養老孟司×池谷裕二 定義=「生きている」

同じ東京大学で解剖学と薬学を追究し、
それぞれ「脳」を研究してきた
養老孟司さんと池谷裕二さん。
おふたりはいつからかつきまといはじめた
ある思いを拭いきれないでいます。
2019年5月15日に「ほぼ日」から発行する絵本
『生きているのはなぜだろう。』を前に話す全14回。
途中で質問をはさむのは、ほぼ日の担当、菅野です。
生きものの定義は‥‥そうです、「生きていること」!

第12回感覚の復権

池谷中学で連立方程式を勉強しますよね? 
ぼくは大学で研究していて、
連立方程式は使いません。

じゃあ、なんで連立方程式のような勉強を
教えるのかというと、
目の前に理不尽なことを突きつけられても
逃亡するなり反抗するなりしてうまく適応する、
四角い箱が与えられたら、そこに入って、
四角い形のふりをする。
それが丸い箱だったら、丸い形になってみせる。
そういう術を教えているのかもしれないと
思ったことがあります。
だって、社会に出ると理不尽なことが多いですからね。

受験は結局、
適用力や可塑性の高さを見ているような気がします。
教える内容は、なんだっていい。ゲームだっていい。

養老うん、そうですね。

池谷ゲームって理不尽ですからね。
でも、その理不尽さに気づかないふりをして、
深く考えずにやる力を養うのが学校教育です。
良し悪しはまったく別ですが、
適応力を見るわけです。
反抗というのも、一種の適応力です。

養老反抗は必然だと思います。
中学生は、動物で言えば、
自立していく時期でしょ。
ゆくゆくは自分のテリトリーをつくって、
生きなきゃならないんだから。

そういう大事な時期に、
「以下の4つの中から合うものを選びなさい」って、
誰がこんなことやるか、バカヤローと、
そういう気持ちは当然あるに違いないと、
ぼくは思うんです。

中学生が引っかかるのは、
「3aーa」が「3」じゃなぜいけないんだ、
ということなんですよ。
説得できます? 
「3a」から「a」を引けば、「3」じゃないですか。
「3a」から「a」を取ったんだから。

──習ったのは
「3aーa=2a」ですよね。

養老この場合、先生はきっとこう言うでしょう。
「おまえの言うことは、
国語としては正しいけど、
数学としては間違ってる」

──そうですね。

養老2x=6
ゆえにx=3、
これも気に入らない。
xは字で、3は数字です。
それをイコールにしていいんですか? と。
これ、潔癖でしょ? 

──そんなこと考えたこともなかった(笑)。

池谷「そういうもんだと思ってました」
としか言えなくなりますね。

養老そういう人たちはね、出世するんです。

池谷(笑)

養老そのうち「a=b」っていうのが出てくると、
怒り出しますよ。
なんで怒るかというと、
aとbが同じなら、
bという字は明日からいらねぇな、
bはaと入れたらいい。

──漫談のようですがそのとおりですね。

養老その食い違いって、気づいてました? 

──ぜんぜん思ったことなかったです。

養老それが「感覚」と「意識」の食い違いです。
意識は「イコール」といっていても、
感覚は「違う」といってるんですよ。
それは、ずーーっと、
一生つきまとうんです。

そこを何気なく通っちゃった人は、
言葉の世界やメディアの世界に
らくらく入っちゃう。
ところが「aがbだ」ということが気に入らない人は、
いわゆる芸術系の人です。
これ、一緒にしちゃいけないだろう。

池谷なるほど。たしかにそうだ。

養老この問題が、中学の段階で出てきます。

──うーーーん、
じつは数学の時間に、
ちょっと「え?」と思った記憶はあります。
多くの方がそうじゃないでしょうか。
あるけれども、自分をそうじゃないほうに
持っていこうとがんばりました。

養老そうなんです。
かなりの子どもがそっちへ寄せようとする。
それは、素直でいい子なんです。
「a=bは違うよ」って
がんばっちゃう奴は、落ちこぼれていきます。

池谷たしかに大学は、
「素直でいい子に来ていただきたい」
という受験システムを採用しています。

養老だから、高級官僚はそういう人がなってるんですよ。
読解力が満点である人。
a=bがすんなり通っちゃう人たちの問題点は、
「なんでもあり」ということですよ。

──耳が痛い。

養老そうでしょう。
あるとき、高校生が
「なぜ人を殺してはいけないんですか?」
と質問して、数学者が
「ダメなことはダメなんです」
と言った。
「ダメなことダメなんです」と言えるのが正しいんで、
それを倫理っていうんですけどね。

ほんとはそれは、
感覚でわかんなきゃいけないんだ。

意識はa=bでもいいんだけど、
感覚はa=bじゃいけない、
その「感覚」を、
どうやって残していくかということが、
教育のそうとう大事なところだと思います。

池谷そうですね。

養老中学生の教育は難しいんですよ。
a=bをすんなり通しちゃうと、
「なんでもありですね」となっちゃう。

──なりますね。なります。

池谷そんな理不尽なことがまかり通るんなら、
なんでもありですね。
そして、理不尽だと思う生徒を
「落ちこぼれだ」といって排除する力が
もしあるんだとしたら、かなり問題ですね。
結局「落ちこぼれ」は、
教育システムがつくっているわけですから。

養老芸術系の感覚がどんどんなくなってるんです。
それはどうしても必要な、
人間のあたりまえの活動のひとつなんですよ。

「3aーa=3」を、
頭からバカって言っちゃいけない。
ほんとうはそのとおりなんだから。

だから、どうやって、
「a=bでもいいんだよ」を
上手に教えるかが鍵です。

──感覚でわかるように教えていくのがいいんでしょうか。
感覚を排除すると
「そんな気がする」「なんでもありです」という、
誰かにすぐ操られてしまう危うい社会になります。

養老そうでしょう? 
ぼくは「感覚の復権」を、と言ってるんです。
もうちょっとだけでも感覚が復権したほうが
いいんじゃないかと思うんだよ。

ほぼ日から、『かないくん』以来、
5年ぶりの絵本。
生きているのは
なぜ
だろう。

作 池谷裕二 

東京大学薬学部教授 薬学博士
『進化しすぎた脳』『海馬』

絵 田島光二 

コンセプトアーティスト
『ブレードランナー2049』『ヴェノム』

この本には、答えがあります。

『生きているのはなぜだろう。』を
学校の理科の先生にプレゼントします。

『生きているのはなぜだろう。』は科学の分野から
人が生きている理由を示そうとする本です。
絵本の形をとり、本文はふりがなつきですが、
子どもたちだけに向けた本にはしあがっておりません。
巻末に池谷裕二さんによる
2ページ半の解説もついておりますが、
この内容を理解するためには、雑談やおしゃべりを含めた
大人の助けが必要になることもあろうと思います。

そこで、小・中・高校の理科系の先生がたに、
この本を抽選でさしあげたく思っております。
当選は20名さまです。
ご希望の方は、下記の案内のとおり、
メールでお申し込みください。
当選の方には5月14日までにメールでお知らせします。

※当選した本のお送り先は学校宛とさせていただきます。
※同じ学校の方が重なって応募された場合、
ひとつを当選とさせていただきます。
※メール本文にお名前や住所を書く必要はありません。

メールの件名 生きているのはなぜだろう。理科の先生応募
メールの宛先 present@1101.com
メール本文 学校名
応募締切 2019年5月12日(日)24:00

当選の方にはほぼ日から
住所をおうかがいするメールを差し上げます。
落選のご連絡はいたしません。

『生きているのはなぜだろう。』を
授業で教材として使用したり、
生徒さんとのおしゃべりで
どんな話をしたのかなど、
お聞かせいただければとてもうれしいです。
ご応募お待ちしています。

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