矢野
『クリームシチュー』ってさ。
糸井
あ、『クリームシチュー』はよかったな。
矢野
冬になるとよく歌います。
あれは‥‥男の歌?
糸井
うん、男の歌です。
矢野
だから自分は
歌っててちょっと距離があるんです。
その距離感が楽しいんですよ。
「ぼくの傷を見るなよ」という詞があって。
糸井
「ぼくの傷を見るなよ、ぼくにあやまるなよ」
だよね。
あの歌は「あやまるなよ」という概念を
書きたかったの。
矢野
なるほどね。
糸井
サビの前があんなに暗い内容なのに、
CMソングにもなったよね。
もうひとつ、同じ時期に
「人生をとりかえた」みたいな詞を書いたけど‥‥。
矢野
『HAPPINESS』だね。
糸井
俺、あれがわりと好きなんだ。
矢野
私も好きだよ。けっこうライブでやってます。
「人生をとりかえたけど、そうでもなかった」
という歌ね。
糸井
そうそう。
そうでもなかったんだよね。
矢野
「ああ、やっぱり、いまの幸せがよかったわ」
とか、そういうんじゃないの。
そうでもなかった、ってのがいい。
糸井
年代順に書いた歌を追っていくと
自分がだんだん
大人になってるのがわかりますよ。
若いときには若い歌を作ってる。
「前から言いたかったけど、ずっとできなかったんだ」
という歌詞を、あとになって作るようになってます。
だけど、ぼくね、
『ただいま』は名曲だと思ってるんですよ。
矢野
『ただいま』ね。
1981年。
糸井
『ただいま』は
『春咲小紅』だったかもしれない歌でね。
矢野
そうだ、思い出した。
糸井
実は『春咲小紅』という歌は
CM用に2曲作ってあって、
採用されなかったほうも、すごくいい歌だから、
「詞を変えて、もういっかい歌にしようよ」
といって作ったのが『ただいま』です。
当時、コマーシャルソングは激戦区だったね。
矢野
なかでもだんぜん、
化粧品の露出が多かったです。
春と秋にある。
そして、すごくたくさんレコードが売れてた。
糸井
じゃんじゃん売れてたね。
『春咲小紅』のヒットで
アッコちゃんはくたびれ果ててた。
それを励ますマネージャーの台詞を
俺、憶えてるもん。
「家が建ちますよ、矢野さん、
 家が建ちますから」
矢野
(笑)
糸井
あのとき、いちばん忙しく走り回ってた
時期じゃない?
矢野
そうね。
さらに自分は
そういうことに興味がなかったから
苦手だったんだろうね。
糸井
慣れてなかったんだ。
矢野
自分のやることが
お金になるということをまず
計算できてなかった。
糸井
一所懸命お化粧とかしながら
打ち合わせなんかもしちゃって、
テレビも出てた。
矢野
歌番組出るの、いやだったんだ。
糸井
だけど、あんときにまいたビラが、
いまの、ちいさいお客さんを
育ててるかもしれないんだもんね。
矢野
そうなんですよ。
糸井
自分がやっているのは
ポピュラーソングだ、という意識は、
どういうものなの?
矢野
自分が
芸術をやってるのか、
芸能をやってるのか、という
問題があるでしょう?
糸井
うん、うん。
矢野
芸能と芸術のあいだには
なにかしら隙間のようなものがあって
いつも居心地悪い思いを抱いていました。
私は、芸能の世界にいながら、
やってることは芸術?
芸術の世界で、芸能をやっている?
だけど、周りのスタッフたちは、
私の描いている「絵」がよくわかってた。
だから私に、
「『春咲小紅』みたいな曲をもう1曲書いて、
 もう1軒、家を建てましょう」
というようなことは、結局、
誰も言えなかったんですよ。
糸井
うん、言えないですね。
矢野
その原因は「興味がない」というのが
いちばん大きい問題のような気がする。
糸井
さきほどから話しているテーマから言うと、
「自分の主観を充分に
 失礼のないように表現する人」
が、客である受けとめ手の
主観をかきたてることがあるとすれば、
そういうことできるものは、
みんな芸術だとぼくは思っています。
芸能の中の芸術要素も、もちろんそう。
石川さゆりさんが『飢餓海峡』歌うときに、
人々は、内なる魂が、
グタグタ言い出すわけでしょう?
どういうチャネルから行こうが、
それはすべてアートだと思うんです。
矢野
うん、そうね。
糸井
そのことがもっとあきらかになったら、
みんな、だいぶ楽になる気がします。
アッコちゃんがやってることが
どういう道筋を通って、
どういうふうに伝わろうが、
アッコちゃんの感じている主観のところで
嘘をつかなければいいんです。
矢野
そうだね。
糸井
ですから、
「矢野さん、もっとないですかね?」
「春咲小紅みたいなのを」
を、5回くり返すような仕事は
それはもう、主観じゃないと思う。
だけどアッコちゃんは、自分の中に、
矢野顕子というプロデューサーがいるんだよなぁ。
そのプロデューサーがいろんなことを思いつく。
きっと、そうしないと飽きるからでしょう?
矢野
すぐ忘れちゃうし、飽きちゃうし。
糸井
今回の「ふたりでジャンボリー」も、
5人といっしょにステージやるだけだって、
あんなにめんどくさいことないよ。
リハだけで大変だわ。
矢野
連日違う人とね。
だってさ、
1人7曲でも、35曲ですよ。
糸井
うん。
矢野
中には大貫妙子さんのように、
とても厳しい要求の方もいらっしゃるんです。
私は、もらった譜面を、自分でわかるように、
すべて書き直し、挑むわけです。
ちょっと間違ったくらいでも、
切れ長の目が、キリッとこちらに向けられます。
「あ、ごめん、ごめん」
と言いながら、心の中で
「こんな‥‥難しい曲、どうして‥‥」
と思い、弾きます。
そんなときも、
これができたら楽しいということが
予想としてあるのです。
そしてそれはたいてい当たります。
糸井
「ひさびさに、大貫妙子ににらまれてみたいな」
みたいな気分も、あるわけでしょ?
矢野
それはないです。恐いです。
(つづきます。次回は最終回)

イラストレーション・ゆーないと

© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN