養老孟司×池谷裕二 定義=「生きている」

同じ東京大学で解剖学と薬学を追究し、
それぞれ「脳」を研究してきた
養老孟司さんと池谷裕二さん。
おふたりはいつからかつきまといはじめた
ある思いを拭いきれないでいます。
2019年5月15日に「ほぼ日」から発行する絵本
『生きているのはなぜだろう。』を前に話す全14回。
途中で質問をはさむのは、ほぼ日の担当、菅野です。
生きものの定義は‥‥そうです、「生きていること」!

第8回フォッサマグナの。境界線

池谷養老先生がもういちど研究なさっているのは、
やっぱりゾウムシですか。

養老ゾウムシです。
地域的に変化しちゃうところが、
なんともおもしろいんです。

池谷それは、遺伝子の変化ではなく?

養老遺伝子の変化なんでしょうけど、
虫の種類が違ってくる原因は、
食いものなんかじゃなくて、
基本的には、地史的なものです。
そこが島だったとか、海だったとか、
そういう影響がいちばん大きいです。

池谷ほおぉ。

養老千葉から東京を通って、相模原、
横浜、大山、箱根通って、愛鷹まで、
一直線上に棲む虫がいるんです。
ちょっと北へ行ったら違っちゃう。
どこか、丹沢の真ん中あたりで切れる線があるはず。
ところが南のほうに、
つまり伊豆に行ったら、これもぜんぜん違う。

池谷やっぱり伊豆は違うんですね。

養老伊豆は、80万年前にくっついた島ですから、
80万年より以前に入った、
関東系じゃない虫がいるんです。

フォッサマグナってご存知でしょ。
糸魚川―静岡構造線。
2000万年ぐらい前、あれより東側は海が多くて、
関東で陸だったのは、秩父、日光、千葉ぐらいです。
そのあとフィリピンプレートが入ってきた。
そういう意味では、富士山なんて、
えらく新しいんですよ。
8万年ぐらいしか経ってない。
富士山はさっきできたばっかりです。

──さっき(笑)。

養老そういうことを考えると、
横一直線に育ってる虫がいるということは、
なにか理由があるんです。
その問題をまた、
歳取ってからやりはじめたんですよ。

箱根は3万年前に噴火が止まってるんですけど、
それ以前がどうだったかわからないんです。
あのへんも、南から上がってきて、
本州にぶつかった地域ですよね。
虫は、そういうことと関係してるんです。

池谷歴史の生き証人のように、
虫を見れば何万年前のことがわかる、
いまでも原始の虫が残ってる‥‥‥‥ということは、
虫ってあんまり遠くに移動しないんですね。

養老しません。

池谷同じところに、ずーっといる。

養老虫はすごく保守的だと思います。
生物多様性で、保守的でない生き方を決めたやつも
たくさんいるんですがね。
日本のチョウでもっとも広範囲に移動するのは
アサギマダラです。
1000キロ飛びますから。

池谷1個体が、ですか?

養老そう。
沖縄で生まれたやつが、東京で捕れるんです。

池谷ははぁ。
そういうリベラルな虫もいるんですね。

養老一方で、ぼくが調べてるゾウムシは、
「隣の木にも行きたくない」というような虫です。
生まれた木がいい。
なんでそれがわかるかっていうと──、
キュウシュウヒゲボソゾウムシという
へんな名前のゾウムシが、
南から山口県までたくさんいます。
そこから北ではパッといなくなります。

鳥取県に、
虫がたくさん採れる大山という山があります。
そこは山口より東だから、
キュウシュウヒゲボソゾウムシは1匹も捕れない。
でも、スキー場のソメイヨシノだけにはいるんです。

池谷え、スキー場の‥‥? 
そこ以外にはいないんですか。

養老たぶんいないと思う。
ゾウムシはセミと同じで、
根っこにつくんですよ。

──じゃあ、ソメイヨシノが人間によって運ばれて、
その根っこについてきて? 

