
ご主人とケンカになって
近くの公演に行って泣いていたら、
お義母さんが探しに来た‥‥みたいな話を
されていたじゃないですか?

その話しぶりから
「お義母さんと仲良さそうだなあ」
と、思ったんです。
ヤンジン
そうですね、わたしが日本に来てから20年、
主人の両親と暮らしてきました。

今もいっしょに暮らしていますが、
この日本では、
どうも「ヨメシュウトメ」問題がありますね。
ケンカしてて、仲が悪いイメージ。
──
そのテーマをあつかったテレビのドラマも
あるくらいですしね。
ヤンジン
日本へ来た当初、
主人の両親といっしょに暮らしてると言うと、
それだけで、すごく褒められました。

「えらいね、あんた。すばらしい!」って。
──
そうなんですか。
写真
ヤンジン
いや、トラやライオンと寝起きしている
わけでもあるまいし、
そんな褒めることないやんと思っていて。
──
あはは、はい(笑)。
ヤンジン
はじめて日本に来たときのわたしは
日本語もゼロ、お金もゼロ、知り合いもゼロ、
嫁だって言ったって、
両親にお味噌汁ひとつ、つくれなかった。

実の両親がおえらいさんだったとか、
お金持ちだったとか、
そういう背景も何にもないわたしを、
主人の両親は、受け入れてくれたんです。
わたしは、そのことに感謝してるんです。
──
なるほど‥‥ちなみに
チベットの「親子関係の考えかた」って
どんな感じなんですか?
ヤンジン
わたしの村では
子は親に絶対、口ごたえをしないです。
少なくともわたしの世代は
そういうふうに、育てられたんです。

ですから、わたしは
日本の親にも一切、口ごたえしません。
──
じゃ、ケンカとかしないわけですか。
ヤンジン
とんでもないです、ケンカなんて。

ただ、20年も暮らしていると
たまには「お母さん、イヤよ」とかね、
「あんた、これ食べな」
「イヤ」
「食べなあかんで」
「イヤや」
「食べなさい」
「わかった、食べるわ」とか、
そういう、やりとりはありますけど。
写真
──
なんか、いいと思います(笑)。
ヤンジン
だって、20年といったら、
実の母より
長く一緒に暮らしているんですから。
──
そうか、そうですよね。

ちなみに今の「食べる食べない」って、
何か嫌いなものでもあるんですか。
ヤンジン
いえいえ、わたしね、
食べ過ぎて太り過ぎたらイヤですので、
お昼はスープだけにしようと。

すると、母が来て「ごはん食べな」と。
「スープだけなんてダメや、
 ごはん食べな。
 あんた食べとかないとあかんよ」と。
──
まさしく「母のセリフ」‥‥。
ヤンジン
この歳になって、恥ずかしいですけど。
──
日本のお母さんは
けっこう「押し」の強い方なんですか。
ヤンジン
強いですね。まあ、強い(笑)。

わたしはチベットで
親の言うことを聞く教育を受けましたから
親の言うたことを「はい」と
素直に受け入れることができますけど‥‥
正直、強いです。押し。
──
なるほど(笑)。
ヤンジン
日本人って、会社とかで我慢するでしょ?

上司の人に向かって
「こらっ!」って、言わないですよね。
──
言わないですね‥‥さすがに(笑)。
ヤンジン
それどころか
たとえ上司の人が間違っていたとしても
我慢してしまうかもしれないよ。

でも、家では親に、我慢しませんよね。
──
ええ、そうかもしれないです。
ヤンジン
わたしたちの場合は、逆なんです。

家の外の人には
「え、それちがうでしょ!」と言っても、
親の教えには
めったなことでは反対しない文化。
写真
──
なるほど。
ヤンジン
わたしの家は、とくにそうなんです。

きょうだいが多いから、
みんなで仲良くやっていくためには
家庭ルールが必要なんです。
──
でも、そうやって親に対する尊敬の念を
教えられた環境で育っても、
日本に来た当初は、
大変だなと思うこともあったでしょう。
ヤンジン
正直、日本の親は
チベットがどこにあるのか知らないし、
チベットの価値観もわからないし、
わたしの行動を
理解できない時期だってありました。

でも、つらくても「この人は親や」と、
「日本のわたしの親なんや」と‥‥。
──
思えば。
ヤンジン
そう、ササッと表の公園に出ていって、
ちょっと泣いとけば、まあ、またね。
──
はー‥‥。
ヤンジン
時間はすこしかかっても、そうやって
相手の言うことを真摯に聞き、
真心で向き合うことが、たいせつだと思う。

今では、わたしが少々、何か言っても
母は誤解することもないし、
「お母さん、ちょっと、おかしいよ」
とかピシッと言うても
「何言うてる、
 あんたが自分で何とかしな」とかって、
まあ、仲良くやってます。
──
漫才のようです。
ヤンジン
そうでしょ。
──
日本のお義母さんに言われて
嬉しかったことって、何かありますか?
ヤンジン
それは、もちろん、ありますよ。

