HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN
絵で無限を描く画家。荒木義明先生に訊く、エッシャーのこと。 絵で無限を描く画家。荒木義明先生に訊く、エッシャーのこと。

こんにちは、「ほぼ日」の奥野です。
だまし絵みたいな絵を描く、
エッシャーさんって、ご存知ですよね。
正しくは「版画」なんですが、
登っても登っても登りきらない階段、
永久に流れて落ちる滝‥‥など、
教科書で見たし、有名だと思います。
でも、そんなエッシャーさんが
「無限を描きたかった」ってこと、
ご存知でした、か‥‥?
表現のベースに数学があるってことも。
そのあたりのお話、
いかにもおもしろそうだったので、
エッシャーの生まれ変わりみたいな
数学者の荒木先生に、聞いてきました。

──
小学校とか中学校の美術の教科書で
何を覚えてるか聞かれたら、
エッシャーさんの絵を挙げる人って、
多いと思うんです。
荒木
ええ。
──
子どもがおもしろがりそうな絵だし、
ファンといいますか、
一般的な人気も高いと思うんですけど、
エッシャーさんの
美術界における評価とか立ち位置って、
どんな感じなんでしょうか。
荒木
エッシャーと同時代やそれ以前で、
比較できるような絵描きは、あまりいません。



そして、評価という意味では、
エッシャーは、
長く、いわゆる美術業界の人たちからは、
評価されてこなかったんです。
──
え、そうなんですか。
というか、なんとなくそんな予感がして。
荒木
ただ、50歳くらいのときに、
「LIFE」や「TIME」 などの有名な週刊誌に
取り上げられ、
世界的に彼のブームが巻き起こりまして、
ようやく、
美術界からも注目されるようになります。
──
へえ。
荒木
エッシャーのはじめての大規模な展覧会も、
それからなんです。
──
それは、なぜなんでしょう。

▲《メビウスの輪Ⅰ》1961年 All M.C. Escher works copyright © The M.C. Escher Company B.V. - Baarn-Holland. All rights reserved. www.mcescher.com

荒木
ひとつには、エッシャーという人は、
自分で積極的に画廊に売り込んだりとか、
自分の絵を評価してもらおうと、
はたらきかけたりとかしなかったんです。



実家が裕福だったりしたこともあって。
──
なるほど。食うに困ってなかった、と。
好きなことを、ひたすら追求していた。



版画という手法の理由は、ありますか?
荒木
と、言うと。
──
えっと、つまり「版画」という手法は、
やろうと思えば、
いくらでも「複製」できるわけで‥‥。
荒木
ああ、なるほど。どうなんでしょうね。



同じ時代に、同じ版画をやっていた
アンディ・ウォーホールは、
ご存知のように
若くして世界的な名声を得ていますし。
──
そうか。
荒木
ですので、手法の問題というよりも、
どちらかというと
エッシャーは、作風や着想から、
イラストレーターに近い感覚で、
時代に受け止められていたんだと思います。
──
日本でも『少年マガジン』だったか‥‥
1970年代に、
漫画雑誌の表紙にもなってますよね。
荒木
はなから
美術界という枠組で勝負しようなんて、
思ってなかったんじゃないかな。



自分の問い立てしたことを、
自分なりの方法を見つけながら
突き詰めていく、
そういう人生だったから。
──
アートを、版画を‥‥というより前に、
無限や宇宙を表現したい人だった。
荒木
ですから、エッシャーの作品からは、
芸術家の情念みたいなものって、
あんまり、感じないと思うんですよ。
──
あ、たしかに。



几帳面な性格だったんだろうなとか、
探究の痕跡はすごく感じますが、
芸術への衝動とか、
絵から迫ってくる気持ちみたいなものは、
そんなには感じないかも。
荒木
ただ、ひとつひとつ、
描いてて気持ちよかったんだろうなと、
そういう雰囲気は感じますけど。
──
自分は、この作品とか好きです。

▲《昼と夜》 1938年 All M.C. Escher works copyright © The M.C. Escher Company B.V. - Baarn-Holland. All rights reserved. www.mcescher.com

荒木
ああ、有名な作品ですね。



オランダの風景を描いたものですが、
干拓してできた農地が、
どんどん、上に上がって行くと‥‥。
──
鳥になっちゃう。
荒木
左が昼で、右が夜で。
──
あらためてなんですが、
無限を追求していたエッシャーさんは、
「宇宙が好き」って、
はっきりと、おっしゃってたんですか。
荒木
一字一句そのように言ってるかどうか
わからないんですが、
銀河や惑星などの天体を好んで描いています。



