INTERVIEW

志村洋子さんがいま
考えていること、
試みていること、
問うていること。

「ほぼ日」で追いかけてきた
染織作家の志村ふくみさん、洋子さん、
昌司さん、宏さん、そしてatelier shimura
(アトリエシムラ)の工房のみなさんの仕事と、
芸術学校アルスシムラの活動。
昔むかしから継承されてきた
植物から糸を染めるといういとなみ、
経糸と緯糸で織りなす世界を、
作品と活動をつうじて「いま」にどう伝えるのか──。
そのひとつの節目のような本が、この春うまれました。
志村洋子さんによる著作
『色という奇跡 ―母・ふくみから受け継いだもの―』です。
オリジナルの裂作品「色の扉」つきで16,200円という
高価な本である、ということ、
またこの本で描かれているものごとの「深さ」について
興味をもった私たちは、
あらためて洋子さんのお話を聞いてみたくなりました。

縁あって、
志村ふくみさん、洋子さんたちを追いかけた
ドキュメンタリー番組を手がけてきた
NHKエデュケーショナルディレクターであり、
アルスシムラの卒業生でもある、長井倫子さんも同行。
東京にできたばかりのちいさなアトリエシムラShop&Galley
「しむらのはなれ」を訪ねました。
インタビューは、その長井さんを中心に、
ときどき「ほぼ日」も質問をするという
かたちで行なっています。

このコンテンツは、ある意味、むずかしいお話です。
むずかしいのですけれど、ふしぎなことに、
すぅっと染み込んでくるものがあります。
そんなふうに、読んでいただけたらと思っています。

インタビュー 長井倫子
編集協力 武田景 新潮社

第1回

この世の色の不思議

──
このご本は、2013年秋から、2016年冬まで
『考える人』に連載されたものがベースですね。
▲この春、洋子さんが刊行された『色という奇跡―母・ふくみから受け継いだもの―』
(新潮社)
アルスシムラを立ち上げたのが2013年ですから、
たぶんいちばん忙しくて大変な時に、
これだけのものを書かれた。
普段から考えておられることを
改めて書かれたというところもあると思うんですけれど、
そういう時期に、あえて書こうと思ったのは、
どんな理由だったのでしょうか。
志村
色というのは、心の内の話なのか、
心の外の話なのか、
いつもどこか曖昧になってくるんです。

たとえば藍の話をするとき、
藍という色そのものが、
日本の自然の風土と重なって
イメージされるんですよね。

藍という言葉を発した途端に、
何か深い、ずっと昔からの
日本人の持っている心の色を
思い浮かべるのだと思います。
深い海の色、いろんな衣装の色、
万葉集とか古今集とか、
もういろんなことが未整理のまま出て来ます。
それが色ということの難解さと、魅力。
▲工房で染められた絹糸。この糸をつかって着物や帯が織られます。
それからもうひとつは、
日本人は、色に関してはとても敏感だし、
言葉化しているし、歌にも詠んでいるし、
そういう民族の感性はあるけれども、
ヨーロッパ人のように一つの学問として、
色を捉える研究は
ほとんどされていなかったのではないかと、
いつも感じていたんです。

では、今の時代に、色について、
何を考えてったらいいのか、
それが課題だな、と思っていたところだったのです。
ですから、書いてるうちに
少しずつわかってきたらいいなと思って、
始めたんですよ。
──
藍を含めて、色とずっと関わってきた洋子先生でも、
いまだに未整理っていうふうに感じるっていうのが、
逆に驚きです。
志村
未整理というか、
やっと気が付き始めたところではないかなと思うんですね。
▲志村洋子さん。今回、成城にあたらしくできた「しむらのはなれ」で
お話をお伺いしました。
日本には、染色の方法は
資料や記録が当時の考え方のまま残っているんですよ。
ですから、今の時代、
平安時代や、もうちょっと昔の奈良時代の染織品が、
かなり忠実に復元できるんです。
資料として、平安時代の日本語を
読めるっていうことですよね。

日本人は古文を読んで、
何が書いてあるかわからないっていうことは
まずないわけで、
つまり、一貫した文化の系統がいまだに続いている。
そこが、日本人のある意味すごいところですが、
逆に、「油断」と言ったらおかしいけど、
そういうところも常にあると思います。
──
書き残されたものがあって、
その通りにやればできるということに頼ってしまう?
志村
そうです。しかも、正倉院に実物がほとんどある。
そして物の再現の仕方が日本の国はちゃんとあるのです。
それを思想として、哲学として深めていけば、
世界に比類のない素晴らしい学問になると思います。

そして、古典文学というすばらしいものが、
日本にはあるんですね。

たとえば『源氏物語』は色の物語と言われています。
光源氏をとり巻く女の人たちは
色に象徴されていますけれど、
自然現象の移り変わる色というよりは、
光の分身としての色たちと、
紫式部は捉えていたと思います。

そして光源氏が亡くなった後の物語の
『宇治十帖』では、
「色なき色」という世界が展開します。
姫君の悲しいお話なんですけれど、
前のほうの巻と違って、ほとんど色がないんですよ。
香りだけ。
主人公の貴公子の名前は「匂宮」と「薫」でしょう。