いちばん嬉しかったのは、
「あなたのご両親は、すばらしいね。
 あなたを、
 本当によくここまで育て、仕込んでくれたね。
 お礼を言いたいわ!」
って、言ってくれたことです。
──
おお。
ヤンジン
字も読めないわたしの親の教えを
認めてくれたんです。
これは、本当に、嬉しかったです。
──
ヤンジンさんのコンサートを
観に来たりとかも、なさるんですか?
ヤンジン
します、します。

でも、母は客席に座るのを嫌がるんです。
緊張するからイヤやって。
──
じゃ、どこで見てるんですか。
ヤンジン
楽屋で、聴いてます。

半分は、わたしの民族衣装の着替えを
手伝ってくれながら。
──
へえ。
ヤンジン
わたしが、ステージへ出ていく前には
背中をポンポン叩いてくれたり
肩をマッサージをしてくれたりとかね。

「あんた、自信持ってな!
 大丈夫! 大丈夫!」とかって言って。
──
ほんと、素敵な関係ですね。

ちなみにですけど、
チベットには「敬語」ってあるんですか?
ヤンジン
わたしが生まれたふるさとというのは
遊牧民の村で、あまり敬語はありません。

チベットの大都会のラサまで行ったら
昔は法王さまがいて、貴族がいて‥‥
という街だったので、今も敬語があるんですが。
写真
──
同じチベットの言葉でも、
話される状況で体系や語彙に、ちがいが。
ヤンジン
ですから、日本で敬語に触れて、
なんだか、すごくいいなあと思いました。

たとえば「わたくし」と言ったら
相手を立てて自分を下げる‥‥みたいな、
何とも言えない、
きれいで、美しい謙虚な気持ちを感じられて
素晴らしいと思います。
──
そう言われると、ぼくらも嬉しいです。
ヤンジン
このあいだもね、大好きな居酒屋で‥‥。
──
居酒屋、好きなんですか。
ヤンジン
むかしは、あまり好きではなかったです。

日本の男の人、ふだんはとても紳士的なのに
一杯でもお酒が入ると
ただの「ふつうのオジサン」になっちゃって
イメージが、ガタッときてたんです。
──
なんだか、すみません(笑)。
ヤンジン
でも、あるとき、偶然に入った居酒屋で
不良っぽいお兄さんが、はたらいてたんです。
鉢巻をしていたけれど、ものすごい茶髪で、
耳にピアスの穴を何個も開けてた!

「ああ、この子、
 いわゆる『ちょいワル』やったな」
と、ひと目見て思いました。
──
ちょいワル‥‥。
ヤンジン
しかし、その子のはたらいている姿は‥‥
「らっしゃいませー!」って、
元気のある一声で、
「あ! この子すごいプロ意識持ってるな!」
って、感じさせられた。

で、注文したら「はい、喜んで!」って。
──
そういう掛け声のお店、ありますよね。
ヤンジン
ちょっと遅い時間帯だったので、
本当は疲れ果ててるはずなのに
「え、喜んで? ほんまに喜んでるの?」
と、ツッコミたいくらいの気持ちになって。

つまり、人は見た目に寄らない。
何事も、いかに魂をこめているかだなあと。
──
きっと、その人は素敵な人なんでしょうね。
その、見た目が少々『ちょいワル』でも。
ヤンジン
そうなんです。こういうところが
日本の人たちのすごいところだと思います。

みんな、本当に張り切ってはたらいている。
それで、居酒屋が大好きになりました。
──
あー、そういう流れでしたか(笑)。
ヤンジン
以来、よく行くようになったんです。

飲んで食べるとかってよりも、
店員さんたちが
元気にはたらいている姿が大好きで、
その元気をもらいに行ってます。
写真
──
居酒屋に。
ヤンジン
そう。
──
元気を。
ヤンジン
うん。
──
じゃあ、ぼくらは
居酒屋で元気をもらったヤンジンさんの歌に、
元気をもらってるというわけですね(笑)。
ヤンジン
ああー‥‥そうそう。そうかも。
うん、そうなりますねえ(笑)。

<おわります>
2015-08-07-Fri
笑えて、じーんとして、はっとする。バイマーヤンジンさんの新刊です。

笑えて、じーんとして、はっとする。バイマーヤンジンさんの新刊です。

バイマーヤンジンさんの本が出ました。
ふるさとチベットのこと、
ご両親のこと、歌のこと、
子どもたちや学生を支援していること。
今回のインタビューの話題を
さらに、くわしく語った内容です。
進学するヤンジンさんのために
学校には行かず、
はたらいてくれたお兄さんのこと。
はじめてあったとき、
60歳に近いのに「金髪」だったという
義理のお母さんとの
(こう言ってはなんですが)
まるで漫才みたいなやりとり。
外国人のことが「きらい」だった
義理の祖母と、時間をかけて
少しずつ仲良くなっていくくだり‥‥など
ヤンジンさんの素顔や人柄が伝わる本です。
ご興味持たれましたら、ぜひ。

バイマーヤンジン著
『幸せへの近道
チベット人の嫁から見た日本と故郷』