単に天体に対してだけでなく、
「宇宙の外には何があるんだろう?」
という好奇心を、
ずっと持っていた人だったと思います。
──
なるほど。
荒木
「死んだら自分はどうなるんだろう」
とか
「宇宙の果てのその先は、
 いったい、どうなってるんだろう」
って、
誰しもいちどは考えるようなことを、
ずーっと考えていた人だったんです。
──
いや、こういう作品を遺した
エッシャーの「死生観」というものを、
聞いてみたいなと思って。
荒木
ああ、どうなんでしょうね‥‥死生観。



そういえば、エッシャーの父親が
96歳で亡くなった年に、
つくりはじめた作品があるんです。
──
へえ。
荒木
幅が4メートルもある
「メタモルフォーゼⅡ」という作品は、
「metamorphose」という文字が、
市松模様になり、トカゲになり、
虫になり、魚になり、鳥になり‥‥で
最後にまた
「metamorphose」に戻るんです。

▲《メタモルフォーゼⅡ》(部分) 1939-1940年 All M.C. Escher works copyright © The M.C. Escher Company B.V. - Baarn-Holland. All rights reserved. www.mcescher.com

──
おお。
荒木
つまり、階段や滝の絵とはまた違った
循環する世界観を描いてるんです。
──
仏教でいう輪廻転生みたいな言葉が、
浮かんできますね。
荒木
ああ、でも、そういう意味では、
最後の作品が「蛇」というんですが‥‥
これが、ちょっと異質なんです。



つまりエッシャーらしくないんです。
作品から、
どこか宗教っぽさを感じるんですよ。

▲《蛇》

──
ああ‥‥本当だ。
たしかに、少し雰囲気が違いますね。



ようするに、エッシャーさんでさえ、
人生の最晩年に描いた絵には、
人としての「思い」が出てるのかな。
荒木
瞳の中にドクロのいる絵もあるなあ。
1946年の『眼』という作品です。

▲《眼》 1946年 All M.C. Escher works copyright © The M.C. Escher Company B.V. - Baarn-Holland. All rights reserved. www.mcescher.com

──
ああ、こちらの絵も
一般的なエッシャーのイメージからは、
ちょっと離れてます。
荒木
第二次世界大戦直後の作品ですね。



ちなみに死生観とは関係ないですが、
ぼくが生まれる
「10月10日(とつきとおか)前」
にエッシャーが亡くなってるんです。
──
えっ。
荒木
つまり、エッシャーが亡くなったのは、
「1972年3月27日」なんです。
──
ええ、はい。
荒木
で、ぼくが生まれたのは
「1973年1月8日」なんですけど、
この日って、数えてみると、
エッシャーが亡くなった日から
ほぼほぼ
「10月10日(とつきとおか)あと」
なんですよね。
──
荒木先生‥‥
ホンモノの生まれ変わりじゃないですか。
荒木
だから自分でも
「時間的に隙間も重なりもなく、
 辻褄が合うなあ」って。
──
こんなにも
エッシャーさんが大好きだってことの
辻褄が合う、と。



それも「敷き詰め的」に(笑)。
荒木
そうなんです(笑)。
(終わります)
2018-06-15-FRI
教科書にも載ってましたし、
誰しも一度は目にしたことがあるだろう
エッシャーの版画。
でも、荒木先生のご専門である
敷き詰め(テレセーション)をはじめ、
これほど多様な作品を残しているとは
知りませんでした。
上野の森美術館で開催中の展覧会では、
「科学」「聖書」「風景」「人物」
「広告」「技法」「反射」「錯視」
という8つの観点から
エッシャーの作品を楽しめるそうです。
個人的には、幅4メートルの超大作
「メタモルフォーゼⅡ」が見てみたい!
以降、大阪・福岡・愛媛にも巡回予定。
詳しくは公式サイトでチェックを。

ミラクル エッシャー展(東京展)

  • 会場上野の森美術館
  • 会期2018年6月6日(水)~7月29日(日)
    ※会期中無休
  • 時間10:00~17:00
    毎週金曜日は20:00まで。
    ※入館は閉館の30分前まで
  • HPhttp://www.escher.jp

背景の絵
《相対性》 1953年 All M.C. Escher works copyright © The M.C. Escher Company B.V. - Baarn-Holland.  All rights reserved. www.mcescher.com