前半の、あのお姫様たちの絢爛たる
緑とか紫はもうない、
香りと白しかないような感じの世界を
最終的には描くんですよね。

日本の古典文学の中でも和歌というのは、
そういう意味では、哲学的なんですよ。
だから和歌哲学というか、
思想を歌に詠み込んでしまったがために、
日本には哲学としての色彩論が
意識されなかったのかもしれません。

ヨーロッパの哲学者のゲーテとか、シュタイナーとか、
ウィトゲンシュタインとかは、
現象にとどまらず、普遍的、哲学的に、
人間と色との関係は何かっていうことを
考えているのですが、
日本人は情感として捉えているんですよね。

和歌があまりにも優れていたから。
でも、われわれは、
その優れた和歌をだんだん忘れてしまった。
私も含めて日本人はそこに
気が付いたほうがいいと思うんです。

私も、日本の詩歌、歌とか俳句に、
ものすごく強い憧れはあるんです。
でも、私は作れないと思っている。
だから、憧れています。
──
洋子先生はそういうところを、
すごく意識的に考えて、
思想だったり、言葉に置き換えることを、
ずっとやってこられてる感じがします。
▲今回同席していただいた、NHKエデュケーショナルの長井倫子さん。
アルスシムラの卒業生でもあります。
志村
そうね、どうしても意識してしまうのね。
何でしょうね、私の癖というか‥‥。

たとえばね、曼荼羅って、緑と赤が主体ですよね。
緑がちょっと色が変わって青になったりはしても、
だいたい緑と赤じゃないですか。
補色関係の色を使ってますよね。
それで真ん中の大日如来は白とか黄色になっています。
それで世界の普遍的な思想を表わしてるんだったら、
やっぱり赤と緑っていうのがこの世の、
この実存の世界の究極の色なんだろうというふうに思える。
そうしたら、緑はなに? 赤はなに?
っていうことになりますよね。
曼荼羅を唐から日本に持ち帰ったのが空海なら、
空海より昔の先達たちは、
哲学的な考察より以前に、
この世というものを緑と赤で
捉えたってことになるのではないか、
と思うわけです。

色と、宗教的な観想との関連が
少しずつでもわかっていくと、
この世の植物の色の緑の不思議と、
私たちの血液の赤の不思議がわかるかもしれない。
そんなふうに、私が勝手に思ってるんですけどね。
──
洋子先生のなかに、
そんなにも赤と緑があるというのは、
ちょっと意外でした。
洋子先生はやはり藍、というイメージがありますから。
志村
そうですね。
緑はずっと、藍と同列にあるんですけれど、
やはり藍のお話をしましょうか。

(つづきます)
2017-06-06-TUE

色という奇跡
―母・ふくみから
受け継いだもの―

新潮社 16,200円
(税込・配送手数料別)

[販売時期・販売方法]
2017年6月6日(火)
午前11時より数量限定販売
※なくなり次第、販売を終了いたします。
[出荷時期]
1~3営業日以内

染織作家である志村洋子さんが、
2013年から2016年にかけて
季刊誌『考える人』に連載した文章を
1冊にまとめた本です。
毎号のテーマに沿って撮影された写真と、
洋子さんの文章とが織りなす世界は、
まさしく「作品」と呼ぶにふさわしいもの。
1点ずつ、洋子さんたちの手作業でつくられた
オリジナル裂作品「色の扉」がついています。

使われている小裂は、志村ふくみさんの代からの
かなり古いものも混じっているそうです。
色の組み合わせが1点1点異なり、
色というものを「自然からのいただきもの」と考える
思想そのままに、
どんな色のものが届くのかも「いただきもの」。
新潮社や「ほぼ日ストア」での販売は、その方式で、
それをご縁として受け取っていただけたらと思います。

ただ、今回、
6月6日から6月11日までの
東京・南青山TOBICHIでの展示販売においては、
シュリンク(パッケージ)を外して、
「色の扉」のいろいろを展示します。
そこから、「ご縁を感じた」ものを「出逢い」として、
書籍と組み合わせてお求めいただくことができます。
どうぞ、足をお運びくださいね。

撮影、編集:広瀬達郎(新潮社写真部)

「しむらのはなれ」は、ゆったり時間が流れる場所です。
もともと人が住むために建てられたこの家は、
明るい光に包まれて、窓を開けると風が吹き抜け、
様々な種類の鳥の鳴き声が聞こえてきます。
ここの2階で、ほぼ毎週末、
染色か機織りのワークショップを行なっています。

染めのワークショップでは、
その時々の手に入った植物で、
絹のショールを染めます。
晴れた日は広いテラスに出て、
絹のショールを風にそよがせ
太陽の光に透かしてみましょう。
たった一度しか出会えない草木の色に出会ってください。

機織りのワークショップでは、
糸を染めて機織りをします。
ご自身が染めた糸を織り入れることができます。
静かな「しむらのはなれ」で、織り機の音と、
色が奏でる音色をお楽しみください。
織り上げた裂は一旦お預かりし、
手製本で文庫サイズのノートの表紙に仕上げ、
後日お送りいたします。
きっと、世界で一冊だけの
宝物のノートになることでしょう。

1階ではアトリエシムラの裂小物や志村ふくみ、
志村洋子の本を販売しています。
こちらもどうぞご覧くださいね。
心よりお待ちしております。