横尾

『COCHIN MOON』の前は
細野さんはR&Bみたいな、
メロディやリズムのある音楽を
作ってたんですよ。

細野

うん、そう。
まったく、そうなんです。

横尾

その人が急にあの作品を作ったってことは、
そうとうすごいと思う。

細野

真っ白で、一からやったからね。

横尾

細野さんさ。
あのときの、あの初心に戻った、
見たことも聴いたこともない
作ったこともない音楽を、
もう一回やってほしいよ。

細野

えっ（笑）。
いやいや、そうですね、
やりたいですね。

横尾

そういうものはすでに
細野さんから全部、出つくしたのでしょうか。

細野

いえ、なにか違う体験‥‥、
横尾さんといっしょに行ったインドの旅に
匹敵するようなことがないとだめです。
あのインドの旅は、
のんびりした旅ではありませんでした。
だって死にそうだったでしょう。

横尾

うん。そうだったね。

細野

それが『COCHIN MOON』に出てるんです。

横尾

あのアルバムで、ぼくはひと言、
しゃべらされたじゃない？

細野

「出るものは全部出せ」ですね。
横尾さんの声が
あのアルバムには入ってます。

横尾

それはね、インドでふたりとも、
下痢で出るもの全部、
出てしまったからだよ。

細野

全部出しちゃったですよね。

横尾

お金も全部なくなって、
みんななくなって。

細野

そう。なんか、軽ーくなった（笑）。

横尾

ポケットに手を入れたら
一銭もなかった。
あの「何もない」状態、
全部がなくなった結果が、
あの音楽なんでしょうね。

細野

そういう体験をしないと、
ああいう音楽は作れません。
はじめて横尾さんのおうちに押しかけて、
横尾さんから「インド、一緒に来る？」と
言われたときに、本当に一瞬、
どうしようかと思ったんですよ。
横尾さんはおそらく、
音楽のことを考えてそう提案したんでしょうけど、
ぼくはそのときから
「下痢をしに行く旅に誘われた」と
ピンときました。

横尾

どうしようなんて細野さんは考えてなかったよ。
誘ったら「あ、行きましょう」ってすぐ言った。
そんな「どうしよう」なんて時間はなかったよ。
ぼくはキングから
レコードを依頼されてはいたけど、
細野さんに手伝ってもらうなんて、
あの時点ではじつは下心はそんなになかったよ。

細野

「どうしよう」じゃないんです、
ドキンとしただけ。
一瞬ドキンとしてから、
出すものを全部出す世界にぼくは行くんだ、と
その場で決意したのです。
すでに予感がありました。
なぜならその前に横尾さんの書いた
インドの本を読んでいたから。
そこにはすでに下痢の体験のことが書いてありました。

横尾

それでまあ、
お互いにインドで病気した。
それはいま思うとよかったね。

細野

ええ。
実際にああいうことになるとは
思わなかったけど、
本当にいい体験でした。

横尾

ほかの連中、元気だったよね。

細野

確かに。

横尾

テニスやバレーボールで、
遊んでたよね。

細野

観光をいっぱいやってね。

横尾

倒れたのはふたりだけです。
細野さんがいちばん重病。
ぼくは倒れたけど過去の経験があるから、
「ああ、この程度か」とわかる。
細野さんははじめてだから、
死ぬと思ってるわけ。

細野

毎日、本当に死にそうな顔してましたよ。

横尾

というよりね、
細野さんは薄っぺらくなっちゃったんだよ。
ベッドに寝てるんだけども、
ベッドの高さと同じくらいにペタンとなってるの。
立体人間じゃなく、平面人間なんだよ。

細野

ヒラヒラになっちゃいましたね。
紙切れみたいになっちゃった。
それほどひどかったんですよ。

横尾

お医者さんが来てくれたんだけど、
そのお医者さんが、また（笑）、
まずは注射器を水で洗ってたよね。
水自体が怖いのに、
水道で注射器を洗ってた。

細野

注射されたっけ？　
断った気がしますよ。

横尾

水で洗ったやつで
注射されそうになってたから、
「わぁ、これはまずいな」と思ったよ。

細野

注射されたかなぁ？　
注射されてたら、いまごろ死んでますよ。

横尾

それで、細野さんはそのお医者さんに、
テープをいっぱい見せるか、
あげるかしてた。

細野

そうそう。
自分の音楽を、たぶん、
あげたのかもね、うんうん。

横尾

注射をなんとかごまかそうとして、
あげたのかな（笑）。