池谷そこがいまだに山口より西だと思って、
その木にこだわって一所懸命生活している。
すごくコンサバですね。

養老すごいですよ。
糸魚川―静岡構造線より西にしかいない
という虫もいます。

池谷その線は越えられないんでしょうか。

養老それがまったくわかんない。
北アルプスにはたくさんいるのに、
八ヶ岳や蓼科に行ったら、
そいつら一匹もいないんです。

池谷すぐ近くなのに。

──気候も同じはず。

養老東と西で種類の違うやつらもいて、
それもちょうど糸魚川―静岡構造線が境で、
しょっちゅうケンカしてます。

池谷交配はしないんですか。

養老おそらく交配はします。
雑種ができるんですが、
そこから先は、雑種が強いか弱いかで
決まってくるんです。

池谷ああ、そうか。

養老雑種が強いと、雑種が広がるはずです。
交配したやつが弱いと、
結局はどっちかになっちゃう。

池谷そこが境目って、おもしろいですね。
50ヘルツと60ヘルツの電力の周波数も
あの辺りに境がありますから。

養老ニホンザルもあのへんを境に、えらい違うでしょ。

池谷ぼくらにはわからないけれども、
地面を裸足で歩き回ってる動物たちにはわかる、
地質的な違いがあるのかもしれない。

養老そうなんだよね。
モグラも有名でしょ。
コウベモグラとアズマモグラ。
箱根の山を境に日本が切れるんですよ。
そこを、この歳になって、
もうちょっとつめようと思ってね。

──日本の東西の境は、人間は、
ぜんぜん気にせず移動しますね。

養老人間ってヘンなんですよ。

池谷いい意味で鈍感なんです。

養老だって、アフリカから、
南米の端まで行っちゃうんだもん。
歩いていったわけでしょ?

池谷人類の拡散は、
いちどアフリカを出てしまえば、あとは
あっという間ですよね。
アフリカを出るまでは長かったですけど。

養老長かった、長かった。

池谷出た直後にシベリアで骨が見つかってる。

ほぼ日から、『かないくん』以来、
5年ぶりの絵本。
生きているのは
なぜ
だろう。

作 池谷裕二 

東京大学薬学部教授 薬学博士
『進化しすぎた脳』『海馬』

絵 田島光二 

コンセプトアーティスト
『ブレードランナー2049』『ヴェノム』

この本には、答えがあります。

『生きているのはなぜだろう。』を
学校の理科の先生にプレゼントします。

『生きているのはなぜだろう。』は科学の分野から
人が生きている理由を示そうとする本です。
絵本の形をとり、本文はふりがなつきですが、
子どもたちだけに向けた本にはしあがっておりません。
巻末に池谷裕二さんによる
2ページ半の解説もついておりますが、
この内容を理解するためには、雑談やおしゃべりを含めた
大人の助けが必要になることもあろうと思います。

そこで、小・中・高校の理科系の先生がたに、
この本を抽選でさしあげたく思っております。
当選は20名さまです。
ご希望の方は、下記の案内のとおり、
メールでお申し込みください。
当選の方には5月14日までにメールでお知らせします。

※当選した本のお送り先は学校宛とさせていただきます。
※同じ学校の方が重なって応募された場合、
ひとつを当選とさせていただきます。
※メール本文にお名前や住所を書く必要はありません。

メールの件名 生きているのはなぜだろう。理科の先生応募
メールの宛先 present@1101.com
メール本文 学校名
応募締切 2019年5月12日(日)24:00

当選の方にはほぼ日から
住所をおうかがいするメールを差し上げます。
落選のご連絡はいたしません。

『生きているのはなぜだろう。』を
授業で教材として使用したり、
生徒さんとのおしゃべりで
どんな話をしたのかなど、
お聞かせいただければとてもうれしいです。
ご応募お待ちしています。

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