ぼくの歩く、まんが道。矢部太郎さんと糸井重里の、漫画談義。 ぼくの歩く、まんが道。矢部太郎さんと糸井重里の、漫画談義。

お笑い芸人の矢部太郎さんが描いた
漫画『大家さんと僕』が、
20万部突破の大ヒットを記録しています。
なぜこの漫画は、ここまで多くの人に
読まれているのでしょうか?

かつて漫画家にあこがれていた糸井が、
漫画家デビューした矢部さんと、
作品の制作秘話や、
日本の漫画が持つ可能性について、
ほどよい熱さで語りあいました。

作品の中では語られなかった矢部さんの
葛藤や苦悩などにも迫った、全6回。
どうぞごゆるりとおたのしみください。

第6回
いまの時代の「まんが道」。
糸井
いま、急に思ったのですが‥‥。
矢部
はい?
糸井
対談のはじめのほうに
「学校で漫画の授業があればいいのに」
っていいましたが、
小学生に漫画を教える先生は、
矢部さんのような人がいいのかも。
矢部
えぇ、ぼくがですか?!
糸井
矢部さんから
「絵を描けなかったぼくが、
こうやって漫画を描きました」と、
ご本人のエピソードと
いっしょに教えられたら、
みんな「わたしにも描けるかも」って
思うような気がするんです。
矢部
たしかに、漫画の敷居は、
下げられる気がします(笑)。
糸井
いま、ネット上では、
ものすごく絵が描けるわけじゃない
という漫画家でも、
すごく人気になってますよね。



ぼく、あの人の4コマも好きなんです。
『まいにちたのしい4コマ』の。
矢部
あ、せきのさん。いいですよね~。
▲「飛行機」
(『ざわつく4コマ(ワニブックス)』収録作品より)
糸井
ねぇ、いいですよね。
あの方もたぶん、
はじめは描けるタイプじゃ
なかったような気がするんです。



もしかしたら、
自分で1回描いたやつを
取っておいてますよね。
同じヨコ顔をなんどか使ってたり。
矢部
はいはい(笑)。
糸井
せきのさんと矢部さんの
漫画教室があったら、
ちょっとおもしろそうですね。
矢部
ぼくが漫画教室を‥‥。
糸井
漫画ってセリフのやりとりだから、
漫才でもあるわけだし。
こういう文化って、
たぶん外国にはないですよね。
矢部
ないと思います。
なんでもない日常を描くというのは。
糸井
以前、ほぼ日の企画で、
SNSから出てきた漫画家さんに
集まってもらって
私まんが座談会
というのをやったんです。
矢部
へぇー。
糸井
それの第2弾みたい感じで、
ちょっと集まってみたいですね。
矢部さんがいて、せきのさんがいて、
それからものすごく絵が上手な
キューライスさんにも入ってもらうとか。
あの方は手書きの
アニメーション出身だから、
ものすごく描ける人なんです。
▲スキウサギ「エターナルフェムフェム」
(キューライスさんのブログ『キューライス記』より)
矢部
みんながどうやって描いているのか、
ぼくも興味があります。
糸井
いま、枠線やスクリーントーンが
かんたんに扱える時代なわけですから、
これからは文字じゃない表現が、
もっと進化してもいい気がする。
矢部
ぼくでも描けたわけだから、
本当にみんな描けると思いますよ。
糸井
欧米で日本の漫画が人気といっても、
矢部さんだったり、
浅野いにおさんみたいな作品って、
まだ出てきてないもんね。
矢部
欧米は漫画というより、
グラフィック・ノベルという感じですね。
糸井
赤塚不二雄さん、谷岡ヤスジさん、
西原理恵子さんとか、
こういった漫画を、
全部たのしめる国って、たぶん、
どこにもないんじゃないかな。



これって、読み手として、
漫画のことを熟知している人が、
日本中にいっぱいいるってことですから。
矢部
ほんとそう思います。
糸井
だって『大家さんと僕』を、
20万人の人が買って読むんですよ。
これって、みんなの感度が
すごく高いからだと思うんです。



みんな「こんなのダメだよ」って
いわないんだもん(笑)。
矢部
はい、あんまりいわれないです(笑)。
糸井
ウェブで人気の漫画家や矢部さんって、
同じ時期に、同じように現れた人たちとして、
グループ化されていくような気がしますね。
矢部
ぼくも、そこに入ってるんですか?
糸井
「漫画家っぽくない人」として、
特にわかりやすく入っていると思います。



つまり、昔とはちがって、
いまは「漫画家になる道」みたいなものが、
変わってきたんだと思います。
矢部
ぼくはSNSの
フォロワー数もすくないので、
そういう方々と同じグループとは、
夢にも思っていませんでした。
糸井
フォロワー数は関係ないですよ。
ただ、この漫画の場合、
ウェブやSNSでデビューするのは、
ちょっとむずかしかったでしょうね。
これは4コマで勝負というより、
何話かつづけて見ていくタイプだから。
矢部
あぁ、そうですね。
糸井
漫画雑誌というタイプでもないし、
単行本というかたちが、
いちばんあってたんでしょうね。



ちなみに、担当者からの
ダメ出しってあるんですか?
矢部
いえ、ほとんどなかったです。
糸井
それはやっぱり、
矢部さんが漫才をしていたから、
基本的な部分が
クリアされていたんでしょうね。
矢部
うーん、どうなんでしょうか。
でも、はじめに担当者の方に
「8コマ目にオチをつけたほうがいい」って
アドバイスをいただいてからは、
そういうネタづくりのことを、
より意識していたような気がします。
糸井
オチという考えかたは、
日本の漫画文化の伝統ですからね。
「8コマ目にオチをつける」
って決めるだけで、
その前が自由になりますからね。
矢部
ほんとそうなんです。
オチさえ決まれば、
あとは好きに描けるんです。
オチの前に、
同じようなコマを3つくらい
描いてもいいわけだし。
糸井
それもリズムですからね。
キューライスさんも、
オチがあるようで
ないみたいなところが、
すごく上手なんですよ。
そういえば本人も
「すごく落語が好き」って、
おっしゃってましたね。
矢部
じゃあ、そういう素養も‥‥。
糸井
だから、みんな、
昔の漫画家のような
育ち方じゃないんでしょうね。
それが矢部さんをふくむ、
いまの時代の漫画家の特長、
なのかもしれないですね。
矢部
ぼくも本職は「芸人」ですから。
なんでいまこうなっているのか、
自分でもちょっと
わかっていないというか‥‥。
糸井
矢部さんは漫才で培ったものが
大きいということが、
きょうお話してみてよくわかりました。



やっぱり絵を描く以外のところで、
すでにたくさんのフィルターを、
通過してきていたんでしょうね。
矢部
きょうは、自分でも
わかっていなかったことが、
いろいろ知れたような気がします。
ありがとうございました。
糸井
ぼくもおもしろかったです。
ぜひ続編を描いてほしいです。
やっぱり続きが見たいですもん。



大変かもしれませんが、
苦しんで生み出すからこそ、
いいものができるような気がするし。
矢部
はい、がんばります! 
きょうは、ありがとうございました。
ぜひまた呼んでください。
糸井
もちろんです。
どうもありがとうございました。
矢部
ありがとうございました。
(終わります)
2018-02-07-WED
矢部太郎さんの
漫画『大家さんと僕』、
好評発売中です。

本対談をお読みいただき、
ありがとうございます。
担当編集の稲崎です。

矢部太郎さんの『大家さんと僕』は、
とある事情から
引っこしを余儀なくされた芸人の「僕」が、
木造一軒家の二階で
暮らしはじめるところからはじまります。
その一階にすんでいたのは、
伊勢丹とNHKと羽生結弦さんが好きな
大家のおばあさん。現在、88歳だそうです。
ひとつ屋根の下での、
ちょっと不思議なふたり暮らし。
永遠につづきそうな、おだやかな時間。
ほのぼのとしたエピソード。
でも、それだけではありません。
だれもが人生のなかで経験したことのある、
ちょっとした寂しさや哀しさも、
コマの間から見え隠れしてくるのです。

すこしずつ読んでもおもしろいのですが、
ぼくのおすすめは、
はじめから最後まで一気に読んでしまうこと。
ゆっくりお読みの方でも、
2時間くらいで読めてしまうと思います。
あたたかいものでも飲みながら、
気楽に、リラックスして読んでみてください。
なつかしのクラシック映画を1本見たような、
そんな心あたたまるひとときが
味わえると思います。
まだお読みでない方は、
これを機にぜひお手にとってみてくださいね。

大家さんと僕

定価 1,080円(税込)

版型 A5版