21世紀の「仕事!」論。

25 銭湯背景絵師

第2回 ペンキで描く、ということ。

──
銭湯の背景画って、ものによっては
すごく大きいと思うんですが
時間は、どれくらいかかるんですか?
丸山
5~6時間。
──
え、そんな短時間で?
丸山
そりゃそうだよ、だって
営業前に上げなきゃなんねぇんだから。

そのかわり、朝の7時ごろに行くのよ。
アポなしでね。
──
朝の7時‥‥に、アポなしで。
丸山
当時の銭湯は羽振りがいいもんだから、
おやじも威勢がよくてさ。

寝てるとこ叩き起こしたりしたら
「こんな早く来やがって!」っつって、
怒られたもんだ、よく(笑)。
──
営業開始までに仕上げる必要があるから
「朝の7時」はわかりますが
「アポなし」なのは、どうしてですか?
丸山
台帳に載ってるんだよ、会社の。
あそこは、いついつに描いたって日付。

だから、その描き変えの日が来たらさ、
朝から行っちゃうわけ。
──
アポなし‥‥約束なしで。
丸山
そういうもんだったよ。
──
ともあれ、朝の7時から5時間6時間、
ということは、
お昼すぎくらいまでには、
すっかり別の絵になっちゃうんですね。
丸山
そうだね、昔のお風呂屋の営業時間は、
2時からとか3時からとか、
まちまちだったけど、それまでにはね。

大きい絵だと、足場を組んで描いたり、
ハシゴかけて描いたり、
忙しいんだけど、
開店までには、両方とも終わらしてる。
──
両方‥‥と言いますと?
丸山
男と女。
──
あ‥‥そうか。男湯と女湯があるんだ!

それって、
男と女で絵柄が違ったりするんですか?
男湯の絵しか、見たことないので‥‥。
丸山
まあ、違うよね。それは、それぞれね。

たいがいは、
男湯と女湯の仕切りの壁のあたりにさ、
富士山かなんかを大きく描いて、
こっちは海で、あっちは湖で‥‥とか。
──
あんなに大きな絵をすばやく描くには、
コツみたいなものも、あるんですか?

言ってみれば壁画的なサイズなわけで、
大きさだけで言ったら、
ふつうの画家さんだったら何ヶ月とか‥‥。
丸山
そりゃ、コツだとか工夫ってものもね、
あるにはあるけど、
ふつうの絵描きの絵と比べたって、
まあ、モノがぜんぜんちがうからなあ。

なにせ速乾だからね。ペンキってのは。
──
あ! そうか‥‥絵の具じゃないんだ。

銭湯背景絵師さんは、ペンキで、絵を!
非常にいまさらですけど‥‥。
丸山
そうだよ。「ペンキで、刷毛」だよ。
──
「絵の具で、筆」じゃなく。
それは、根本的に何かが違いそうです。

そもそもペンキって、絵を描くというより、
色を塗るもの‥‥なわけですものね。
丸山
うん、ふつうに
そこらで売ってるペンキで描いてるよ。
──
絵の具と違うところは‥‥。
丸山
まずは、乾くスピードが速いってのと、
ならではの艶があって、俺は好き。

それと、ペンキの場合は、
ボカシだとかグラデーションの表現が、
ちょっと難しいと思うな。
──
あらためて、白い雲がたなびくようすを
ペンキで繊細に表現している部分とか、
やっぱり、
そうとう技術や工夫があるんでしょうね。

眺めていると、本当に見事です。

丸山さんが使っているペンキは「白・黄色・赤・紺・群青」の5色。
それらを混ぜ合わせて、すべての色を表現している。
ちなみに「ピンクを使ったのは、初」だったとか。(国立・鳩の湯)

丸山
まあ、4~5年は、かかるよね。
──
一人前になるまでに。
丸山
それだって、お師匠さんもさ‥‥
いや、師匠ったって、
会社の社長で、俺の叔父さんだった人だけど、
手取り足取りは教えてくれねぇから。
──
いわゆる「見て盗め」、というような?
丸山
はじめの何年かは、空を塗るだけだよ。
空を水色に、ただひたすらに。
──
おお、修行っぽい。
丸山
それも、青い空のはじっこのほうから、
ちょっとずつやらしてもらって、
それから、だんだんと、
雲だとか木だとか島だとか何だとかね。
──
で、最後にようやく「富士山」ですか。
丸山
そうやって、覚えていくわけ。

あるときに会社で助手を募集したら
多摩美を出た人が来てさ、
さすが美術の大学出の下地があるから、
最初っからいい色出してたけど、
それでも、
3年から4年は、かかってたもんね。
──
丸山さんは、会社勤めのあとに
フリーになるわけですが、どうして‥‥。
丸山
結局さ、会社勤めの月給取りより、
フリーのほうが
ずっとよかったんだな、「コレ」が(笑)。

(と、指でお金のマークをつくる)
──
そっちのほうが、稼げたんですか。
丸山
当時は、フリーで歩合でやってたほうが、
ずっともうかったんだよ、はやい話が。

ただ、今は背景広告の会社もなくなって、
間に誰も入ってないから、
俺が、お風呂屋さんと直でやってるけど。
──
銭湯の背景画をめぐる広告的な仕組みが、
世の中から消えちゃったから。
丸山
でさ、昔からのイメージがあるじゃない?
「背景画は無料」というね。
──
ええ、お風呂屋さんのほうには。
丸山
そうそう。だからさ、
なかなか、値上げができねぇんだよ(笑)。
──
あー‥‥、なるほど。
丸山
お風呂屋によっちゃあさ、
「ええ? なんだよおやじ、取るのかよ」
なんて言われる始末でね。
──
それは、困りましたね。
丸山
だから、じわじわ上げていくんだ。
──
じわじわ戦法! いいですね(笑)。
丸山
それにさ、前は広告でやってたから
時期が来れば描きに行ってたけど、
今は銭湯からの注文なわけだ、基本。
──
ええ。
丸山
来ないんだよ、注文。放っといたら。
──
そうか、昔は1年に1回描き換えてたけど、
有料となると、
剥げたりとかの問題がなければ‥‥何年も。
丸山
風呂屋の景気も悪くなってきてるから、
1年に1回だったものが、
2年に1回、3年に1回、4年に1回、
5年に1回とかになっちゃって。

大変なんだよ、こっちも。それなりに。
──
銭湯以外からの注文ってないんですか?
たとえば、健康ランドとか。
丸山
あるね。ごくたまに、あることはある。

他にも、老人ホームだとか、
介護センターみたいなところからもさ、
あんがい仕事、来るんだわ。
──
浴場があるようなところからは。
丸山
そうそう、ああいうところにも
けっこう湯船ってあるんだね、でっかいさ。

で、そのバックに富士山でも描いてやると
お年寄りの人たちが
懐かしい懐かしいって、よろこぶんだって。
──
うれしいですね、それは。
丸山
出張も、年に何回かはあるよ。
──
そうか、地方の銭湯から注文が来たら、
行かざるを得ないですね。

銭湯背景絵師さんって
日本にもう、3人しか残ってないから。
丸山
去年か‥‥いや、おととしだったかな、
函館で2軒、描いてきたし、
このあいだは、大分まで行ってきたよ。
──
いい気分転換になりますか?
丸山
いやいや、仕事で行ってるからさ、
「いいね、観光なんかできて」
とか言うけど、とてもじゃねぇよ。

こっちは一人だから、
終わったら、すぐ帰ってきちゃうよ。
──
まあ、そうですよね。奥さまとか
友だちと行くなら観光もするけど。
丸山
妙なところから頼まれたこともある。

競艇の‥‥なんだ、江戸川競艇の人が
「背景画、描いてくれ」って来て。
──
競艇の‥‥選手のお風呂に?
丸山
いや、舟券を売り場の壁面に
「絵として掛けるから、描いてほしい」
ってなことで。
──
それは、何を描いたんですか?
丸山
そりゃ背景画よ。
──
つまり、富士山とか、海だとか。
丸山
うん。
──
競艇の、舟券売り場に。
丸山
そうだよ、まだ掛かってると思うよ。
こんど行ったら、見てみてよ。
<続きます>
撮影協力:鳩の湯(国立市)
2016-08-19-FRI
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